Ωの花嫁に指名されたけど、αのアイツは俺にだけ発情するらしい

春夜夢

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第9話:この手を離すなら、もう二度と戻れない

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――バシャッ。

 頬にかかった冷たい感触に、思わず足を止めた。

 透明な液体。
 それが水ではなく、わずかに香水の甘ったるい香りが混じっていたことで、何が起こったかを悟る。

「……っ、なに……」

「ふざけんなよ、ノンラベルのくせに……!」

 目の前にいたのは、Ωの上級生。
 学園で“花嫁候補No.1”とまで呼ばれていた女子Ω。
 その指先が震えていたのは、怒りか、嫉妬か、それとも──哀れみか。

「私たち、何のために番制度に選ばれてきたと思ってるの……!?
 何百年も守られてきたルールを、お前みたいな“出来損ない”に……っ!」

 続く言葉は聞こえなかった。
 いや、頭に入ってこなかった。
 ざわつく人々。誰も止めない。誰も助けない。

 ああ、やっぱり。
 “ノンラベル”は、この世界じゃ“人”として扱われてない。

 背後から、ゆっくりと足音が近づく。

「……お前、何をしてる」

 陽翔だった。

 彼が一歩、俺の隣に立っただけで。
 空気が一変した。

 睨むだけで、人が怯む。
 それが“特級α”という存在の、絶対的な圧。

「天瀬様、これは……! 私はただ、その……っ!」

「透真に手を出した時点で、お前は“番制度違反”だ。
 俺の番に傷をつけた。それがどういう意味か……理解してるな?」

 Ωの上級生は、顔色を失って後退りした。

「次はない。──透真に指一本触れたら、学園にいられなくなるぞ」

 その声は、怒号ではない。
 けれど、誰よりも恐ろしい“王の声”だった。

 相手が逃げるように去ったあとも、陽翔は俺の隣を離れなかった。

「……濡れてる」

「……放っておいてくれても良かったのに」

「無理だ。お前は俺の番だ。俺以外の手に、晒すつもりはない」

 そう言って、陽翔はハンカチでそっと俺の頬を拭った。
 優しい指先なのに、どこか“支配”を感じるのは気のせいじゃない。

 まるで、「この身体は、俺だけのものだ」と刻み込むような触れ方。

「透真。……この先、お前がどれだけ叩かれても、俺は離さない」

「……もし、俺が逃げたら?」

「追う。捕まえる。抱きしめて、もう二度と離さない」

 答えは、迷いなく。
 心臓の奥まで響いてくる、陽翔の宣言だった。

 怖い。
 でも、これが“愛”の形だというなら。

 ――きっと、俺はもうこの手を振り払えない。
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