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第2章
18・宰相の妻(一応)は愚痴を聞く
しおりを挟む「ど、どうしたんですか? 何かありました?」
「うううーっ、聖女様ぁ」
私が声をかけるとニコラは余計に泣き出してしまう。
いつもはこんなに泣いたりするような子ではなかったはずだ。いつも芯の通ったしっかり者という印象をもっていただけに、なにか大変なことがあったのではと心配になる。
「キキョウ。とりあえず、ここでは目立ちますし……。ベンチに行きましょうか」
リシャルト様がひそりと私に告げてきた。
確かに周囲を見遣れば、人通りが少ないといえど数人の視線がこちらに集まっている。
「そうですね……。ニコラ、移動しましょう」
私はニコラのほっそりとした体を支えながら、ベンチへと向かった。
◇◇◇◇◇◇
「落ち着きました?」
「……はい。取り乱してすみませんでした」
ニコラはもっていたハンカチでちーんと鼻をかむと、小さく項垂れた。
リシャルト様は気を使ってか、ベンチに座る私たちを少し離れたところで見守ってくれている。
「それで何があったんですか? ニコラがこんなに弱っているなんて珍しい」
私が尋ねると、ニコラは緑の瞳をうるませて言った。
「それが……。聖女様がいなくなって3日後に、聖女候補としてエマ様が教会にやってきたんです」
なるほど。アルバート様の宣言通り、一応エマ様が私の代わりとして教会に入ったのか。
「でも、私たちほかの治癒士に仕事を押し付けてくるし、私たちには聖女様程の力はないから治癒しきれないって言ったら 『役立たずね』って言ってくるしで、教会関係者みんな参ってて……」
う、うわぁ……。ひどい有様だ。
聞くに絶えない話に、私は思わずニコラに同情してしまう。
「ここ数日は、負傷者が減ってきていて嬉しいのに……。エマ様のことがあるから全然喜べなくて……。私、耐えられなくて休暇とって街をふらついてたんです。そしたら聖女様をお見かけしたもんだから……っ」
それで助けを求めるように抱きついてきたわけか……。納得がいった。
堪えきれなくなったのか、ニコラはふたたびハンカチで強く目元を押さえている。
私はどうしたものか、と考えあぐねた。
ニコラたちのためには、私が教会に戻って聖女の仕事をした方がいいのでは、と思う。
だが、これは私が教会に戻れば済む、というような簡単な話ではないのだ。
私が勝手に教会に戻ったら、アルバート様やエマ様がよく思うとは考えられない。また揉めるのは必至だろう。面倒くさいし関わりたくない。
それに、私自身身を粉にして働く聖女の仕事は、もうしたいとは思えなかった。
人の命を救う、大切な仕事であることは分かっている。
その仕事が決して嫌だった訳では無い。
だが今世は、自分のために自由に生きたいと思うのだ。
私は困ってしまってリシャルト様の方を見上げた。
話をそばで聞いてくれていたリシャルト様は、静かに口を開いた。
「ニコラさん、事情は分かりました。陛下にこのことは伝えておきます」
「さ、宰相閣下……。ありがとうございます……」
◇◇◇◇◇◇
ニコラと別れ、リシャルト様と王城すぐにある貴族街をめざして歩く。
平民が多く暮らすエリアを抜けると人通りがとんと減ったように思う。
リシャルト様は難しい顔をして押し黙ったままだった。
「キキョウ。あなたは聖女に戻りたいですか?」
「……いいえ」
私はリシャルト様の問いに、静かに答える。
「私は……。薄情だと思われても、聖女に戻りたくはありません」
私は、『聖女様』ではなく私を大切にしてくれるこの人のそばで生きたいと思い始めていた。
聖女の仕事には誇りを持っていた。だから聖女の力も、治癒士として働く人たちを否定する気はない。だけど、同時に思うのだ。
もう、ただ聖女の力を利用されるだけの人生は嫌だと。
好きな時に好きな場所にいったり、好きなものを食べたり、好きな人と過ごせる。
そういう人生にしたい。
前世で手に入らなかった、幸せな未来がほしい。
「僕はあなたの意思を尊重するまでです。そもそも、根本的な問題を解決しなくては、キキョウが教会に戻ったところで意味がない」
「根本的な問題……?」
「アルバート殿下やエマ様の行いは、もちろん正さなくてはなりません。それだけではなく、陛下の周辺諸国への対応もどうにかせねば」
リシャルト様は独り言のように呟く。
何を言っているのか理解しきれなくて、リシャルト様の言葉は私の耳をすり抜けていった。
「とりあえず、すでに色々手は打っているので僕に任せてください」
はっきりと言ってくれるリシャルト様はとても頼もしい。
政治の問題も関わっていそうだし、今は私が勝手に動くべきではないだろう。
「それよりも……キキョウ。早く指輪を買いに行きましょう? 僕はあなたを幸せにしたいんです」
「あ、ありがとうございます」
「そのためなら僕は、王族だって操ってみせますよ」
「……っ」
優しい笑顔で言われたリシャルト様の言葉の重さに、私はなんと言っていいか分からなかった。
一つ、心の中で思う。
――リシャルト様、世間ではそれを腹黒って言うんですよ。
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