あの夏の歌を、もう一度

浅羽ふゆ

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 ――――音楽室には、いつになくピリっとした空気が漂っていた。
 歌のテストの順番は出席番号順で、男子から始まる。
 トップバッターはタダシ。そう言えばタダシの名字は相原だった。
 奥に二列に並んで座る僕らはピアノを弾く先生と歌う生徒を真横から見える。この光景は正しく地獄だった。タダシは真っ直ぐ先生と視線を合わせていたけど、きっと僕たちが気になって仕方がないのだろう、どこか落ち着かない様子に見えた。
「相原君。リラックスして。いつも通りね」
 先生は無茶な事を言うと、タダシの返事なんか待たずに早速、最近授業でやっている曲の前奏を弾き出した。
 一層、空気が張りつめる中、タダシの足は少し震えている様に見えた。
 みんなの視線がタダシに集中する。
 タダシは真っ直ぐピアノを弾く先生を見て歌い出す。やっぱり声も震えていた。
 大きくも小さくもない微妙な声量でタダシは何とか歌い終え、先生は名簿に何かを書き込みながら次の人の名前を呼ぶ。まるで死刑宣告みたいだ。
 次々に男子が処刑されていく中、依然として張りつめていた空気を一瞬で壊し、みんなの笑いを誘ったのはカズだった。
「あの空をーおぉ? めーざーしてーえぇ?」
 何故か語尾がすべて疑問系になってしまうカズの歌にみんな堪えきれず、クスクスと笑い声が漏れ出す。
「行こーおぉ?」
 カズが歌い終わると、まるでダムが決壊したみたいにみんなが一斉に大声で笑い出した。
 何故か照れくさそうに頭を掻いて会釈をしているカズに、先生も苦笑いしながら名簿に何かを書き込んでいる。
 カズは最後まで一貫して疑問系で歌った。常に質問し続けるという全く分けの分からないこの歌い方は、この日からクラスの伝説となった。
 カズのおかげで雰囲気も一気に和やかになり、おかげでテストは程よい緊張感の中でスムーズに進んでいった。女子は男子よりもよっぽど真面目に取り組んでいるから、みんな安定していてあまり代り映えもせず、逆に退屈だった。
 しかし、そんな良い雰囲気も一人の女子によって見事に消え去ってしまう。
 灰坂祐子(はいさかゆうこ)。
 少ないクラスメイトの中で僕が唯一、話した事が無い彼女は、いつからか僕の視界に入る事すらなくなっていた。
 そんな彼女が取った行動により、僕は久しぶりに、いや恐らく初めて灰坂祐子をしっかりと視界にとらえる事になる。
 初めて僕の目に映った彼女はテスト中、一度も口を開かなかった。
 いや、口を開こうともしなかった。
 灰坂祐子はただ、そこに立っていた。先生のピアノの音だけが虚しくずっと鳴っていて、やがて演奏が終わっても誰も口を開かない。静まり返った教室で、先生は怒るわけでもやり直すわけでもなく、そのまま彼女を下がらせた。
 その後も何事も無く、まるで今の数分が幻だったかの様にテストは続いたけど、教室内の空気は今まで感じた事がないくらいに重たかった――――。


「しっかしゾッとしたなー。今日の灰坂」
「うー、うん……」
 ユキはいつものようにカズを冷たくあしらおうともせず、何かを噛み締めるように相槌を打った。
 僕は久しぶりにカズとユキと三人で帰っていたんだけど、何故かユキの様子がずっとおかしかった。カズが何を話しかけてもどこか上の空で、なにか別の事を考えているようだった。
「ユキ。大丈夫? なにかあったの?」
「ううん。平気。なんでもない」
 ユキは僕に笑ってみせたけど、どう見たってその顔は暗かった。
「なぁカズ。灰坂って昔からああいう感じなの?」
「ん? わかんね。 だってあいつ二年になる時にこっちに引っ越して来た転校生だもん」
 カズはユキが何を話しても返事が暗いのがつまらないのか、ぶっきらぼうに答えた。
「って事は僕が来る二、三ヶ月前か……」
