好きなわけ、ないだろ

春夜夢

文字の大きさ
6 / 10

6

しおりを挟む
卒業式が終わったあとの校舎は、あっけないほど静かだった。
賑やかだった体育館のざわめきも、記念撮影の声も、もう遠い。

俺は屋上の鉄柵にもたれかかりながら、ぼんやりと空を見上げていた。
雲ひとつない、透き通るような青。
まるで、あの日の曇り空を笑い飛ばすみたいな春の空だった。

「……やっぱり、ここにいた」

振り向かなくても分かる。
声で、すぐに。

蓮が制服のネクタイを緩め、風に吹かれながら階段を上がってきた。
少しだけ髪が伸びていて、あの頃よりも大人びた顔をしている。

「ストーカーかよ」
「うん。匠限定」
「……それ、怖いんだけど」

軽口を叩きながらも、心の奥があたたかくなる。
あの雨の夜以来、俺と蓮は――一緒に歩いてきた。

「卒業、しちゃったね」

蓮が鉄柵に手をかけ、空を見上げる。
俺も並んで、同じ空を見た。

「実感、ねぇな」
「うん。毎日同じ校舎でバカみたいに顔合わせてたのにね」

「バカはお前だろ」
「うるさい」

笑い合う声が、屋上に広がる。
いつのまにか俺たちの笑いは“当たり前”になっていた。
あの日、逃げて、震えていた俺には想像できなかった“日常”だ。

「なあ、蓮」
「ん?」
「転校……しなくてよかったな」

蓮は小さく笑って、頷いた。
「俺も、そう思う。
 あの日、匠が来てくれなかったら、きっと今ここにいなかった」

風が吹いて、蓮のシャツの袖が俺の腕に触れる。
その小さなぬくもりが、妙に胸を締めつけた。

「さ……これから、どうするんだよ」
「俺? 進学。通える範囲だし」
「そっか」
「匠は?」
「……バイトしながら、考える」

俺たちの未来は、同じじゃない。
同じ教室で過ごす時間は、もう終わった。
でも――離れることは、もう怖くなかった。

あの日、雨の中で本音をぶつけ合ったから。
逃げずに、ちゃんと掴んだから。

「一緒にいるからな」
俺が言うと、蓮は少し目を見開いて、それからふわっと笑った。

「言うじゃん」
「バカにすんな」
「バカにしてない。……めっちゃ嬉しい」

少しの沈黙。
春の風が頬をなでていく。

蓮が、俺の手をそっと握った。
制服の袖越しに伝わるぬくもり。
それは、はじめて手をつないだ夜と同じ感覚だった。

「なあ、匠」
「ん?」
「俺たち、きっとこれからもいろいろあると思う」
「まあな」
「でも、どんなことがあっても――ちゃんと隣にいたい」

真っ直ぐな瞳に、胸が熱くなる。
このやろう……ほんとズルい。

「……ああ。俺も」

そう答えると、蓮は目を細めて、俺の肩に額を預けてきた。
昼間の屋上に、二人の影が静かに重なる。

「なあ、覚えてる?」
「何を?」
「最初にここで、俺が告白したとき」
「……あー、あれか」

「“好きなわけ、ないだろ”って言われた」
「……うるせぇ」

蓮が笑う。
俺も、もうその言葉を恥ずかしがるだけじゃなく、笑えるようになっていた。

「今なら、なんて言う?」

蓮の声が、春の空に溶けるように柔らかかった。

俺は少しだけ息を吸って、蓮を見た。

「――好きなわけ、あるだろ」

蓮の目が驚いたように見開かれて、すぐに、嬉しそうに細くなる。
次の瞬間、俺たちは笑いながら、唇を重ねた。

空の下で交わすキスは、あの雨の夜とは違う。
何も隠さず、未来に向かって触れ合うキスだった。

屋上を吹き抜ける春の風は、どこまでもやわらかい。
この空の下で、俺たちは――“恋”から“未来”へと進み始めた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結】恋人になりたかった

ivy
BL
初めてのキスは、 すべてが始まった合図だと思っていた。 優しい大地と過ごす時間は、 律にとって特別で、 手放したくないものになっていく。 けれど……

招待客は食器を選べない

近井とお
BL
一年生のイセルは庶民出という理由で同級生から嫌がらせを受けており、第三校舎からティーカップを一つ持ってくることを和解の条件として一方的に提示される。第三校舎には不穏な噂が流れており、侵入禁止とされていた。イセルは導かれるように三階の一室にたどり着き、そこには美しい男がお茶会を開こうとしていたところだった。ティーカップの代わりにキャッチャースプーンを借りたことをきっかけに、二人は第三校舎の教室で会うようになる。次第にイセルは彼の美しさに心が飲み込まれていき……。 美しい最上級生×何も知らない一年生

