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おっさん、泥船に乗る
しおりを挟む「此度の活躍――まことにご苦労であった、ガリウス卿」
「はっ」
「大陸に住まう信徒達の悲願であった聖域都市を奪還、確保。
のみならず拠点城塞化を僅か一日で成し遂げるとは、な。
急遽築かれたこの監視塔から眼下を見回してみても未だに信じられんくらいだ。
これならば十分に橋頭堡として役割は果たせるだろう。
君を推挙し君の提唱する作戦を軍部に容認させた儂も鼻が高いというものよ」
「光栄です、フンバルト・フォン・イシュガルド子爵殿」
「それでだな。今回の事とは関係がない、つかぬことを訊くのだが――」
「はい……」
「君のその状況、説明してくれるかね?
出来るならより詳しく迅速に」
「えーっと、ですね……」
温厚そうなイシュガルド子爵のこめかみに青筋が浮かんでいるのを視界に捉えながらも、俺は目線を左隣に向ける。
そこでは俺の左腕を愛おしそうに抱きかかえた、ルリア・フォン・イシュガルド子爵令嬢ことルリがおっとりした微笑を口元に湛えていた。
大方の物資の搬送が終了し聖域都市内部に次々設営されていく軍事施設の数々。
妖魔の強襲を退ける強固な城壁。
近辺全域の索敵系魔術を統括する監視塔。
仮設の域を超えた大規模な兵宿舎。
これらは聖域都市の防衛機構が喪われた今、早急に必要なものだ。
よってその設置経過を窺う為にロジスティックスを司るイシュガルド子爵自らが転移術で視察に来られるという話だったのだが……
何故か出迎え直前からルリが密着し腕を絡めてきた。
これは未婚前の貴族令嬢としては非常にデリケートで問題ある対応だ。
男性にエスコートされている風アピールは一般的に唾付け、お見合いなら好意があるので縁談を進めて構わないという証。嫌なら異性に触れないのがマナー。
先程の発言がどれほど本気か分からないが誰かに見られたら誤解されかねない。
幸い先任する階級では俺より上の者はおらず(軍部のそれとは系統が違う為)、この作戦統括の責任者として子爵を迎える大役を担った俺だが、皆忙しいし供をつけず気軽に一人で良いやと高を括っていたのだが――このままでは大問題だ。
懸命に言葉を尽くそうとするも、説得する間もなくルリの父である子爵が転移陣から出て来てしまったというのが事の顛末である。
この度の聖域都市潜入における作戦打ち合わせでは常に難しい顔をしていた子爵だったが、輝く転移陣から出て来た際は満面の笑みを浮かべ破顔していた。
無理もあるまい。
成功率一割を下回る作戦がイレギュラー込みとはいえほぼ達成できたのである。
意気込みばかりで拙い俺の作戦案にベッドして最上級の成果をあげたからには、優秀な賭け馬を精一杯褒めてやりたいと思ったのだろう。
その笑顔が一瞬にして硬直する。
貴族特有の腹芸で友好的風な言動を醸し出してはいるものの、娘の置かれている環境に対し立腹しているのは明らか。
そういえば、いつぞやか忘れたが親交パーティで子煩悩と聞いたような……
さて何と答えるべきか――返答に窮しているとルリが助け舟を出してくれた。
本当に助かるな、この娘。女神か。
「フフ……
どうか誤解なさらないでくださいな、お父様」
「おお、ルリ!
儂の名代とはいえ本当によくやってくれたね。
そうか、誤解だったか。いやはや儂としたことが早とちりを――」
「だってまだ、わたくしの一方的な片思いですもの。
ガリウスさまに認めて頂く為にはこれから猛アピールしませんと」
「なっ!」
「はい!?????」
助け船の床には穴が開いてました。
しかも材質は泥。
これでは助かるものも助からない。
ギギギ、と音を立てて悪戯めいた微笑みを浮かべる小悪魔から首を前に向ける。
そこでは馬車街道に使われている魔導信号機の様に青から赤へ目まぐるしく顔色を変化させる子爵の姿があった。
やがて何かを吹っ切ったような清々しい顔で一言。
「――よし、殺すか」
「冗談でも発言が怖過ぎませんか、イシュガルド子爵!?」
「ガリウス卿」
「はい」
「儂は本気だよ?」
「尚更悪いわ!」
「あらあら。
お父様、困りますわ。
わたくし、やっと身を捧げても良いと思った方に出会えたのですわよ?
それに婚姻早々に未亡人となればお父様も困りますでしょう?
可愛い孫の顔も是非とも見たいでしょうし」
「み、身を捧げる!? 孫だと!?
おのれ、貴様! 我が一族の宝剣、スターホーンの錆にしてくれるわ!」
「頼むから話を聞いてください、マジで……」
もはや敬意を払う余裕すらなく――
俺は気色ばんで詰め寄る子爵を傷付けないように抑えながら、【黒帝の龍骸】でも癒しきれない精神的疲弊に深々と溜息を洩らすのだった。
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