 進級のタイミングで転校は別におかしくない。でも、あの過干渉なクラスメイトが、あれだけの事をした灰坂に誰も話しかけないっていうのは何かおかしい。友達の一人や二人がフォローにはしってもいいはずなのに。世話焼きのユキですら、それをしないのだから尚更だ。
「なー、ユキ。気にすんなって。別にお前は何も悪い事してねーじゃねーか。いつまでも引きずんなよ」
「うん……うん」
 カズが何の事を言っているのか分からないけど、返事をするユキが泣きそうな顔になっているのを見て、僕は思わず口を開いてしまった。
「何かあったの?」
 カズが僕に苦い顔を向けて首を振る。やってしまった、と思った。やっぱ今の無し! としたいとこだけど、もう遅い。言ってしまったものは取り戻せない。
「……ごめん。私、先帰るね……」
 ユキは目に涙を溜めてそう言い残すと、走っていってしまった。僕とカズはそれを追いかけようとはせず足を止めて、どんどん小さくなっていくユキの背中を黙って見送った。
 ユキの姿が視界から消えると、カズは似合わない溜め息をついた。
「なんだかなー。でもホタルは何も悪い事言ってないから気にすんなよ」
「あの……ごめん。何か、よく分からないんだけど……」
 ユキの涙に動揺している僕に、カズはもう一度溜め息をついて小さく首を振った
「なんて言ったら良いのかなー。灰坂さ、転校して来てすぐに学校来なくなったんだよ。そんでユキはそれを自分のせいだと思ってる」
「どういうこと? 何があったの?」
「別に何もねーよ。クラスが肌に合わなかったんじゃないか? 先生が何とか説得してまた来るようにはなったけど、みんな変に話しかけたりはしなくなったな。もちろんユキもな」
 頭の後ろで手を組み、ゆっくりと歩き始めるカズに僕も歩幅を合わせる。
 何となく分かった。きっとユキは僕の時みたいに世話を焼こうとしたに違いない。そしたら灰坂が急に学校に来なくなったもんだから、自分が何かしたんじゃないかと思っているんだろう。確かにそれじゃ灰坂が学校に来たって何も聞けない。聞ける訳がない。変に話しかけてまた不登校になったらそれこそ最悪だ。でも――――。
「そしたら何でユキは僕の世話を焼いてくれたんだろう? 普通そういうのってトラウマになるもんじゃない?」
 僕は頭に浮かんだ疑問をそのままカズに投げる。
「知らねーけど、内心すげービビってたんじゃね? それでも何かせずにはいられない奴なんだよ。自分に何か出来る事は無いかっていっつも考えてる。自分より他人を大事にしちゃうタイプっつーの? だからやっぱり何もしないって選択肢はなかったんだろうな。まぁおせっかいすぎる所もあるけどそこがまた――――」
「好きなところだと」
「そうそう。っておい!」
 やっぱり引っかかった。そんなの僕だけじゃなく、みんな知っている。
 まぁ今さら恥ずかしがって横でワーワーうるさいカズは置いといて、僕もユキのおかげで色々助かったのは確かだ。だからユキは別に何も間違っていないと思う。でも、だからといって灰坂が悪いってわけでもない気がする。なんとなくだけど。
 とにかく、何事も無く無事に合唱が終われば僕はそれで良い。
 変に掘り起こしたってトラブルが増えるだけだろうし。そんな事に気を回していたくもない。
 僕は(これ以上、面倒事が増えません様に)と、カズを無視して道沿いに居たお地蔵さんに祈った。ただ、やっぱりユキの事は少しだけ気になった。


 夕食を終えると、僕はさっさと自分の部屋に戻った。頭の後ろで手を組んで畳の上にゴロンと寝転がるこのスタイルもいつからか習慣になっていた。前のフローリングの床じゃ絶対にやらなかった事だ。
 天井を見つめながら、ふと今日の灰坂を思い出す。
 あれは完全に転校の失敗例だ。僕だってこのクラス、いや、この村が肌に合うわけではない。それでも上手くやっている。もちろん周りのおかげも大きい。ようは不器用なんだ灰坂は。
 大方、イジメとかで転校して来たんだろう。全く、誰も知らないとこに来たんだからもう少しうまくやればいいのに。頼むからもう面倒事は起こさないで欲しい。本当に。本当に!
