274 / 398
おっさん、窮地を挽回
しおりを挟む「ぐあああああああああああああ!!」
喉の奥から込み上げてくる熱い血塊を共に吐き出しながら、俺はまるで前大戦時に活躍した伝説の盾役(タンク)、蜥蜴人の軍団長の様な苦悶を上げる。
嘘か真か龍騎士の猛攻すらも耐えきったという彼だが――伝承記では敵の攻撃を受ける度にいつも叫んでいた。
そこは漢らしく耐えろよ、と伝承記を密かに愛読していた俺は常々思っていたのだが……とんでもない。それは大きな過ちだと思い知った。
即時に死に至るような重要器官を避けたとはいえ致命的な損傷を負った内腑。
以前ショゴスの分体相手にやったものとは比較にならない大きさの蜘蛛脚が、俺の身体のありとあらゆる箇所を貫いている。
それらがいやらしく蠢く度に脳髄が真っ白になる痛みと猛烈な吐き気が襲う。
無謀な特攻を仕掛けとはいえあまりに酷い代償。
痛みに耐えれる事と痛みを我慢する事はまた別のベクトルなのである。
心とは厄介なもので過剰な痛みに精神活動が停止してしまう場合もある。
故に苦悶の叫びを発する事で何とか正気を保とうとするのは、身体の反射的行動の一環なのだろう。
実際こうして叫んでいるとその分意識容量が割かれ痛みを感じなくなる。
だが――気分は最悪だ。
別個の生命体の様に異物が体内で蠕動するという悍ましい感触。
生理的嫌悪を超えた衝動に我を忘れそうになる。
「容易。
勇者や英雄と持て囃されそうが……所詮は人間、この程度か。
我ら真族の敵ではない」
絶望顔で俺を見つめる周囲の者達に見せつける様にシェラフィータは呟く。
関心の薄れた情報誌……あるいは遊び飽きた玩具を眺めるような無表情がふと、何かを良い事を思いついたとばかりに明るく輝く。
「妙案。
放っておいてもこの男は死ぬ。
されど見せしめの為――我が毒を以て惨たらしい最期を見せつけよう」
蜘蛛脚の爪先から出た粘液状の糸が俺を雁字搦めにし、二重三重に拘束する。
魔術師の扱う【蜘蛛網(スパイダーウエブ)】を遥かに超えた粘着性と剛性。
やはり隠し持っていたか、糸と毒。
蜘蛛系妖魔の定番だから想定はしていたが……
これでもはや何処にも逃げ場はない。
闘技場のあちらこちらで俺を案じる悲鳴が上がるが、時既に遅し――
意地の悪い微笑を浮かべたシェラフィータの口元から蛇の様な舌が伸長し俺の腹に挿入――体内に猛毒を注入し始める。
「いやだ! おっさん!!」
「ガリウス、駄目!」
「ガリウス殿!」
「何をやってる、貴様!」
「主様!」
「わん!」
フィーを除く皆のパーティメンバーの悲鳴が闘技場内にコダマする。
偉いぞ、フィー。よくぞ耐えた。
お前まで悲鳴を上げていたら、抗畏死の祝禱術が切れて大惨事だったからな。
誰よりもおちゃらけている様で誰よりもクレバーな彼女。
その意志と自制心の強さに感謝する。
魂を消る皆の声を聞き溜飲が下がった、とばかりに勝ち誇るシェラフィータ。
わざわざ舌を見せびらかす様に口内へ戻し口角を歪ませる。
「歓喜。
貴様らの苦悶こそが我らにとっての天上の調べ。
さあ、我が猛毒で無残な死に至るこの男の――」
と、そこで違和感を感じたのか……得意気なシェラフィータの言葉が止まる。
毒が効いていないからだ。
己の胎内で生成されたであろう、ご自慢の猛毒が。
そこで初めて自身の脚が貫いている俺の硬革鎧へと視線が行き――造り物じみた美麗な顔が驚きに染まる。
甘いな――やっと気付いたか。
何故、俺が毒蜥蜴(バジリスク)の硬革鎧なんぞを着込んでいると思う?
