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CASE2 お客様とヤカラの境界線
CASE2-7 「良く来てくれたねマイハニー!」
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ガイリア王国首都ハルマイラから西へ、街道沿いに馬車で2日ほど行くと、フリーヴォル伯爵領へと至る。
フリーヴォル伯爵家は、親衛騎士団の長として、ガイリア王家に5代にわたって仕える格式ある家である。
領内の小高い丘の上に築かれたフリーヴォル伯爵の居城は、その真っ白な城壁から、別名を白獅子城と呼ばれ、ガイリア三名城のひとつにも数えられている。
初夏の長い日が、その顔を朱に染めてようやく西の空へと沈む頃、一台の馬車が白獅子城の城門をくぐり、軽快な蹄の音を響かせながら石畳の敷かれたエントランスに到着した。
そこには、糊のきいた燕尾服を一分の隙無く纏った初老の執事が待ち構えており、馬車の御者台から降りてきた人物に対し、恭しく一礼をする。
「お待ちいたしておりました。遠路はるばる、ようこそお出で下さいました――マイス・L・ダイサリィ様」
「わざわざのお出迎え、痛み入りますわ」
そう答えて、にこやかな微笑みを浮かべながら、スカートの裾を抓んで優雅に一礼するマイス。
そして、続いて降りてきた髭面の気難しそうな小柄の老人の事を紹介する。
「――こちらが、今回の修理を行います、弊社工房の工房長補佐・ハアトネスツでございます」
「――宜しく」
老人は、仏頂面のまま、ちょこんと頭を下げた。
「愛想は無いですけど、腕は確かですわ。弊社自慢の腕利きでございます」
マイスは、無礼にも取れる部下の態度に慌てた様子も無く、穏やかな微笑みを絶やさずに言葉を継ぐ。
「では、早速、ご依頼頂きました“アリエテルタの大戦槌”の損傷の状態を彼に見せて頂いても宜しいでしょうか?」
「あ……いえ」
彼女の申し出に、執事は戸惑ったような顔をする。
「――伯爵様より、ご到着なされましたら、まずは熱い湯にでもお浸かりになって頂き、旅の埃とお疲れを落としてから晩餐をご一緒に――とのお言付けを頂いておりますが……」
「……そんな事ぁどうでもいい。さっさと例の修理品を見せてもらおうか」
執事の言葉にも眉根ひとつ動かさず、ハアトネスツはジロリと睨めつける。
そんな彼の尊大な態度を目で窘めて、マイスは深々と頭を下げた。
「大変申し訳ございません。私の部下が失礼な事を申しまして……」
「いやいやいや! キミが謝る事は無いよ、マイハニー♪」
と、その時。
主殿の中から、陽気そうな若い男の声が上がる。
その声を聞いた瞬間、執事はくるりと振り返り、歩いてくる人物に向かって恭しく一礼をした。
一方、その声を耳にしたマイスは僅かに顔を顰める。
エントランスホールから現れたのは、黒い長髪を後ろで束ね、切れ長の目をしたハンサムな若い男だった。ゆったりとしたガウンを身に纏い、にこやかな笑いを浮かべながら大きく両腕を広げて、友好的な態度を体中で示している。
「やあやあやあ、良く来てくれたねマイハニー! こんな遠いところにまで逢いに来てくれるなんて……ボクに対する愛の深さを感じるね!」
「これはこれは、フリーヴォル伯爵様。ご機嫌麗しゅうございます。お急ぎの修理だと呼びつけられましたので、罷り越しました。超速で修理させて頂きまして、可及的速やかにお暇しますので、どうぞお構いなく」
と、一礼するマイス。その顔には優雅な微笑みが浮かんでいるが、その深紫色の目には、相手に対する警戒の光がアリアリと浮かんでいる。
