『推しに転生したら、攻略対象が全員ヤンデレ化した件』

第7話『私を奪い合わないで』

「お願い……もうやめて……！」

その言葉が、誰にも届いていないことはわかっていた。

部屋の空気が張りつめている。
目の前には、私を囲む四人の男たち。

王太子・クラヴィスは剣を抜き、
騎士団長・レオンは私を後ろに庇い、
魔導師・ユリウスは空中に魔法陣を展開し、
そしてゼクスは、微笑んだまま私の記憶を弄ろうとしていた。

「やめてって言ってるのに……どうして、誰も聞いてくれないの……！」

私は叫ぶ。震える声で、必死に。

でも彼らは、誰一人として視線を私から逸らさなかった。

まるで、私を“所有物”のように見ている──

「シエルは俺の婚約者だ。手を出すな」
「違う、あいつは俺が命を懸けて守るって決めたんだ」
「君たちは、彼女の“意思”を都合よく解釈してるだけだ」
「僕はただ、彼女が傷つかないように記憶を整理してるだけだよ」

四者四様の“愛”をぶつけ合いながら、
彼らは知らず知らずのうちに、私という存在を削っていた。

（私は……ただ、普通に生きたかっただけなのに）

そのとき。

ゼクスの魔法が一瞬、暴走した。

空間が歪み、私の記憶の断片が幻影として部屋中に溢れ出す。

──プレイヤーだった頃、スマホで見ていたシエルの立ち絵
──初めて“推しに恋した”あの夜の画面
──「死なせたくない」と泣きながら選んだ選択肢

「……っ、やめて！！ 見ないで！！」

あの頃の私は、ただの“ファン”だった。
画面の向こうで生きるキャラを愛していた、何も持っていない女子高生だった。

「……私のこと、奪わないでよ」

その一言で、空気が変わった。

彼らは、ようやく気づいたのだ。

──誰一人として、“私の気持ち”を聞いていなかったことに。

沈黙が落ちる。

クラヴィスが静かに剣を収め、レオンが一歩引く。
ユリウスが魔法陣を解除し、ゼクスが微かに目を伏せた。

「……ごめん」

クラヴィスがぽつりと呟いた。

「シエル、お前が笑ってくれるなら、それでいいと思ってた。
　でも……本当は、ずっと苦しかったんだな」

私の視界がじわりと滲む。

「君の記憶、僕が消したものがあるなら……返すよ」
ユリウスが手をかざす。

魔法が私の中を通り抜け──
忘れていた感情が、胸に溢れ返ってくる。

「……本当は、みんなのことが好きだった」
「でも、愛されることが、だんだん怖くなったの……！」

涙が止まらなかった。

そのとき、ゼクスがゆっくりと跪いた。

「君の“推し”でいられたなら、それで良かった。
　でも僕は、“選ばれたかった”んだよ、シエル」

そして彼は、最後にこう言った。

「……君を自由にするよ。
　君が、君自身の意思で、誰を選ぶのか……それを見届けさせてくれ」

彼の声は、誰よりも静かで、誰よりも痛みをはらんでいた。