 心に残る一握りの不安がどうしても拭いきれず、僕はずっと灰坂の事ばっかり考えていた。
「おーい蛍。友達来たぞ」
「友達?」
 こんな夜に? と僕は起き上がって、呼びに来た父さんに聞くと、どうやら父さんも少しビックリしているようで、うんうんと頷くだけだった。
 流石にこれは日常茶飯事ではない。とは言え、その友達とやらをずっと待たせている訳にはいかないので僕は急いで玄関に向かと、そこにいたのは。
「――――ユキ!」
「ホタルごめん……こんな時間に」
 玄関には申し訳なさそうにユキが立っていた。
 こんな時間に来るなんて何かあったに違いない。ちょっと驚いたけど、僕はユキの表情や雰囲気でそれを察した。とりあえず、外はもう暗いし、こんな所で話す訳にもいかないので家に上がってもらう事にした。
「はい。これよかったら」
「あ、ありがとうございます」
 父さんは居間のテーブルに切り分けたスイカを置いた。
 ユキはカズと一緒に何度か僕を迎えに来た事もあるから父さんも知っていた。それでも一人で、しかもこんな時間に家まで尋ねてくるのはどう考えてもおかしい。父さんが変な勘違いをしていないと良いけど。
 父さんが台所に戻っても僕らはスイカに手をつけるわけでもなく、ただテーブルを挟んで向かい合い、目を合わせては逸らしを繰り返した。
 ……まずい。
 無言でこんな事を繰り返していると、ますます変な勘違いをされ兼ねない。台所の父さんも気にしていない振りをしながらチラチラこっち見ているし。
「ユキ。縁側で食べようか」
 僕は堪え切れず、座布団とスイカを持って立ち上がる。
「う、うん」
 ユキも少しぎこちなく返事をして立ち上がった。
 縁側に座り、居間の襖を閉める。これで父さんの視線はシャットアウトできた。縁側の明かりは点いてないけど、ガラス戸から入る月明かりでそこまで暗くはない。
 僕とユキはスイカを間に置いて、外を向きながら目が慣れるのを待った。
「……で、どうしたの?」
 僕はスイカを手に取って一口齧る。これは僕の親切心だった。恐らく今のユキは僕が引っ張らないと何も言わない、行動しない。スイカを食べるのも、話をするのも、僕からやらないと埒があかなそうだった。
 夕食を食べたばっかりだからお腹いっぱいだったけど、もう一口齧る。出されたのがスイカだったのが救いだ。
「あのさ、今日の事なんだけど……」
 ユキがようやく口を開く。スイカには手を伸ばさなかった。
「うん。ごめん。何となくカズに聞いちゃった」
「そっか……」
 僕らは目を合わさず、夜を眺める。
 ほんの数秒の沈黙が重苦しく、僕のスイカを齧る音がまた一つ響いた。
「ごめん。何か急に逃げるように帰っちゃって。気分悪かったよね。ごめん。ホント気にしないで。ホタルのせいとかじゃないから。全然何も関係ないから。ただ私が……何て言うのかな。上手く話せないんだけど……その」
「いや、その。気にしてないから大丈夫だよ」
 途中から震え出したユキの声に気づかない振りして、僕は平静を装う。
 スイカ、冷えてるうちがおいしいから、と促してユキにスイカを持たせた。
「今日の事は本当に気にしてないからさ。ホント。大丈夫だから! 逆に気にされると気にしちゃうよ!」
 僕は何とか無理矢理笑ってみせたけど、ユキは悲しそうに笑って頷くだけだった。カズの気持ちが少しだけわかった気がした。
 また、お互い外に向き直り、静寂が訪れる。
「……ユキ。僕はユキに感謝してるよ? もちろんカズにも」
 ユキが僕の言葉に反応する。こっちを向いたのがわかったけど、僕は外を見つめたまま話を続けた。
「こんな事言うのも恥ずかしいんだけど……二人が居なかったらこの村に、このクラスに馴染むまでもっと時間かかってたよ。ここだけの話、僕はここに来るのが凄く嫌だったし、田舎を馬鹿にしてたんだ。でも二人のおかげで今ではすっかり村人だよ。いや、それは言い過ぎか。でも少し変われた気がするんだ。少なくとも今はこの生活もそんなに悪い気はしてないからさ。だから、その……ありがとう」
 自分の言葉が恥ずかしくて、スイカをもう一口齧る。まさか自分がこんなにクサい事を言うなんて思わなかった。しかもクラスメイトの女子に。
「ホタル……ありがとう」