抜群の防御力を誇るとはいえ、加工しても内側から毒が滲み出し着装者に激烈な毒を齎し続けるというドMも裸足で逃げ出すという凶悪な装備を。
何も伊達や酔狂で身につけている訳じゃない。
いつか完全なる毒耐性、毒無効化能力を得る為だ。
毒を自在に操る魔神将の放った腐れ毒に侵された俺を救う為、その命を投げ出し散った彼女。その彼女に対するこれは誓約であり禊ぎ。
あいつらには決して明かせない俺だけのこだわりである。
20年近い今迄の積み重ねもあり、現在の俺はそんじょそこらの毒等は即時抗体を生成し即時に分解対応可能と毒が効かない体質になっている。
酒にも酔いづらくなってしまったのは、とんだ副作用だったが。
まあ酒もある意味毒の一種であるから仕方ない。
予定外の事態に若干焦りのニュアンスを見せるシェラフィータ。
弱った獲物を前に止めを刺さず舌なめずりをしているから隙が生まれる。
そしてその隙を逃すほど俺はお人好しじゃない。
即死する重要器官を避けたとはいえ、放っておけばあと数分で俺は死ぬだろう。
零れ落ちる多量の血潮に破壊された内臓はどう抗っても致命的だからだ。
では、何故こんな一見するまでもなく愚かしい特攻を仕掛けたかのか?
その理由が――これだ。
俺は蜘蛛脚によって潰れた肺から残った空気を絞り出し――
唯一守り抜いて無事だった喉からあらん限りの声を発する。
現況を変える、魔法の言葉を。
「師匠(ファノメネル)、可愛い――素敵過ぎる!
結婚してくれ!」
「はっ?」
「えっ?」
「はい?」
「ござる?」
「主……どの?」
「わう?」
――よし、何とか言い切ったな。偉いぞ、俺。
周囲を見るまでもなく分かる皆の呆気にとられた顔。
不可解なものを見るようなシェラフィータの当惑した顔。
痛みや迫りくる死に錯乱した、とでも思ったのだろうか?
今の俺にはその全てがおかしく――滑稽に感じる。
だが――その言葉の効果は圧倒的だった。
パキン! とガラスが割れる様な甲高い音が俺の内側から生じ周囲に響き渡る。
瞬間、胸の内から溢れんばかりに迸る怒涛の魔力。
金色に輝くそれは瞬く間に全身を覆い尽くし、シェラフィータの蜘蛛脚によって死に体であった俺の身体を刹那の速さで再生、癒し始める。
「きょ――脅威。
この忌まわしき黄金色の魔力、そして黒髪に紫瞳。
そうか、貴様……世界維持機構【琺輪】に与する守護者の一族の者か!」
獰猛で不敵な笑みを浮かべた俺に初めて動揺を見せたシェラフィータの焦燥の叫びが絶望に塗れた闘技場の空気を払拭していくのだった。
0
あなたにおすすめの小説
【㊗️受賞!】神のミスで転生したけど、幼児化しちゃった!〜もふもふと一緒に、異世界ライフを楽しもう!〜
一ノ蔵(いちのくら)
ファンタジー
※第18回ファンタジー小説大賞にて、奨励賞を受賞しました!投票して頂いた皆様には、感謝申し上げますm(_ _)m
✩物語は、ゆっくり進みます。冒険より、日常に重きありの異世界ライフです。
【あらすじ】
神のミスにより、異世界転生が決まったミオ。調子に乗って、スキルを欲張り過ぎた結果、幼児化してしまった!
そんなハプニングがありつつも、ミオは、大好きな異世界で送る第二の人生に、希望いっぱい!
事故のお詫びに遣わされた、守護獣神のジョウとともに、ミオは異世界ライフを楽しみます!
