伯爵令嬢の逆転劇

第2話：冷笑と噂と、甘い誘い

舞踏会から二日後。クラリス・エルフォードは、王都にある自邸の書斎で静かに紅茶を口にしていた。

「……ふふ、思ったより早かったわね」

　机に広げられているのは、一通の報告書。情報屋を雇って調べさせた、リリア・スノウの素性に関する詳細な調査結果だ。

　平民だと名乗っていたが、実際は商家の娘。さらにその家は現在、破産寸前の状態にあるという。
　貴族の庇護を得るために「真実の愛」という美名を盾に、次々と貴族子息に近づいては後腐れなく捨てられてきた“やり手”だった。

「アランも、見事に騙されたものね」

　皮肉を込めて呟きながら、クラリスは扉の向こうに目をやった。
　控えていた侍女のミーナが入ってきて、恭しく一礼する。

「お嬢様、近衛騎士団所属のノア・ヴァレンティア様がお見えです。応接間にご案内を？」

「……通してちょうだい」

　驚きはしたが、動揺はない。
　彼が来る気がした――どこかで、そんな予感があった。

　応接間に入ると、銀の髪を持つ青年が立ち上がり、丁寧に頭を下げた。

「ご無沙汰しています、クラリス嬢」

「ええ、ほんとうに。最後にお会いしたのは、二年前の王立学園の卒業式以来かしら」

　穏やかな空気が流れる。だが、ノアの瞳には静かな熱が宿っていた。

「先日の一件……本当に、あれでよかったのか？」

「ええ。私はあの婚約を望んでいなかったし、むしろ好都合だったわ。今こうして自由の身になったのだから」

　それは強がりでもあり、真実でもあった。
　クラリスはもともと、父の命で侯爵家と婚約させられただけに過ぎない。愛など、最初からなかった。

「でも、それで黙って終わるクラリスじゃないとも、僕は知ってる」

「……覚えていたのね」

　子供の頃、何かを奪われれば必ず奪い返し、傷つけられれば倍にして返す。
　クラリスは優雅な笑みを崩さず、紅茶に口をつけた。

「ノア。あなたが私に会いに来たのは、慰めのため？」

「違う。僕は――力になりたくて来た」

　その言葉に、クラリスは目を瞬かせる。

「君が何をしようとしても、僕は君の味方だ。それが例え、社交界をひっくり返すような計画だとしても」

「……ふふ、あらあら」

　頬を隠すように扇子で口元を覆い、彼女は笑う。

「それなら、手始めに“あのふたり”が婚約を公表する日を狙いましょうか。とびきり素敵な“お祝い”を用意してあげるわ」

　その瞳は、まるで戦場を前にした将軍のように冷たく、そして――美しかった。