君に不幸あれ。

ぽぽ
BL
「全部、君のせいだから」 学校でも居場所がなく、家族に見捨てられた男子高校生の静。 生きる意味を失いかけた時に屋上で出会ったのは、太陽に眩しい青年、天輝玲だった。 静より一つ年上の玲の存在は、静の壊れかけていた心の唯一の救いだった。 静は玲のことを好きになり、静の告白をきっかけに二人は結ばれる。 しかしある日、玲の口から聞いた言葉が静の世界を一瞬で反転させる。 玲に対する感情は信頼から憎悪へと変わった。 それから十年。 かつて自分を救った玲に再会した静は玲に対して同じ苦しみを味合わせようとする。

六年目の恋、もう一度手をつなぐ

高穂もか
BL
幼なじみで恋人のつむぎと渉は互いにオメガ・アルファの親公認のカップルだ。 順調な交際も六年目――最近の渉はデートもしないし、手もつながなくなった。 「もう、おればっかりが好きなんやろか?」 馴ればっかりの関係に、寂しさを覚えるつむぎ。 そのうえ、渉は二人の通う高校にやってきた美貌の転校生・沙也にかまってばかりで。他のオメガには、優しく甘く接する恋人にもやもやしてしまう。 嫉妬をしても、「友達なんやから面倒なこというなって」と笑われ、遂にはお泊りまでしたと聞き…… 「そっちがその気なら、もういい!」 堪忍袋の緒が切れたつむぎは、別れを切り出す。すると、渉は意外な反応を……? 倦怠期を乗り越えて、もう一度恋をする。幼なじみオメガバースBLです♡

あなたと過ごせた日々は幸せでした

蒸しケーキ
BL
結婚から五年後、幸せな日々を過ごしていたシューン・トアは、突然義父に「息子と別れてやってくれ」と冷酷に告げられる。そんな言葉にシューンは、何一つ言い返せず、飲み込むしかなかった。そして、夫であるアインス・キールに離婚を切り出すが、アインスがそう簡単にシューンを手離す訳もなく......。

王太子殿下に触れた夜、月影のように想いは沈む

木風
BL
王太子殿下と共に過ごした、学園の日々。 その笑顔が眩しくて、遠くて、手を伸ばせば届くようで届かなかった。 燃えるような恋ではない。ただ、触れずに見つめ続けた冬の夜。 眠りに沈む殿下の唇が、誰かの名を呼ぶ。 それが妹の名だと知っても、離れられなかった。 「殿下が幸せなら、それでいい」 そう言い聞かせながらも、胸の奥で何かが静かに壊れていく。 赦されぬ恋を抱いたまま、彼は月影のように想いを沈めた。 ※本作は「小説家になろう」「アルファポリス」にて同時掲載しております。 表紙イラストは、雪乃さんに描いていただきました。 ※イラストは描き下ろし作品です。無断転載・無断使用・AI学習等は一切禁止しております。 ©︎月影 / 木風 雪乃

オメガ判定されました日記~俺を支えてくれた大切な人~

伊織
BL
「オメガ判定、された。」 それだけで、全部が変わるなんて思ってなかった。 まだ、よくわかんない。 けど……書けば、少しは整理できるかもしれないから。 **** 文武両道でアルファの「御門 蓮」と、オメガであることに戸惑う「陽」。 2人の関係は、幼なじみから恋人へ進んでいく。それは、あたたかくて、幸せな時間だった。 けれど、少しずつ──「恋人であること」は、陽の日常を脅かしていく。 大切な人を守るために、陽が選んだ道とは。 傷つきながらも、誰かを想い続けた少年の、ひとつの記録。 **** もう1つの小説「番じゃない僕らの恋」の、陽の日記です。 「章」はそちらの小説に合わせて、設定しています。

【完結】偽りのα、真実の恋 ー僕が僕として生きるためにー

天音蝶子(あまねちょうこ)
BL
生まれながらにしてΩとして生きることを定められたリオン。 けれど彼は、病弱な双子・兄アレンの代わりに、”α”と偽り学校に通うことを決意する。 抑制剤で本能を封じ、兄の名を名乗り、笑顔の裏で恐怖と不安を隠しながら過ごす日々。 誰にも知られてはいけない秘密。 それが明るみに出れば、兄も、自分も、すべてを失う。 そんな彼の偽りを、幼なじみのノアだけが見抜いていた。 ――仕草のひとつ、息づかいのひとつまで。 ノアは、真実を暴く代わりに、リオンを守る“共犯者”となる。 誰よりも兄のために頑張るその姿に、やがてノアの胸には、抑えきれない想いが芽生えていく。 リオンもまた、兄の身代わりとしての自分ではなく、リオン自身を認め、協力してくれるノアに徐々に惹かれていく。 性別や運命に縛られた世界で、 “僕”として生きる意味を見つけた少年の、静かで熱いオメガバース・ラブストーリー

処理中です...