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四章 一年目はるの月
46 はるの月22日、女神と兄神②
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ーーリィィン。リィィン。
涼やかな音が、泉の畔に響く。
「え、ちょ、今ですのっ⁈し、少々お待ちくださいませっ」
どこからともなく、女神の焦った声が響く。続いて、重い何かが落とされるような音がした。
「なにごと?」
どったんばったんゴソゴソと、何かをしている不穏な音が静かな泉の周囲に響く。
そんな慌ただしさを消すかのように、小鳥が爽やかな歌声を披露しながら森の入り口から飛び立っていった。
しばらくして、泉の畔で膝を抱えて座るイーヴィンの前に、女神は現れた。
「お待たせ致しました。それで、何か御用でしょうか?」
ようやく現れた女神に、イーヴィンは目が点になる。
女神は、なぜか倒れた男性を上から足で押さえつけつつ縛り上げ、満足げに微笑んでいた。
「あの、その人は……?」
「兄神ですわ。貴女の転生を邪魔した、悪い神。私もようやく力がついてきまして、こうして反省させているのです。ね?兄様」
ギュムギュムと女神の足が兄神という男を踏みつける。兄神とやらの顔に浮かぶ表情が、どこか恍惚としているのは気のせいだろうか。
(気のせいってことにしておこう)
イーヴィンはどう反応するべきか分からず、とりあえず笑って誤魔化した。
「あぁ、なんて優しい人なのでしょう。こんな、己の楽しいことしかしない最低な神に、慈悲深く微笑みかけるなんて。ほら、兄様、とても素晴らしい方でしょう?ねぇ?」
女神の微笑みに、兄神がうっとりとした顔で「はい」と頷く。語尾にハートマークでもついていそうなその声は、前世のイーヴィンだったら「うっ孕む」と思わずお腹を押さえるような色気たっぷりの声だったが、綺麗な顔を変態のようにニタニタと歪めているせいか、魅力的には聞こえなかった。
神というにはあまりにも情けない様子に、イーヴィンは見てはいけないものを見てしまったに違いないと目をそらす。
「お目汚ししてしまいましたわね。コレのことは、どうかお気になさらず。ところで、本日はどのような御用でしょうか?」
とある国の神話の神様は結構好色だったよね、と心の中でフォローしながらも、イーヴィンはなるべく女神だけを見るようにした。拘束されて蹴られて喜ぶような男が神様だなんて、信じたくない。いや、信仰したくない。
「今日は、聞きたいことがありまして。つかぬ事をお聞きしますが、女神様は私に色々便宜を図ってくれていませんか?もし、その中に、感情を操作するようなものがあれば、やめてほしいんです」
「あら、ご迷惑でした?」
はわわ、と女神が口に手を当てて淑やかに焦った。
優美な仕草に、うっかり地に伏せるもう一柱の神の存在を忘れそうになる。
「迷惑というか……相手に申し訳ないな、と」
「まぁまぁまぁ!聞きまして?兄様。なんて素晴らしい、清らかな心をお持ちなんでしょう」
感極まった女神が、足元に転がる兄神を溢れ出る感情のままにガシガシと遠慮なく蹴る。
妙に腰をくねらせながら「うっ」と喘ぎ声だか呻き声だかを上げる兄神に、イーヴィンは居た堪れずに体を強張らせた。
「大した助力はしておりませんのよ?貴女が好きな人をゆっくり選べるように、皆さまの気持ちにブレーキをかけていただけ。無理に好きになったりするような力は、私にはありません。でも、貴女が必要ないと言うならば、そのブレーキをなくすことは出来ます」
やはり、感情を操作するような魔法が使われていたらしい。女神はイーヴィンのためにやってくれたのだろうが、彼女は余計なお世話だとこっそり思った。
(シルキーの気持ちにブレーキがかかっているってことだよね?それがどういうことか、私にはよく分からないけど……でも、魔法で感情を操作するのは良くないと思う。とにかく、解除してもらおう)
「お願いします」
「分かりました。では、解除しますね」
パン、と女神が手を鳴らす。
たったそれだけの仕草だが、解除は出来たらしい。
「はい。これで完了ですわ」
「ありがとうございます!」
「でも、気をつけてくださいね?解除したということは、皆さまの気持ちが加速するということ。恋が愛になるのはあっという間ですわ」
「女神様、それってどういう……」
イーヴィンの問いに、答える者はもう居なかった。
「もういない……」
相変わらず神々は自分勝手だ。
用事が済んだらさっさといなくなってしまう。
「女神様は、何が言いたかったんだろう?」
首を傾げて、泉を後にする。
帰りの道すがら、ローナンとリサに会った。
けれど、女神の言葉の意味を考えることに夢中になっていたイーヴィンは、彼らのことをよく見ずに挨拶をして通り過ぎた。
帰宅して、シルキーの様子をよく見ていたが、相変わらずの甲斐甲斐しさでイーヴィンの世話を焼いてくる。
