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おっさん、咽び泣く
しおりを挟む「ただいま」
静まり返った室内に声を掛け、俺はそっと足を踏み入れる。
奥に備え付けられた天蓋のベッドに三人が無事寝ているのを確認、安堵する。
ここはマウザーが用意してくれた盗賊ギルド内の一室だ。
動きずくめだった三人は限界だろうと、ここへ寝かしつけてからマウザーとの話し合いに赴いたのだ。
あいつの契約主義は信用しているが――何せ場所が場所である。
世の中に完全はないので心配だったのも確かだ。
まあ野生動物並に害意に敏感なシアのセンサーを潜り抜け、俺以外の者の侵入を拒むフィーの結界を跳ね返し、触れる者に石化などのバッドステータス異常を齎すリアの防御魔術を突破できる者はいないと思うが。
ホント、セキュリティーの高さだけを見たら、どこの王族警護の話なんだと苦笑してしまうな。
「ガリウス様?」
そんな俺の笑い声を聞いた訳ではないだろうが――
寝具に伏せていたフィーが身を起こす。
儀礼用の薄絹衣装は脱ぎ去り、今は備え付けのガウンに身を包んでいる。
ベッド上からでも分かる肢体の隆起に思わず狼狽する俺だったが、眠そうなその瞳を見て俺は慌てて謝罪する。
「ああ、すまない。
起こしてしまったか?」
「いえ――充分休めましたわ。
わたくしも丁度起きようと思ったところですし」
色白く優美な脚を下ろすと窓際に用意された水差しの下へ向かうフィー。
グラスに並々と水を注ぐと、上品に手を添えて飲み干す。
口元から滑り落ちた水滴がひどく悩まし気で、官能的ですらある。
俺は何故か気恥ずかしくなり――彼女から目を背けた。
「フフ、喉が渇きましたの。
ガリウス様はいかが?」
「あ、ああ。
俺も頂くとするかな」
「あら?
なら――お待ちください」
グラスに水を注ぎ近付くフィーだったが、何故か俺の前で水を口に含む。
はて、何の意地悪なのだろう?
そう思った俺だったが――次の瞬間、驚愕する。
蠱惑的な表情で身を寄せたフィーが腕を絡ませると瞬く間に唇を重ねてきた。
間髪を入れず流し込まれる甘い吐息交じりの水と舌。
口内を貪欲に攻めてくる攻勢に俺も拒否できず応じる。
なるほど、意地悪でなく悪戯か。
熟睡してるとはいえシアとリアの前で随分大胆な行為だ。
しばし無言で互いを貪ると、満足したのかフィーがそっと身を放す。
「ウフフ……
我ながらはしたないですね。
ガリウス様の唇、堪能してしまいました」
「随分刺激的な挨拶だな」
「ずっとしたいと思ってましたもの。
お髭がチクチクするのがとてもセクシーですわ」
「あんまり年上をからかわないでくれ」
「辛いから、ですか?」
「え?」
「深酒をされないガリウス様が――付き合いとはいえ、今日は大分飲んでらっしゃいますもの……何かお辛い事があったのでしょう?
以前わたくしに語ってくれましたよね?
酒は男の涙――男は大っぴらに人前で泣けない。
だからこそ酒を飲み涙を流すのだ、と。
今のガリウス様は心の中から涙を流してますわ。
わたくしにとってはそれが辛い……」
「フィー……」
「ガリウス様、貴方は強いお人です。
でも――たまにはわたくしやこの子達に弱みを見せて下さい。
格好つけなくていいんです。
貴方の素晴らしい所は充分理解してますもの。
だからこそ――
たまには剥き出しの貴方を曝け出してほしい」
「いいのか、それで?
捌け口にされるのは存外辛いぞ?」
「強制的ならお断りです。
でもわたくしは進んでガリウス様に寄り添いたい。
我儘ですもの、わたくしの。
だからいいんです――語って下さいな」
「そっか……ならば少しだけいいか?
明日には忘れてくれていい」
「はい」
「腐れ縁の知り合いがいた。
本当にロクでもなく、迷惑ばかりを掛ける奴で――
でも憎めない、愛嬌のある奴だった。
ただ久しぶりにあったそいつは――
もうどうしようもない所まで堕ちていた。
待ち受ける先にあるのが破滅だと分かってるのに、俺には何も出来ない」
「ガリウス様……それは……」
「一介の戦士に何ができる?
何を以て――誰を救える?
俺だって大人だ。
全てを救えるなんて夢を見るほどガキじゃない。
けど――知り合いすら救えないなら、俺は何の為に鍛えてきた?
救いに到らない自分の力の無さ。
それが無性に悲しくて――少し、苦しい」
「ガリウス様」
喰いしばる様に吐露した俺の頭がフィーによって優しく抱き締められる。
豊かな双丘に埋もれる様に俺は顔を押し付けられる。
しかし恥ずかしいとは思わない。
堪え切れず浮かんだ涙がガウンに浸み込んでいくのを……どこか他人事のように見ていた。
「神ならぬこの身では誰かを救う事は出来ないかもしれません。
けれど貴方は間違いなく救ってきました」
「誰を……?」
「わたくし達を。
どこの誰が貴方を非難しようと、わたくし達だけは断言します。
貴方に救われた、と。
だからこそ御自分を卑下なさらないで下さい。
卑屈にならず明日を見て生きる事。
それを憐れな孤児に教えてくれたのは他ならぬガリウス様じゃございませんか」
「フィー……すまない」
「もう。謝るのは無しです。
ただ今だけは……泣いていいんです。
全てを忘れて縋っていいんです。
わたくし――見て見ない振りをしてあげますから」
慈母の眼差しで俺の頭を優しく撫でるフィー。
ああ、駄目だ――
そんな風にされたら装った仮面が崩壊してしまう。
だが――それは張り詰めた糸を断ち切り心を解放する、まさに致命的な一撃。
母に抱かれる幼子の様に――
フィーの胸元で俺は声を押し殺しながら嗚咽を漏らすのだった。
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