【完結】偽物聖女は冷血騎士団長様と白い結婚をしたはずでした。

雨宮羽那

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第2章

11・図る距離感

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 (……結局、あんまり寝られなかったわ)

 ミレシアが失踪し、聖女の役目と婚姻が押し付けられた昨日――その衝撃的な日から一夜が明けた。

 朝の礼拝堂はいつもと同じように静かだった。
 いつもと違うのは、私の心境だ。

 祈りの言葉を口にしながら、私はエルティアナ様の像の前で膝をつく。
 ミレシアが姿を消そうと、両親から聖女の役割を押し付けられようと、……いくら寝られなかろうとも。私のすることは変わらない。

 (エルティアナ様……。どうか今日もこの国が平和で――そしてさっさとミレシアが見つかりますように……!!)

 祈りの中に私情が混じってしまったが、寝不足のぼんやりした頭でもこうして祈りを捧げているのだから、今日くらいは見逃して欲しい。

 昨夜は何度も枕の上で寝返りを打った。固く目を閉じ続け、必死に頭の中で羊の姿を追いかけたものの、眠りは遠く、思考ばかりが巡っていた。
 それもこれもすべて、昨日の出来事が原因だ。
 
 ミレシアの失踪、両親の言葉、そしてクラウス様の視線。
 目を閉じていてもそれらが頭から離れず、私の胸をざわつかせた。おかげで寝不足もいいところ。

 (というか、元をたどれば全部ミレシアのせいじゃない……! ただでさえ、あの子の分まで仕事していて時間が奪われているのに、貴重な睡眠時間まで奪わないでよね!?)

 波乱に満ち溢れた巻き込まれ人生なんて、物語の中だけで十分だ。私からしてみれば、山も谷もない平坦な人生の方が、よほど羨ましい。
 
 (……はぁ、やってらんないわよ。人生ってつらい……)

 祈りの言葉を終え、ため息をつきながらそっと目を開く。
 そのとき、教会の入口の扉が開く音がした。

 (こんな朝早くから、誰だろう……?)

 普段はこんな早朝に訪問者など滅多に居ない。せいぜいミレシアがやってきて「ごめんなさぁい、お姉様」と仕事を押し付けに来るくらいだが……。ミレシアが失踪中の今、彼女が来るはずもないだろう。

 考えながら私は振り返る。
 そこにいたのは、既に白い騎士服に身を包んでいるクラウス様だった。
 折り目正しく無表情で立つクラウス様からは、どこか近づきがたい雰囲気を感じる。

「……あなたは、朝が早いんだな」

 クラウス様はゆっくりと私の方へ近づきながら、静かに尋ねてきた。
 まさか、クラウス様の方から話しかけてくれるとは思わなかったのだ。
 私は少し驚きながらもすぐに言葉を返す。

「クラウス様こそ……。お早いのですね」

「俺は、教会周辺を見回りしていた。特に異常はない」

 (なるほど、見回りしてくださっていたのね)
 
 だから、外へ繋がる扉からクラウス様が入ってきたのかと得心する。
 クラウス様は仕事熱心な方なのだろう。

 (お父様やセリナの話を聞く限り、クラウス様はとても有能な騎士らしいものね)
 
「朝早くからありがとうございます」

 私がお礼を告げると、クラウス様はふいと少しだけ視線を逸らした。

「聖女と教会を守るのが俺の仕事だ。礼を言う必要はない」

 沈黙が教会に流れる。
 なんだか居心地が悪くて、私は眠気でぼんやりしている頭を働かせて口を開いた。

「く、クラウス様は、もう朝食は召し上がられましたか?」

「見回り前に食べている」

 即答。
 淡々とした事務的な返答が返ってきて、返しに詰まった私は一瞬黙ってしまった。

「……へ、部屋の片付けなどは、もうお済みですか? 良ければお手伝い――」

「もう済んでいる」

 またしても即答。
 取り付く島もない、とはまさにこのことだろう。

「……さよう、ですか……」

 それ以上言葉を重ねる勇気はなく、私の情けない声が床へと沈んでいった。

 (……会話が続かないんですけど!? これ、私が悪いんじゃないわよね!?)

 心の中で叫んでも、当然ながらクラウス様には届かない。

「俺に、気を使わなくていい。昨日も言ったが、俺のことは気にせず過ごしてくれて構わない」

「そう申されましても……」

 確かに昨日も似たようなことを言われた。
 私も私で、いままで通り過ごそうと思ったし、そのつもりではある。
 だが、結婚云々の事情を差し引いても、同じ空間で生活している相手を無視することなど出来ないのだ。

 どう伝えたものかと考えていると、クラウス様は静かにふうと息を吐き出していた。

「……俺は騎士団寮へ向かう。明日の警備の打ち合わせがあるのでな」

「あ、はい……」

 クラウス様の言葉に、もう私はただ頷くしかない。
 教会の出入口へ向かって、クラウス様の背中が遠のいていく。
 クラウス様が外へ出ようと扉を開けたその時、

「どわっ……!」

 外から間の抜けた、けれど温かみのある明るい声が聞こえてきた。
 どうやら、向かいからやってきた人物とクラウス様が押し開いた扉がちょうどぶつかってしまったらしい。
 
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