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第2章
13・宰相の妻(一応)は忙しい
しおりを挟む私がリシャルト様の屋敷に来てから1週間後。
「つっ……かれたぁ……」
私は与えられた自室のベッドにへたり込んでいた。
というのも、ハーバーさんにみっちり勉強させられていたのだ。
これでも一応アルバート王太子殿下の元婚約者だったので、一通りの礼儀作法は教えこまれてはいると思っていた。だが、それは勘違いだったようだ。どうやら私は、今までは聖女であったがためにいろいろ見逃されていた部分があったらしい。
食事作法や会話術、ダンス、使用人たちへの指示の出し方に、いずれリシャルト様が継ぐ予定のフォルスター公爵家の歴史について、などなどなど……。
ハーバーさんによって、私の予定はみっちりスケジューリングされた。
リシャルト様は「そんなことしなくていいですよ」と言ってくれたが、そうもいかないだろう。
これはある種、私が自由を求めた結果とも言えるのだ。
面倒くさいアルバート様の婚約者であることや、聖女の激ハードな責務から解放されたその代わりに、私は自由を手に入れた。はずだ。
みっちりレッスンがスケジューリングされてはいるものの、しっかり休憩時間は取られているし、9時から17時までという常識的な範囲内だ。あ、感動して泣きそう……。
今までが普通ではなかったもんなぁ……。
前世はブラック企業の社畜で、連勤24日を達成。休憩時間? 何それ。連勤で血走った瞳をした上司の「我々は会社の下僕だ! 寝る間も休む間も惜しんで全てをささげるのだ!」という言葉は迷言だ。多分あの人も、連勤のし過ぎで壊れてたんだと思う。
今世は今世で、休日という概念もなく、朝から晩までぶっ続けで治癒作業。1人につき治癒にかかる時間は約半日。いつ死にそうな負傷者が運び込まれてくるかも分からず、夜中に叩き起されることもしばしばあった。
それに比べたら、今は遥かに天国だ……!
無事に1週間も終わったことだし、少し気分転換に散歩でもしてこようかな。
私は起き上がるとドレスを整えた。今着ている滑らかな純白の生地に金の飾りが付いたこの服は、私がこの屋敷に来た次の日にリシャルト様から頂いたものだ。
あれから仕事が忙しいのか、リシャルト様とまともに話していないが元気にしているのだろうか?
◇◇◇◇◇◇
庭に出ると、真っ赤に燃える夕日が西へ沈もうとしていた。咲き誇る花々が茜色に輝いている。
「ん?」
どこからか、馬車の走る音が聞こえてくる。
私が門の方へ視線をやると、ちょうど門番が鉄扉を開き、馬車が入ってくるところだった。
キャリッジには鷹を模した紋章がついている。
あっ、これ、さっきハーバーさんに教えてもらったやつだ!
前世で有名だった、どこぞの通信教育のフレーズに近いものが頭に浮かぶ。
鷹を模したこの紋章は、フォルスター家のもの。ということは、中に乗っているのはリシャルト様だろう。
馬車は玄関の前で止まる。程なくしてリシャルト様が降りてきた。
「リシャルト様、おかえりなさいませ」
ちょうど近くにいたので、私はリシャルト様に近寄りながらそう話しかけた。
リシャルト様は驚いたように振り返る。
だがすぐに、嬉しそうに相好を崩した。
「ただいま戻りました。庭に出ていたのですか? 帰って1番にキキョウの顔を見ることが出来て嬉しいです」
「少し、散歩を。……リシャルト様」
「はい?」
「もしかして、お疲れ、ですか?」
なんとなく、本当になんとなくだが、リシャルト様が疲れているように思った。
前に会った時よりも、青い瞳に力がないような気がする。
リシャルト様は少しだけ目を見開いた。
「よく、わかりましたね」
「なんとなくですよ。なにかあったんですか?」
私が聞くと、リシャルト様は渋い顔でこめかみを押さえる。
「ええまぁ……。国王陛下がアルバート様とエマ様に怒り狂っておりましてね……。なだめて国政を回すのに一苦労で……」
あっ、察しました。
宰相という仕事は大変そうだ……。
「……これは想定よりも早く、エルウィン様を担ぎあげなくてはならないかもしれません……」
「? 今、なにか言いました?」
大きく風が吹いて、リシャルト様の声がよく聞こえなかった。
私が聞き返すと、リシャルト様はにこりと微笑みを向けた。
「いえ、何も」
何か言っていたような気がしたのは気のせいだったのだろうか。
リシャルト様が屋敷の入口を開ける。
私もリシャルト様の後を追って、室内に入った。
歩きながら、リシャルト様が振り返る。
「それよりもキキョウ。明日はお暇ですか?」
「はい? ええと、レッスンの予定はありませんが……」
ちょうど明日はなんの予定も入っていない日だった。1週間前に今後のスケジュールを渡された時、休日があることに驚く私に対して「休むことも立派な仕事です」とハーバーさんに言われたことは忘れない。嬉しくて泣きそう。
「ならよかったです」
「何かあるんですか?」
尋ねると、リシャルト様が足を止めて私の方へ向き直った。そっと両手を握られる。なにごと?
「結婚指輪を買いに行きましょう」
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