だが、当のフリーヴォル伯爵は、そんな彼女の慇懃無礼な様子にはまるで気付いていないかのように、上機嫌に大笑する。
「はっはっはっは! そんなに急がなくても良いのだよ、マイハニー! 修理が終わっても、我が城に好きなだけ居てくれて構わないよ。一ヶ月でも、一年でも。――何なら一生でも、ボクは一向に構わない……寧ろ、そうして下さい結婚して下さいお願いします!」
そう一気に捲し立てると、彼はおもむろに彼女の前に跪いた。そして、懐の隠しから小さな指輪ケースを取り出し、マイスの目の前に捧げ、パカリとフタを開く。
指輪の巨大なダイヤが、夕日を反射してキラキラと目映い光を放った。
「……結婚してくれるね、マイハニー……!」
「いや、何でそんなに自信満々なの、貴方? その話は、ず――っと昔から『嫌です』って、何度も断ってますよね?」
心底呆れ顔で、吐き捨てるようにマイスは言った。
だが、断られたフリーヴォル伯爵の顔に、失望の色は無い。
「ふふふ……嫌よ嫌よも好きの内とはよく言ったもので……。マイハニーは、まだ自分の本当の気持ちに気付いていないだけなのさ。そのうちきっと、ボクの胸に飛び込む日が来るって、ボクは知っているよ……フフフフフ♪」
「何この人キモい」
思わず、素の気持ちが口と顔に出てしまうマイス。
が、そんな辛辣な言葉も、伯爵の心を折る事は出来ない。彼は、恍惚の表情で身体をくねらせる。
「……ああ、キミの照れ隠しのキツい言葉すら、ボクの耳には心地良い……」
「執事さん! この領内にお医者さんはいらっしゃらないんですか? 頭の!」
辟易して、傍らの執事にツッコむマイス。執事は、冷や汗と苦笑いを浮かべて視線を逸らす。
一方、マイスの言葉を聴いたフリーヴォル伯爵は、感動の涙をはらはらと流して言った。
「ああ……何て優しいんだ、キミは。ボクの身体の事を気遣って、医者の心配までしてくれるとは……」
「執事さーん! この人、言葉が通じませーん! 大至急、通訳さんも連れてきて下さーい!」
――堪らず、周囲に助けを求めるマイスであった。
フリーヴォル伯爵家は、親衛騎士団の長として、ガイリア王家に5代にわたって仕える格式ある家である。
領内の小高い丘の上に築かれたフリーヴォル伯爵の居城は、その真っ白な城壁から、別名を白獅子城と呼ばれ、ガイリア三名城のひとつにも数えられている。
初夏の長い日が、その顔を朱に染めてようやく西の空へと沈む頃、一台の馬車が白獅子城の城門をくぐり、軽快な蹄の音を響かせながら石畳の敷かれたエントランスに到着した。
そこには、糊のきいた燕尾服を一分の隙無く纏った初老の執事が待ち構えており、馬車の御者台から降りてきた人物に対し、恭しく一礼をする。
「お待ちいたしておりました。遠路はるばる、ようこそお出で下さいました――マイス・L・ダイサリィ様」
「わざわざのお出迎え、痛み入りますわ」
そう答えて、にこやかな微笑みを浮かべながら、スカートの裾を抓んで優雅に一礼するマイス。
そして、続いて降りてきた髭面の気難しそうな小柄の老人の事を紹介する。
「――こちらが、今回の修理を行います、弊社工房の工房長補佐・ハアトネスツでございます」
「――宜しく」
老人は、仏頂面のまま、ちょこんと頭を下げた。
「愛想は無いですけど、腕は確かですわ。弊社自慢の腕利きでございます」
マイスは、無礼にも取れる部下の態度に慌てた様子も無く、穏やかな微笑みを絶やさずに言葉を継ぐ。
「では、早速、ご依頼頂きました“アリエテルタの大戦槌”の損傷の状態を彼に見せて頂いても宜しいでしょうか?」
「あ……いえ」
彼女の申し出に、執事は戸惑ったような顔をする。
