ダイサリィ・アームズ&アーマー営業日誌〜お客様は神様ですが、クレーマーは疫病神です!〜

朽縄咲良

文字の大きさ
46 / 114
CASE2 お客様とヤカラの境界線

CASE2-14 「一体何が起こったんですかっ?」

しおりを挟む
 自称近衛騎士ラシーヴァと髭面男(姓名不詳)が、バスタラーズ老人によって撃退されてから数日が過ぎた。
 幸い、ラシーヴァ達は、あの日から一度も店に現れてはいない。イクサとシーリカは、ようやく人心地がついた気分で、仕事に集中する事ができていた。
 この日の営業も、つつがなく運び、間もなく閉店という夕暮れ時の時間帯――。

「イクサ先輩、そろそろ営業日報を締めちゃっていいですかね?」

 シーリカが、本日受け付けした修理カルテを纏めながら、イクサに尋ねる。
 イクサは「うーん、そうだなぁ……」と呟きながら、窓の外を見る。ガラス窓から覗く街の景色は、とっぷりと夜の帳が下りはじめ、青かった空はマーマレード色から濃紺色へ移り変わろうとしていた。
 次いで、イクサはカウンターの前に視線を移す。――当然ながら、誰も居なかった。
 イクサは、それを確認すると、シーリカの方へ向き直り、大きく頷いた。

「うん。もう、さすがにお客様は来なさそうだから、締めに入っていいよ」
「はい! 畏まりデス!」

 ……シーリカに言ったつもりだったのだが、元気よく答えたのは、カウンターにふんぞり返りながら大欠伸していたスマラクトだった。
 それまでのだらけっぷりが嘘のように、テキパキと片付けをはじめるスマラクトの様子に、思わず顔を見合わせて、呆れた表情を浮かべ合うイクサとシーリカ。

「ほら、おふたりとも! 手が止まっておりますぞ! ちゃっちゃと終わらせて、定時で上がりましょう~!」
「その行動力と手際の良さを、営業中に発揮してくれないかなぁ……」
「同感です……」

 ふたりは大きな溜息を吐くと、閉店作業に取りかかるのだった。

 ◆ ◆ ◆ ◆

 「イクサ先輩~! お金も日報も締め終わったので、取締役室……じゃなくて、経理課のブリトヴァ経理部長のところに持っていきまーす!」

 シーリカが、金の入ったずっしりと重い袋の束と、日報の紙束を抱えて、イクサに向けて声をかけた。
 イクサは、その言葉に頷いて答える。

「うん! シーリカちゃん、お願い~!」

 背中越しにシーリカの気配を遠ざかっていくのを感じたイクサは、一息つくと、屈んでいた背を伸ばした。彼はバックヤードで、預かった修理品が傷つかないように麻布を巻き付けていたのだ。
 彼は、軽く腰を回しながら、ふと呟く。

「……マイスさんが出張に行って、もう十日か……」

 金髪紫眼の美しい上司は今、“アリエテルタの大戦槌”の修復作業の付き添いと新たな商談の為、白獅子城に逗留している。
 その間は、ブリトヴァ経理部長が彼女の仕事を代行しており、特に業務上の問題が発生しているという訳ではないのだが……、

「はあ……まだ時間がかかるのかなぁ……?」

 イクサは、消化不良のモヤモヤとした思いが、心のどこかで澱のように積もっているかのような重みを感じていた。
 ふと、彼は白獅子城の主であり、近衛騎士団総団長であるフリーヴォル伯爵の噂を思い出した。
 ――伯爵は、弱冠二十五歳で近衛騎士団のトップに君臨する、文武両道かつ眉目秀麗の偉丈夫。
 実は、物語の世界から抜け出してきた勇者か何かではないのかとまことしやかに囁かれる程、非の打ち所の無い男だという話だ。
 顔良し頭良し腕っ節良し金持ち城持ち地位持ち……しかも、未婚。
 ――自分と三歳ほどしか違わないのに、この違いは何なのだろう。もはや嫉妬とか羨望とかを感じないレベルの、圧倒的なスペックの差を感じてしまう。
 そして、そんな完璧超人たるフリーヴォル伯爵の元から一向に帰ってこないマイス……。