食事の世話どころか、寝かしつけにきておやすみのキスまで追加されて、女神は本当に解除したのかとますますイーヴィンを悩ませることになった。
涼やかな音が、泉の畔に響く。
「え、ちょ、今ですのっ⁈し、少々お待ちくださいませっ」
どこからともなく、女神の焦った声が響く。続いて、重い何かが落とされるような音がした。
「なにごと?」
どったんばったんゴソゴソと、何かをしている不穏な音が静かな泉の周囲に響く。
そんな慌ただしさを消すかのように、小鳥が爽やかな歌声を披露しながら森の入り口から飛び立っていった。
しばらくして、泉の畔で膝を抱えて座るイーヴィンの前に、女神は現れた。
「お待たせ致しました。それで、何か御用でしょうか?」
ようやく現れた女神に、イーヴィンは目が点になる。
女神は、なぜか倒れた男性を上から足で押さえつけつつ縛り上げ、満足げに微笑んでいた。
「あの、その人は……?」
「兄神ですわ。貴女の転生を邪魔した、悪い神。私もようやく力がついてきまして、こうして反省させているのです。ね?兄様」
ギュムギュムと女神の足が兄神という男を踏みつける。兄神とやらの顔に浮かぶ表情が、どこか恍惚としているのは気のせいだろうか。
(気のせいってことにしておこう)
イーヴィンはどう反応するべきか分からず、とりあえず笑って誤魔化した。
「あぁ、なんて優しい人なのでしょう。こんな、己の楽しいことしかしない最低な神に、慈悲深く微笑みかけるなんて。ほら、兄様、とても素晴らしい方でしょう?ねぇ?」
女神の微笑みに、兄神がうっとりとした顔で「はい」と頷く。語尾にハートマークでもついていそうなその声は、前世のイーヴィンだったら「うっ孕む」と思わずお腹を押さえるような色気たっぷりの声だったが、綺麗な顔を変態のようにニタニタと歪めているせいか、魅力的には聞こえなかった。
神というにはあまりにも情けない様子に、イーヴィンは見てはいけないものを見てしまったに違いないと目をそらす。
「お目汚ししてしまいましたわね。コレのことは、どうかお気になさらず。ところで、本日はどのような御用でしょうか?」
とある国の神話の神様は結構好色だったよね、と心の中でフォローしながらも、イーヴィンはなるべく女神だけを見るようにした。拘束されて蹴られて喜ぶような男が神様だなんて、信じたくない。いや、信仰したくない。
「今日は、聞きたいことがありまして。つかぬ事をお聞きしますが、女神様は私に色々便宜を図ってくれていませんか?もし、その中に、感情を操作するようなものがあれば、やめてほしいんです」
「あら、ご迷惑でした?」
はわわ、と女神が口に手を当てて淑やかに焦った。
優美な仕草に、うっかり地に伏せるもう一柱の神の存在を忘れそうになる。
「迷惑というか……相手に申し訳ないな、と」
「まぁまぁまぁ!聞きまして?兄様。なんて素晴らしい、清らかな心をお持ちなんでしょう」
感極まった女神が、足元に転がる兄神を溢れ出る感情のままにガシガシと遠慮なく蹴る。
妙に腰をくねらせながら「うっ」と喘ぎ声だか呻き声だかを上げる兄神に、イーヴィンは居た堪れずに体を強張らせた。
「大した助力はしておりませんのよ?貴女が好きな人をゆっくり選べるように、皆さまの気持ちにブレーキをかけていただけ。無理に好きになったりするような力は、私にはありません。でも、貴女が必要ないと言うならば、そのブレーキをなくすことは出来ます」
やはり、感情を操作するような魔法が使われていたらしい。女神はイーヴィンのためにやってくれたのだろうが、彼女は余計なお世話だとこっそり思った。
(シルキーの気持ちにブレーキがかかっているってことだよね?それがどういうことか、私にはよく分からないけど……でも、魔法で感情を操作するのは良くないと思う。とにかく、解除してもらおう)
「お願いします」
「分かりました。では、解除しますね」
パン、と女神が手を鳴らす。
たったそれだけの仕草だが、解除は出来たらしい。
「はい。これで完了ですわ」
「ありがとうございます!」
「でも、気をつけてくださいね?解除したということは、皆さまの気持ちが加速するということ。恋が愛になるのはあっという間ですわ」
「女神様、それってどういう……」
イーヴィンの問いに、答える者はもう居なかった。
「もういない……」
相変わらず神々は自分勝手だ。
用事が済んだらさっさといなくなってしまう。
「女神様は、何が言いたかったんだろう?」
首を傾げて、泉を後にする。
帰りの道すがら、ローナンとリサに会った。
けれど、女神の言葉の意味を考えることに夢中になっていたイーヴィンは、彼らのことをよく見ずに挨拶をして通り過ぎた。
帰宅して、シルキーの様子をよく見ていたが、相変わらずの甲斐甲斐しさでイーヴィンの世話を焼いてくる。
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