勇者パーティを追放されてしまったおっさん冒険者37歳……実はパーティメンバーにヤバいほど慕われていた

秋月静流

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おっさん、窮地を挽回

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「ぐあああああああああああああ!!」

 喉の奥から込み上げてくる熱い血塊を共に吐き出しながら、俺はまるで前大戦時に活躍した伝説の盾役(タンク)、蜥蜴人の軍団長の様な苦悶を上げる。
 嘘か真か龍騎士の猛攻すらも耐えきったという彼だが――伝承記では敵の攻撃を受ける度にいつも叫んでいた。
 そこは漢らしく耐えろよ、と伝承記を密かに愛読していた俺は常々思っていたのだが……とんでもない。それは大きな過ちだと思い知った。
 即時に死に至るような重要器官を避けたとはいえ致命的な損傷を負った内腑。
 以前ショゴスの分体相手にやったものとは比較にならない大きさの蜘蛛脚が、俺の身体のありとあらゆる箇所を貫いている。
 それらがいやらしく蠢く度に脳髄が真っ白になる痛みと猛烈な吐き気が襲う。
 無謀な特攻を仕掛けとはいえあまりに酷い代償。
 痛みに耐えれる事と痛みを我慢する事はまた別のベクトルなのである。
 心とは厄介なもので過剰な痛みに精神活動が停止してしまう場合もある。
 故に苦悶の叫びを発する事で何とか正気を保とうとするのは、身体の反射的行動の一環なのだろう。
 実際こうして叫んでいるとその分意識容量が割かれ痛みを感じなくなる。
 だが――気分は最悪だ。
 別個の生命体の様に異物が体内で蠕動するという悍ましい感触。
 生理的嫌悪を超えた衝動に我を忘れそうになる。

「容易。
 勇者や英雄と持て囃されそうが……所詮は人間、この程度か。
 我ら真族の敵ではない」

 絶望顔で俺を見つめる周囲の者達に見せつける様にシェラフィータは呟く。
 関心の薄れた情報誌……あるいは遊び飽きた玩具を眺めるような無表情がふと、何かを良い事を思いついたとばかりに明るく輝く。
 
「妙案。
 放っておいてもこの男は死ぬ。
 されど見せしめの為――我が毒を以て惨たらしい最期を見せつけよう」

 蜘蛛脚の爪先から出た粘液状の糸が俺を雁字搦めにし、二重三重に拘束する。
 魔術師の扱う【蜘蛛網(スパイダーウエブ)】を遥かに超えた粘着性と剛性。
 やはり隠し持っていたか、糸と毒。
 蜘蛛系妖魔の定番だから想定はしていたが……
 これでもはや何処にも逃げ場はない。
 闘技場のあちらこちらで俺を案じる悲鳴が上がるが、時既に遅し――
 意地の悪い微笑を浮かべたシェラフィータの口元から蛇の様な舌が伸長し俺の腹に挿入――体内に猛毒を注入し始める。

「いやだ! おっさん!!」
「ガリウス、駄目!」
「ガリウス殿!」
「何をやってる、貴様!」
「主様!」
「わん!」

 フィーを除く皆のパーティメンバーの悲鳴が闘技場内にコダマする。
 偉いぞ、フィー。よくぞ耐えた。
 お前まで悲鳴を上げていたら、抗畏死の祝禱術が切れて大惨事だったからな。
 誰よりもおちゃらけている様で誰よりもクレバーな彼女。
 その意志と自制心の強さに感謝する。
 魂を消る皆の声を聞き溜飲が下がった、とばかりに勝ち誇るシェラフィータ。
 わざわざ舌を見せびらかす様に口内へ戻し口角を歪ませる。

「歓喜。
 貴様らの苦悶こそが我らにとっての天上の調べ。
 さあ、我が猛毒で無残な死に至るこの男の――」

 と、そこで違和感を感じたのか……得意気なシェラフィータの言葉が止まる。
 毒が効いていないからだ。
 己の胎内で生成されたであろう、ご自慢の猛毒が。
 そこで初めて自身の脚が貫いている俺の硬革鎧へと視線が行き――造り物じみた美麗な顔が驚きに染まる。
 甘いな――やっと気付いたか。
 何故、俺が毒蜥蜴(バジリスク)の硬革鎧なんぞを着込んでいると思う?
 抜群の防御力を誇るとはいえ、加工しても内側から毒が滲み出し着装者に激烈な毒を齎し続けるというドMも裸足で逃げ出すという凶悪な装備を。
 何も伊達や酔狂で身につけている訳じゃない。
 いつか完全なる毒耐性、毒無効化能力を得る為だ。
 毒を自在に操る魔神将の放った腐れ毒に侵された俺を救う為、その命を投げ出し散った彼女。その彼女に対するこれは誓約であり禊ぎ。
 あいつらには決して明かせない俺だけのこだわりである。
 20年近い今迄の積み重ねもあり、現在の俺はそんじょそこらの毒等は即時抗体を生成し即時に分解対応可能と毒が効かない体質になっている。
 酒にも酔いづらくなってしまったのは、とんだ副作用だったが。
 まあ酒もある意味毒の一種であるから仕方ない。
 予定外の事態に若干焦りのニュアンスを見せるシェラフィータ。
 弱った獲物を前に止めを刺さず舌なめずりをしているから隙が生まれる。
 そしてその隙を逃すほど俺はお人好しじゃない。
 即死する重要器官を避けたとはいえ、放っておけばあと数分で俺は死ぬだろう。
 零れ落ちる多量の血潮に破壊された内臓はどう抗っても致命的だからだ。
 では、何故こんな一見するまでもなく愚かしい特攻を仕掛けたかのか?
 その理由が――これだ。
 俺は蜘蛛脚によって潰れた肺から残った空気を絞り出し――
 唯一守り抜いて無事だった喉からあらん限りの声を発する。
 現況を変える、魔法の言葉を。

「師匠(ファノメネル)、可愛い――素敵過ぎる!
 結婚してくれ!」
「はっ?」
「えっ?」
「はい?」
「ござる?」
「主……どの?」
「わう?」

 ――よし、何とか言い切ったな。偉いぞ、俺。
 周囲を見るまでもなく分かる皆の呆気にとられた顔。
 不可解なものを見るようなシェラフィータの当惑した顔。
 痛みや迫りくる死に錯乱した、とでも思ったのだろうか?
 今の俺にはその全てがおかしく――滑稽に感じる。
 だが――その言葉の効果は圧倒的だった。
 パキン! とガラスが割れる様な甲高い音が俺の内側から生じ周囲に響き渡る。
 瞬間、胸の内から溢れんばかりに迸る怒涛の魔力。
 金色に輝くそれは瞬く間に全身を覆い尽くし、シェラフィータの蜘蛛脚によって死に体であった俺の身体を刹那の速さで再生、癒し始める。

「きょ――脅威。
 この忌まわしき黄金色の魔力、そして黒髪に紫瞳。
 そうか、貴様……世界維持機構【琺輪】に与する守護者の一族の者か!」
 
 獰猛で不敵な笑みを浮かべた俺に初めて動揺を見せたシェラフィータの焦燥の叫びが絶望に塗れた闘技場の空気を払拭していくのだった。



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