(ひょっとして、マイスさんは、伯爵と……)

 そんな推測が頭を掠め、イクサの心は小さく揺れる。
 ――だが、マイスと伯爵……。改めて考えてみれば、正に美男美女のお似合いのカップルだ。マイスは、イクサよりひとつ年上なので、今は二十三歳のはず。
 二十五歳と二十三歳――。

(……お似合いじゃないか)

 そう考えた途端に、また、胸の奥がチクリと傷む。
 無意識に胸を押さえたイクサは、ハッと我に返ると、慌ててかぶりを振った。

「さ……さーて! あとは、カウンター周りを片付けて、早く上がろう!」

 気鬱な気分を吹き飛ばそうと、殊更に声を張り上げて、自分の頬を張る。パァン! と乾いた音が、狭いバックヤードで反響した。

「よォーし! もうひと頑張り――」

 ドォォォンッ!

「うわッ――!」

 気を取り直して、カウンターへ続く扉のノブに手をかけた瞬間、凄まじい轟音が建物全体を大きく揺らした。パラパラと音を立てながら、天井から夥しい埃が降ってくる。

「な――何だっ?」

 泡を食ってカウンターへと飛び出すイクサ。
 先ず目に入ったのは、無数の亀裂が入った、入り口のオーク材の木扉。
 明かな異状を目の当たりにし、思わず呆然とするイクサだったが、すぐに気を取り直すと、キョロキョロと辺りを見回し、もうひとりの店員の姿を探す。

「ス――スマラクトさん! 何処ですかっ?」
「……しゅ、主任~! こここコッチですぅ~!」

 間抜けた震え声は、彼の足元から聞こえた。イクサが視線を下に落とすと、カウンターの中で背中を丸めた男のまだらハゲた頭が見える。
 かなり滑稽な絵面だった。
 だが、今のイクサには、それを面白がる余裕も無い。
 彼もカウンターの下へ屈み込むと、ブルブルと震えているスマラクトに問いかけた。

「ス……スマラクトさん! 一体何が起こったんですかっ?」

 問われたスマラクトは、ありありと当惑を浮かべた表情を浮かべながら、興奮した様子で捲し立てる。

「わ――分かりませぇん! 何だか外が騒がしくなったと思ったら、いきなり大きな音がして、扉にヒビが……!」
「――外?」

 彼は、スマラクトの話を受けて、顔を上げると、そろそろと中腰で壁伝いに忍び歩きをする。
 そして、木扉の横の横の壁にへばり付き、歪んでヒビの入った扉の隙間から外を覗き、何が起こっているのかを確かめようとした。
 外はすっかり夜闇に包まれ、判然としないが、店の前で数十人の人影が蠢いているのは判った。

「……何だ? あの集団は……?」

 イクサが訝しげに首を傾げた直後、集団の先頭に立つひとりの人影の手元が緑色に光った。
 イクサの目が驚愕で見開かれる。

(――あの反応光は……風の魔晶石の……!)

 次の瞬間、猛烈な衝撃が、店の木扉を再び襲う。
 丈夫なオーク材で作られた扉は、破砕こそ免れたものの、新たなヒビと亀裂が無数に入っていた。……恐らくもう一度、今のと同じ衝撃を受けたら、今度こそ保たないだろう。
 と、その時、

「あー、あー! 聞こえるかな? ダイサリィ・アームズ&アーマーの諸君!」

 先頭の人影が、大きな声で、店の中へと呼びかけ始めた。

「……最悪だ」

 その声を聞いた瞬間、イクサは顔を蒼白にして、ぎりぎりと唇を噛んだ。
 先程の、風の魔晶石を組み込んだ元素武器エレメンタル・アームズの一撃が見舞われる直前、魔晶石が放った光で、サディスティックな嗤いを浮かべる顔がハッキリ見えたのだ。
 ――その顔は、忘れもしない。
 イクサは、搾り出すような声で、その名を呟いた。

