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おっさん、刃を振るう
しおりを挟む頑丈なブーツ越しに、足の指を這わせるようにして半歩間合いを詰める。
刀を握る指先は卵を握るように含みを持たせて脱力、支えるように構える。
急激な可動に対し筋肉が強張っていては最良のパフォーマンスを保てない。
体幹をずらさず全身の力を踵に集約、一点へと束ねる。
刀の刃先を寝かせ最速で刺突を穿てる様に姿勢をやや前へと傾けていく。
俺の動きに模倣体は大きな動きを見せずただ牙剣を正眼に向ける。
ブレの無いその構えは対峙者の正中線を捉える後の先。
先の先を取ろうとする俺の構えとは真逆のカウンター主体の型である。
まったく……我ながらやりづらいったらありはしない。
自分を相手にするとこれほど厭らしいとは思わなかった。
駆け引きに乗らず愚直に敵へと応じるスタンス。
ただ――俺ならそうするだろうな、いう確信はある。
何せ当の本人だ、間違いない。
ならばこうして睨み合っていても無意味だろう。
ここは迷いを断ち切り……仕掛けるのみ!
俺は全身のバネを躍動させ模倣体の心臓へ一直線に稲妻のような突きを穿つ――
と見せ掛け、膝の力を抜き軌道変化。足元を払う様な斬撃へ強引に変容させる。
師匠譲りの奇襲殺法【草薙】だが、模倣体は慌てることなく正眼から下へ高速で振り下ろし俺の斬撃を迎撃――
あろうことか刃先を返し顎を斬り上げる【波濤】という斬撃を見舞う。
攻撃後が一番隙が多いことを自覚していた俺は崩れたままの体勢を戻すのでなく、むしろ自ら跳躍し半回転。
斬撃が頭を掠め髪の毛数本を宙に舞わせたのを極度の集中故かスローモーションに動く視界内に捉えつつ刀を旋回。
遠心力の付いた斜めからの斬撃を片手に乗せ模倣体に繰り出す。
しかし敵もさるもの。
左手を犠牲に盾として迎撃し本体が斬られるのを防ぐや、お返しとばかりに強烈な廻し蹴りを放ってくる。
着地後の不安定な体勢では踏ん張りも効かず俺は咄嗟に両手を重ねガード。
激しい衝撃は受けるものの致命的な痛痒になる前に自ら後方へ飛び慣性を殺す。
ズザっと床の砂塵を鳴らし再度着地。
奴から目を離さず刀を構え直し呼吸を整える。
普通なら俺の与えたダメージはかなり深刻なレベルだ。
回復法術が無い限り模倣体の左手は使い物にならない。
だが俺の見ている前でグチュグチュと音を立てて再生していく左腕。
なるほど、身の内に蓄えた力が尽きるまでは幾らでも再生が可能か。
せっかく稼いだアドバンテージがこれでチャラだ。
いや――違うな。
今の攻防で喪った体力と骨折こそ免れたが赤黒く腫れた両腕分、俺が不利か。
この手の戦いではよくある展開だが――
やはり人間側が身体面で不利だな。
痺れが若干残る手を交互に振りながら俺は模倣体を見据える。
痛みすら感じない為か無表情な俺の貌。
汗も浮かべず狼狽すらしない澄まし顔をぶん殴ってやりたくなる。
しかし霊的設計図を模倣するというのは本当に厄介だ。
たんに生命構成素を真似ただけの生物を斃すのは簡単である。
肉体的性能が一緒でもそれを使いこなす技量が無くては意味がない。
素人並みの腕前しかない同一な俺が仮にいたとしても秒殺できるだろう。
だが霊的設計図によりスキルすら得たならば話は別だ。
現在の自分の正確な写し身。
スキルや技量を得て成長したバケモノ。
先程まで直立歩行すら出来なかった生物。
それが今や高度な駆け引きすら覚え反撃をしてくる。
通常なら恐怖しか感じない状況。
でも不思議と俺の心は高揚で満たされていた。
自分が覚え積み上げてきた技と業。
それを思う存分に――遠慮なく振るってよい相手と出会えたのだ。
これを幸運と呼ばずとして何と呼ぼう。
「待たせたな、行くぞ!」
刀を構え直し再度声掛け。
俺の声に呼応し刀を振りかぶる模倣体。
突き、払い、薙ぎ。
右袈裟、返しの左斬り上げ。
左袈裟、変容からの巻き胴。
旋風のごとき振り払いを、
烈風のごとき打ち払いで躱す。
斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬
返し返し返し返し返し返し返し返し返し返し返し返し返し返し返し返し返し返し
それはまさに剣戟の極致を競う斬撃の嵐。
されど――終焉は突如舞い降りた。
「おっさん!?」
「ガリウス!」
斬撃の防御膜を抜け俺の脇腹に突き刺さる奴の牙剣。
深々と刺さったそれはまさに致命的な損傷。
初めて模倣体の無表情な顔に愉悦らしきものが浮かぶ。
が、それもつかぬ間――それは怪訝そうに歪められた。
抜けないのだ。
間違いなく敵対者に刺さり痛痒を与えた筈の己の武具が。
忌々しそうに全力で引き抜こうとして奴は気付く。
――何故、自分は剣などに拘っている?
敵に致命的なダメージを与えたならばすぐに退けばいい。
剣など捨て置いて離れるべきなのだ――
何故なら……先程まで自分は、激しい剣戟を繰り広げていたのだから。
こうしている間に敵対者はいったい何をしている?
己の失策に咄嗟に顔を上げる模倣体。
そこで奴は知った。
隙をついたと思った自分の刺突――それが誘い込まれたものだという事を。
刺さった牙剣が抜けないのは尋常でない筋力で締められ固定されてた事を。
何より自ら目掛けて降り注がれ様とする――不退転なる断罪の刃の存在を。
「楽しかったよ、じゃあな」
激痛を堪えながら俺は両手で握った樫名刀を全力で振り下ろす。
真っ向から両断される模倣体。
御自慢の再生力も核となる脳と心臓が破壊されてしまえば別らしい。
両側に分れながら消滅していく奴の顔が恐怖ではなく――事の成り行きを悟った、どこか皮肉気な苦笑を浮かべていた事を……俺は少しだけ誇らしく思う。
同一の技能と身体能力を持つ者同士の戦い。
明暗を分けたのは血肉を以って肉体に刻まれた闘争の記憶。
積み上げてきた戦いの数……それこそが俺と奴との差だった。
二度とやるな、と言われていた己の肉体を使った捨て身の一撃。
まだ戦いの経験が浅い奴には、ダメージを負いながら必殺へと繋げる戦士の覚悟を知識として知ってはいても経験としては知らなかったのだろう。
苦しみながらも歩んできた軌跡こそが何よりの力か。
憤怒するフィーの美貌を視界に捉えながら、俺はゆっくりと刃を払うのだった。
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