 その言葉に僕が振り向くと、ユキはようやくほんのり笑ってスイカを一口食べた。そしてまた、ガラス越しに夜空を見上げた。
「私もホタルがいてくれて良かった。今日ちょっと気持ちが軽くなったよ。ありがとう」
 僕も空を見上げる。返事は出来なかった。聞こえてしまうんじゃないかってくらいバクバク鳴っている心臓を抑えるのに必死だったから。
「あー、何だかスッキリして来た! 話聞いてもらいに来たのに話聞かせてもらっちゃったな! ……ありがとね」
 月が照らしたユキの顔はいつもと同じ顔で笑っている筈なのに、いつもと違って見えた。
 ユキはスイカをしっかり食べ終えて、父さんにお礼を言うと、そのまま玄関に向かった。
 お盆を持ちながら僕に「送っていけ」と耳打ちする父さんの顔がどこか誇らしげで、絶対変な勘違いをされていると思ったけど、訂正する時間も無く、僕はがっくり項垂れながら玄関へ向かった。


 田舎の夜は暗い。それでも重たくないのは空に広がる星のせいだろうか。と言っても、月明かりにも限界があり、街灯がほとんど無い道は自転車のライトだけでは心許なかった。
 二つの円錐が並んで道を照らす。自転車を漕ぐ音がいつもより大きく感じた。
「そういえばさ。聞いてもらいたかった話って何だったの?」
 ふと浮かんだ疑問を僕が聞くと、ユキは僕に振り向いて自転車のスピードを少し落とした。僕もギアを軽くして、ペダルを漕ぐ力を緩める。光の円錐の端がまた重なった。
「うーん。あんな事があったからホタルには言っておかなきゃなって思って。灰坂さんの事。でもカズに聞いたんでしょ?」
「いや、すごく大雑把にね。あんまり話さなかったよ」
 ユキは「カズらしい」と笑った。
「きっと私に気を使ってくれたんだよ。カズって意外にそういう優しさ持ってるから」
 ユキは言い終わりに「あ!」と声を上げて、自転車を止めた。僕も慌てて急ブレーキをかけると、そこは神社に登る石段の前だった。
「ホタル。ちょっと寄り道しない?」
 石段の上を指差すユキに、僕は自転車を降りて頷いた。


 初めて登った神社の石段は結構な段数があり、思っていた以上に体力を消耗した。
 人気の無い夜の神社なんて行った事がないから、肝試しみたいな雰囲気を想像していたけど、上り切ってみると意外にもそこは生い茂る木々も少なく視界が開けていて、月明かりのせいもあってか、そこまで暗く感じなかった。
「この村の隠れ夜景ポイントなの!」
 石段を丁度上りきった鳥居の下で、息切れしながら嬉しそうにユキは後ろに振り返った。僕もつられて振り返ると、目の前に広がる風景に目を奪われた。
「うわー……全然灯り無いね」
 街灯はもちろん、家の明かりもひどくまばらで地形がまるでわからない。
 きっと夜を見下ろす僕の顔はとってもガッカリしていたんだろう、ユキは声を上げて笑い出して「違う違う!」と手を横に振った。
「ほら、あそこ!」
 ユキが指差した遠く右の方に目を投げる。
「うわー、遠いね」
 そこには恐らく街の繁華街であろう灯りが、本当に物凄く遠くの方に少しだけ見えていた。
「ね?」
 ユキは嬉しそうに首を傾げた。僕は細かく二度、頷いてごまかした。
 これじゃ夜景が「隠れてる」ポイントだ。なんて思っても言えなかった。
 でも、こんな村に綺麗な夜景を求める事自体、無理な話だ。建物が少な過ぎる。ただその分、星が沢山ある。だから見下ろしてダメなら見上げれば良い。なんてまたクサい事を考えていたら、ユキは鳥居の近くに設置された丸太を半分に切っただけのベンチらしきものに座った。
 僕もユキの横に腰を下ろし、改めてなけなしの夜景を見つめると、ユキは呟くように話しだした。
「私さ、こんな性格だから誰彼構わず話しかけちゃったり、おせっかい焼いちゃうんだよね。じっとしていられない性格って言うか……」
「うん。でもそれでいいんじゃないかな? 少なくとも僕はそれで助かってるわけだし」
 僕がそう返すと、ユキは「ありがとう」と微笑みながら続けた。
「それでまぁ、灰坂さんが転校して来たときもホタルの時みたいにいっぱい話しかけて、おせっかいやいたりしちゃったんだよね」
 手元をいじりながら話すユキの表情が、ほんの少し曇った。
「そしたら……灰坂さん学校来なくなっちゃったんだ」
「それ、ユキのせいなの?」