「……ラシーヴァ!」
しおりを挟む
感想 16

あなたにおすすめの小説

【㊗️受賞!】神のミスで転生したけど、幼児化しちゃった!〜もふもふと一緒に、異世界ライフを楽しもう!〜

一ノ蔵(いちのくら)
ファンタジー
※第18回ファンタジー小説大賞にて、奨励賞を受賞しました!投票して頂いた皆様には、感謝申し上げますm(_ _)m ✩物語は、ゆっくり進みます。冒険より、日常に重きありの異世界ライフです。 【あらすじ】 神のミスにより、異世界転生が決まったミオ。調子に乗って、スキルを欲張り過ぎた結果、幼児化してしまった!   そんなハプニングがありつつも、ミオは、大好きな異世界で送る第二の人生に、希望いっぱい!  事故のお詫びに遣わされた、守護獣神のジョウとともに、ミオは異世界ライフを楽しみます! 仕事繁忙期の為、2月中旬まで更新を週一に致します。 カクヨム(吉野 ひな)様にも投稿しています。

『処刑されるたびに12歳に戻る悪役令嬢、7回目の人生は「何もせず寝て過ごす」ことに決めたら、なぜか周囲が勝手に勘違いして聖女扱いされています

六角
恋愛
公爵令嬢リリアーナは、18歳の誕生日に必ず断罪・処刑されては12歳に戻るという地獄のループを6回も繰り返していた。 真面目に努力しても、剣を極めても、裏社会を支配しても、結局は殺される運命。 心折れた彼女は、7回目の人生でついに決意する。 「もう頑張らない。どうせ死ぬなら、今回はひたすら寝て過ごそう」と。 しかし、安眠を求めて「うるさい」と敵を黙らせれば『王者の覇気』と恐れられ、寝ぼけて放った魔法は『神の奇跡』と崇められ、枕への異常なこだわりは『深遠なる儀式』と誤解されてしまう。 気がつけば、ストーカー気味のヤンデレ王子、パン屋の元ヒロイン、狂犬の如きライバル令嬢、元部下の暗殺者、そして不眠症の魔王までもが彼女の信者となり、リリアーナは意図せずして国を、そして世界を救う「最強の聖女」へと祭り上げられていく。 「お願いだから、私を寝かせて!」 睡眠欲だけで運命(システム)さえもねじ伏せる、無気力悪役令嬢の痛快勘違いサクセス(?)ストーリー!

完結 辺境伯様に嫁いで半年、完全に忘れられているようです   

ヴァンドール
恋愛
実家でも忘れられた存在で 嫁いだ辺境伯様にも離れに追いやられ、それすら 忘れ去られて早、半年が過ぎました。

中身は80歳のおばあちゃんですが、異世界でイケオジ伯爵に溺愛されています

浅水シマ
ファンタジー
【完結しました】 ーー人生まさかの二週目。しかもお相手は年下イケオジ伯爵!? 激動の時代を生き、八十歳でその生涯を終えた早川百合子。 目を覚ますと、そこは異世界。しかも、彼女は公爵家令嬢“エマ”として新たな人生を歩むことに。 もう恋愛なんて……と思っていた矢先、彼女の前に現れたのは、渋くて穏やかなイケオジ伯爵・セイルだった。 セイルはエマに心から優しく、どこまでも真摯。 戸惑いながらも、エマは少しずつ彼に惹かれていく。 けれど、中身は人生80年分の知識と経験を持つ元おばあちゃん。 「乙女のときめき」にはとっくに卒業したはずなのに――どうしてこの人といると、胸がこんなに苦しいの? これは、中身おばあちゃん×イケオジ伯爵の、 ちょっと不思議で切ない、恋と家族の物語。 ※小説家になろうにも掲載中です。

【完結】乙女ゲーム開始前に消える病弱モブ令嬢に転生しました

佐倉穂波
恋愛
 転生したルイシャは、自分が若くして死んでしまう乙女ゲームのモブ令嬢で事を知る。  確かに、まともに起き上がることすら困難なこの体は、いつ死んでもおかしくない状態だった。 (そんな……死にたくないっ!)  乙女ゲームの記憶が正しければ、あと数年で死んでしまうルイシャは、「生きる」ために努力することにした。 2023.9.3 投稿分の改稿終了。 2023.9.4 表紙を作ってみました。 2023.9.15 完結。 2023.9.23 後日談を投稿しました。