「――伯爵様より、ご到着なされましたら、まずは熱い湯にでもお浸かりになって頂き、旅の埃とお疲れを落としてから晩餐をご一緒に――とのお言付けを頂いておりますが……」
「……そんな事ぁどうでもいい。さっさと例の修理品を見せてもらおうか」
執事の言葉にも眉根ひとつ動かさず、ハアトネスツはジロリと睨めつける。
そんな彼の尊大な態度を目で窘めて、マイスは深々と頭を下げた。
「大変申し訳ございません。私の部下が失礼な事を申しまして……」
「いやいやいや! キミが謝る事は無いよ、マイハニー♪」
と、その時。
主殿の中から、陽気そうな若い男の声が上がる。
その声を聞いた瞬間、執事はくるりと振り返り、歩いてくる人物に向かって恭しく一礼をした。
一方、その声を耳にしたマイスは僅かに顔を顰める。
エントランスホールから現れたのは、黒い長髪を後ろで束ね、切れ長の目をしたハンサムな若い男だった。ゆったりとしたガウンを身に纏い、にこやかな笑いを浮かべながら大きく両腕を広げて、友好的な態度を体中で示している。
「やあやあやあ、良く来てくれたねマイハニー! こんな遠いところにまで逢いに来てくれるなんて……ボクに対する愛の深さを感じるね!」
「これはこれは、フリーヴォル伯爵様。ご機嫌麗しゅうございます。お急ぎの修理だと呼びつけられましたので、罷り越しました。超速で修理させて頂きまして、可及的速やかにお暇しますので、どうぞお構いなく」
と、一礼するマイス。その顔には優雅な微笑みが浮かんでいるが、その深紫色の目には、相手に対する警戒の光がアリアリと浮かんでいる。
だが、当のフリーヴォル伯爵は、そんな彼女の慇懃無礼な様子にはまるで気付いていないかのように、上機嫌に大笑する。
「はっはっはっは! そんなに急がなくても良いのだよ、マイハニー! 修理が終わっても、我が城に好きなだけ居てくれて構わないよ。一ヶ月でも、一年でも。――何なら一生でも、ボクは一向に構わない……寧ろ、そうして下さい結婚して下さいお願いします!」
そう一気に捲し立てると、彼はおもむろに彼女の前に跪いた。そして、懐の隠しから小さな指輪ケースを取り出し、マイスの目の前に捧げ、パカリとフタを開く。
指輪の巨大なダイヤが、夕日を反射してキラキラと目映い光を放った。
「……結婚してくれるね、マイハニー……!」
「いや、何でそんなに自信満々なの、貴方? その話は、ず――っと昔から『嫌です』って、何度も断ってますよね?」
心底呆れ顔で、吐き捨てるようにマイスは言った。
だが、断られたフリーヴォル伯爵の顔に、失望の色は無い。
「ふふふ……嫌よ嫌よも好きの内とはよく言ったもので……。マイハニーは、まだ自分の本当の気持ちに気付いていないだけなのさ。そのうちきっと、ボクの胸に飛び込む日が来るって、ボクは知っているよ……フフフフフ♪」
「何この人キモい」
思わず、素の気持ちが口と顔に出てしまうマイス。
が、そんな辛辣な言葉も、伯爵の心を折る事は出来ない。彼は、恍惚の表情で身体をくねらせる。
「……ああ、キミの照れ隠しのキツい言葉すら、ボクの耳には心地良い……」
「執事さん! この領内にお医者さんはいらっしゃらないんですか? 頭の!」
辟易して、傍らの執事にツッコむマイス。執事は、冷や汗と苦笑いを浮かべて視線を逸らす。
一方、マイスの言葉を聴いたフリーヴォル伯爵は、感動の涙をはらはらと流して言った。
「ああ……何て優しいんだ、キミは。ボクの身体の事を気遣って、医者の心配までしてくれるとは……」
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