 ユキは少しだけ僕の方に顔を向けて、俯き加減に小さく頷いた。
「放課後にね。はっきり言われちゃった。迷惑だって。お願いだから二度と話しかけないでくれって。それで私、ビックリしちゃって……何回もごめんなさいって謝ったんだけど、灰坂さん次の日から学校来なくなっちゃって……」
 ユキは悲しそうに笑って、僕と目を合わせた。
「ね? 私のせいでしょ? 人それぞれ色んな感じ方があるって事も知らなかったんだ私。自分のしている事が間違ってないって、正解だって勝手に思ってたんだよ」
「……じゃあ何で、僕におせっかいやいてくれたの?」
「感じ方は人それぞれ、だから。なんてね。私きっと自己中なんだよ。おせっかいも自分の満足の為にやってるんだよきっと」
「でも……僕にはそう見えないよ?」
 僕は自分の気持ちを正直に伝えた。僕にしてくれた行動はユキの優しさだと思ったから。決して自分の為ではなく、僕の為にしてくれた事だと感じたから。
「ありがと。でも、自分でもよくわかんないんだ自分の事。何であんな事あったのにホタルにまた同じ事しちゃってるのかも。何で自分が全然変わらないのかも。全然わかんない。おかしいよね。自分の事なのに」
 ユキは足を真っ直ぐ伸ばすと、ベンチに手をついて空を仰いだ。
「でも、ホタルがありがとうって言ってくれて嬉しかった。何だか自分でもわかんない自分を認めてくれた気がしてさ。なんて言うか気持ちがスッと軽くなった感じ」
 夜空を見つめたまま、優しく寂しそうに微笑むユキに僕はなんて言ったら良いのかわからなかった。ユキの考えている事はきっと難しい。僕だって自分の事は良く分からない。なんだかんだ順応しちゃっている自分。ピアノを弾き出した自分。自分が一体何を考えているのかって自分が一番分かっていないのかも知れない。こんなの中学二年に答えは出せないと思う。
 でも、人から認めてもらえる事がすごく大事な事だっていうのは分かる。
 自分はこれでいいんだって思える瞬間て、そんな時だけだから。きっとユキは人一倍それを気にする人なんだろう。
 そんな事を考えていたら、ふとあいつが思い浮かんだ。
「そうだ。カズは? あいつはいつだってユキを理解して認めてる気がするよ?」
「あいつはもう別件だよ。私だってあいつの事はあいつ以上に分かってる気がするし」
 ユキがさらっと凄い事言うので、僕は少し胸が高鳴った。
「カズの事、好きなの?」
 それとなく、でも率直に聞いてみた僕の質問にユキは「まさか!」と笑った。
「ないない! ずっと一緒に居すぎて、そんな感情今更湧かないよ!」
 まぁ確かに大事な存在だけどね、とユキは付け足した。カズはこれを聞いて喜ぶのか、それとも悲しむのか。微妙な所だ。恋愛感情は湧かないけど大切な存在。親友って事か。
 カズ、なんかごめん。
「あー、笑った。ホタルいきなり変な事言うんだもん! でも今日はホントにありがとね。話聞いてもらってスッキリしたし、聞かせてもらってスッキリした。ホタル、ありがとう」
 僕は「どういたしまして」と笑い返した。
 結局カズの話題で話は終わり、僕とユキは並んで石段を下りた。
 一段一段下りながら、今日を振り返ってみる。人それぞれってユキは言ったけど、ホントその通りだ。色々あるんだ、僕にもユキにも灰坂にも。もちろんカズにも。大人になった時、今の自分達を見てどう思うのかな。笑っていられたらいいな。くだらない事で悩んでたなって。色々あったなって、みんなで笑い合えたらいいな。灰坂の歌わなかったテストも。泣いたユキも。ちっぽけな夜景も。僕の葛藤もみんな笑い飛ばせたらいいな。なんて、夜になると大人ぶった事を考えちゃうのが恥ずかしい。
 僕は一歩前に出たユキの背中を見ながら一人でちょっとだけ笑った――――。


「————じゃ、また明日学校で!」
 ユキを家まで送って、手を振りながら来た道を引き返す。何度か振り返るうちにユキの家は見えなくなった。
 ハンドルを両手でギュッと握りしめる。何となく、カズ以外の人と付き合うユキは見たくないなって思った。
 カズ、頑張れ。
 僕はギアを一段重くして腰を上げ、思いっきりペダルを漕いだ。


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