後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~

菱沼あゆ
キャラ文芸
 突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。  洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。  天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。  洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。  中華後宮ラブコメディ。

王女の中身は元自衛官だったので、継母に追放されたけど思い通りになりません

きぬがやあきら
恋愛
「妻はお妃様一人とお約束されたそうですが、今でもまだ同じことが言えますか?」 「正直なところ、不安を感じている」 久方ぶりに招かれた故郷、セレンティア城の月光満ちる庭園で、アシュレイは信じ難い光景を目撃するーー 激闘の末、王座に就いたアルダシールと結ばれた、元セレンティア王国の王女アシュレイ。 アラウァリア国では、新政権を勝ち取ったアシュレイを国母と崇めてくれる国民も多い。だが、結婚から2年、未だ後継ぎに恵まれないアルダシールに側室を推す声も上がり始める。そんな頃、弟シュナイゼルから結婚式の招待が舞い込んだ。 第2幕、連載開始しました! お気に入り登録してくださった皆様、ありがとうございます! 心より御礼申し上げます。 以下、1章のあらすじです。 アシュレイは前世の記憶を持つ、セレンティア王国の皇女だった。後ろ盾もなく、継母である王妃に体よく追い出されてしまう。 表向きは外交の駒として、アラウァリア王国へ嫁ぐ形だが、国王は御年50歳で既に18人もの妃を持っている。 常に不遇の扱いを受けて、我慢の限界だったアシュレイは、大胆な計画を企てた。 それは輿入れの道中を、自ら雇った盗賊に襲撃させるもの。 サバイバルの知識もあるし、宝飾品を処分して生き抜けば、残りの人生を自由に謳歌できると踏んでいた。 しかし、輿入れ当日アシュレイを攫い出したのは、アラウァリアの第一王子・アルダシール。 盗賊団と共謀し、晴れて自由の身を望んでいたのに、アルダシールはアシュレイを手放してはくれず……。 アシュレイは自由と幸福を手に入れられるのか?

真祖竜に転生したけど、怠け者の世界最強種とか性に合わないんで、人間のふりして旅に出ます

難波一
ファンタジー
"『第18回ファンタジー小説大賞【奨励賞】受賞!』" ブラック企業勤めのサラリーマン、橘隆也(たちばな・りゅうや)、28歳。 社畜生活に疲れ果て、ある日ついに階段から足を滑らせてあっさりゲームオーバー…… ……と思いきや、目覚めたらなんと、伝説の存在・“真祖竜”として異世界に転生していた!? ところがその竜社会、価値観がヤバすぎた。 「努力は未熟の証、夢は竜の尊厳を損なう」 「強者たるもの怠惰であれ」がスローガンの“七大怠惰戒律”を掲げる、まさかのぐうたら最強種族! 「何それ意味わかんない。強く生まれたからこそ、努力してもっと強くなるのが楽しいんじゃん。」 かくして、生まれながらにして世界最強クラスのポテンシャルを持つ幼竜・アルドラクスは、 竜社会の常識をぶっちぎりで踏み倒し、独学で魔法と技術を学び、人間の姿へと変身。 「世界を見たい。自分の力がどこまで通じるか、試してみたい——」 人間のふりをして旅に出た彼は、貴族の令嬢や竜の少女、巨大な犬といった仲間たちと出会い、 やがて“魔王”と呼ばれる世界級の脅威や、世界の秘密に巻き込まれていくことになる。 ——これは、“怠惰が美徳”な最強種族に生まれてしまった元社畜が、 「自分らしく、全力で生きる」ことを選んだ物語。 世界を知り、仲間と出会い、規格外の強さで冒険と成長を繰り広げる、 最強幼竜の“成り上がり×異端×ほのぼの冒険ファンタジー”開幕! ※小説家になろう様にも掲載しています。

処理中です...