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第2章
幕間2・エマside②
しおりを挟む「な、なぁに? この騒ぎは……」
エマが王城から戻ると、教会本部は大騒ぎだった。
「昼休憩が終わった治癒士は急いで!」
「エマ様が戻られるまで、交代で治癒を施して命を繋ぐのよ!」
「あぁ! 聖女様がおられたら!」
教会内に負傷兵が横たわっている。
全身至る所に切り傷があり、火傷まで負っているようだった。
その周りを取り囲むようにして、何人もの治癒士が治癒を施している。
王城から繋がっている裏口を開けてすぐに飛び込んできた様相に、エマは固まってしまった。
エマの前所属教会であるエーシェ地方教会は、負傷者など滅多に訪れなかった。そのため、大怪我をしている兵士を目にしたのは初めてだったのだ。
「あっ! エマ様!」
「エマ様! 早く治癒をお願いします!」
エマが裏口で突っ立っているのを見つけた治癒士たちが口々に声をかけてくる。
「え、エマはこんなの……」
治癒したことない。
喉まで出かけた言葉を、プライドでどうにか飲み込んだ。
(あの聖女ができるのに、エマができないわけない……!)
「お願いします!!」
近寄ってきた治癒士の1人に引っ張られるまま、エマは負傷兵の前に連れていかれた。
「……っ」
思わず息を飲む。
目の前で横たわる兵士は苦悶の表情をしており、死の淵に立っているのが見受けられた。
ギリギリのところで命が保たれているのは、治癒士たちの力によるものだろう。
「エマ様!」
「わ、分かってるわ!」
急かしてくる治癒士に乱暴に言葉を返すと、エマは負傷兵の前にしゃがみ込んだ。
剣で大きく切りつけられたであろう傷の上に手をかざして、神経を集中させる。
エマの手のひらから、ほかの治癒士たちと同じように白く輝く光が溢れ出した。
治癒士の力を持つものは国民の中でも極わずかであり、なおかつ女子だけに顕現する。能力に目覚めるのは5歳から12歳ごろが一般的である。
だが、エマが治癒士の能力に目覚めたのは1年前の15歳の時。したがって、ほかの治癒士より経験が浅い。
(治って。お願いだから治ってよ……!)
エマがどれだけ力を捧げても、一向に負傷兵が回復するような気配がない。
「ね、ねぇ! これいつまで続けるの?」
30分ほど力を使い続けて、疲れを感じ始めたエマは、堪えきれずに周りにいた治癒士に問いかけた。
「え……? 負傷兵が回復するまでですけど……」
困惑したような顔で治癒士に言われて、エマはこれはまずいと頭の隅で考える。
(何よこれ。このエマが全力で治癒してるのよ? なのに、なんで少しも回復しないのよ!)
よくよく見れば、兵士の体に無数にあった小さな裂傷は減ったような気がしなくもないが、それくらいだ。
(普通のけが人なら、とっくに治ってるでしょ!?)
そうしてエマは気づく。相手が普通のけが人ではないのだということに。相手は、死の淵に片足を突っ込んでいる負傷兵だ。
(これ、エマには治せない)
『兵士たちを治癒するのにどれだけの時間をかけているのだ、お前は!』
エマの脳内で、かつて聖女に対して言っていたアルバートの言葉が思い起こされた。
「前の聖女様はどれだけかかっていたの?」
30分かけても治る気配がないのだ。
どれだけの時間頑張ればいいのか、目安を知っておきたいと思った。
「1人につき、半日ほどですかね……?」
「これでも負傷兵は少なくなったんですよ。酷い時は、ひっきりなしに運び込まれてきていて……」
「ここ2日ほどは、負傷兵が減ってきてはいるのでありがたいです。これも、外交を頑張ってくださっていると噂のエルウィン様のおかげですかね――」
エマの問いに周りの治癒士が口々に答える。まだ何か言ってはいるが、もうエマの耳には意味のある言葉として入ってこなかった。
(半日!? ふざけないでよ! そんなのエマには無理!)
適当なところで切り上げて、上手いこと治癒で延命しつつ、さっさと医者に引き渡した方が良いのではないだろうか。
通常医療だと完治までに何ヶ月もの長い時間を要するだろうが、ここで治る見込みもない治癒を続けるより余程マシだ。
(どうにかほかの治癒士たちに押し付けて……。でも、エマが聖女として認められなかったら王太子妃にはなれない)
エマは焦る頭を必死で回転させる。
どうにかして、上手い具合に誤魔化せられないか、と。
(とりあえずこの兵士の命を助けて、エマの力添えのおかげってことで切り抜けられないかしら?)
「エマ、少し休憩したいなぁ……。だめ?」
「構いませんが、できるだけ早くお戻りくださいね」
「はぁい」
冷たい治癒士の言い回しに、これだから同性は嫌いだとエマは思う。甘えもぶりっ子も同性には通じないし、甘やかしてくれない。
エマは治癒をほかの治癒士たちに任せて、そっと教会を抜け出た。
すぐに戻るつもりなんてない。
戻るのは、あらかた治癒を施されて、少なくとも医者に引き渡せるレベルまで治ったあとだ。
(それくらいに戻って、適当にエマの力のおかげ~って感動したら、多少は誤魔化せるでしょ)
エマはそんなことを考えながら、修道院の与えられた部屋に帰ることにした。
(しばらく紅茶でも飲んで待っていよーっと)
そんなエマの様子にストレスを貯めたニコラが、城下街で遭遇したキキョウに愚痴をこぼすのは、それから数日後の話――……。
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