カクヨム(吉野 ひな)にて、先行投稿しています。
家族転生 ~父、勇者 母、大魔導師 兄、宰相 姉、公爵夫人 弟、S級暗殺者 妹、宮廷薬師 ……俺、門番~
北条新九郎
ファンタジー
三好家は一家揃って全滅し、そして一家揃って異世界転生を果たしていた。
父は勇者として、母は大魔導師として異世界で名声を博し、現地人の期待に応えて魔王討伐に旅立つ。またその子供たちも兄は宰相、姉は公爵夫人、弟はS級暗殺者、妹は宮廷薬師として異世界を謳歌していた。
ただ、三好家第三子の神太郎だけは異世界において冴えない立場だった。
彼の職業は………………ただの門番である。
そして、そんな彼の目的はスローライフを送りつつ、異世界ハーレムを作ることだった。
お気に入り・感想、宜しくお願いします。
異世界に転移したら、孤児院でごはん係になりました
雪月夜狐
ファンタジー
ある日突然、異世界に転移してしまったユウ。
気がつけば、そこは辺境にある小さな孤児院だった。
剣も魔法も使えないユウにできるのは、
子供たちのごはんを作り、洗濯をして、寝かしつけをすることだけ。
……のはずが、なぜか料理や家事といった
日常のことだけが、やたらとうまくいく。
無口な男の子、甘えん坊の女の子、元気いっぱいな年長組。
個性豊かな子供たちに囲まれて、
ユウは孤児院の「ごはん係」として、毎日を過ごしていく。
やがて、かつてこの孤児院で育った冒険者や商人たちも顔を出し、
孤児院は少しずつ、人が集まる場所になっていく。
戦わない、争わない。
ただ、ごはんを作って、今日をちゃんと暮らすだけ。
ほんわか天然な世話係と子供たちの日常を描く、
やさしい異世界孤児院ファンタジー。
スーパーの店長・結城偉介 〜異世界でスーパーの売れ残りを在庫処分〜
かの
ファンタジー
世界一周旅行を夢見てコツコツ貯金してきたスーパーの店長、結城偉介32歳。
スーパーのバックヤードで、うたた寝をしていた偉介は、何故か異世界に転移してしまう。
偉介が転移したのは、スーパーでバイトするハル君こと、青柳ハル26歳が書いたファンタジー小説の世界の中。
スーパーの過剰商品(売れ残り)を捌きながら、微妙にズレた世界線で、偉介の異世界一周旅行が始まる!
冒険者じゃない! 勇者じゃない! 俺は商人だーーー! だからハル君、お願い! 俺を戦わせないでください!
中年オジが異世界で第二の人生をクラフトしてみた
Mr.Six
ファンタジー
仕事に疲れ、酒に溺れた主人公……。フラフラとした足取りで橋を進むと足を滑らしてしまい、川にそのままドボン。気が付くとそこは、ゲームのように広大な大地が広がる世界だった。
訳も分からなかったが、視界に現れたゲームのようなステータス画面、そして、クエストと書かれた文章……。
「夢かもしれないし、有給消化だとおもって、この世界を楽しむか!」
そう開き直り、この世界を探求することに――
男女比がおかしい世界の貴族に転生してしまった件
美鈴
ファンタジー
転生したのは男性が少ない世界!?貴族に生まれたのはいいけど、どういう風に生きていこう…?
最新章の第五章も夕方18時に更新予定です!
☆の話は苦手な人は飛ばしても問題無い様に物語を紡いでおります。
※ホットランキング1位、ファンタジーランキング3位ありがとうございます!
※カクヨム様にも投稿しております。内容が大幅に異なり改稿しております。
※各種ランキング1位を頂いた事がある作品です!
テンプレな異世界を楽しんでね♪~元おっさんの異世界生活~【加筆修正版】
永倉伊織
ファンタジー
神の力によって異世界に転生した長倉真八(39歳)、転生した世界は彼のよく知る「異世界小説」のような世界だった。
転生した彼の身体は20歳の若者になったが、精神は何故か39歳のおっさんのままだった。
こうして元おっさんとして第2の人生を歩む事になった彼は異世界小説でよくある展開、いわゆるテンプレな出来事に巻き込まれながらも、出逢いや別れ、時には仲間とゆる~い冒険の旅に出たり
授かった能力を使いつつも普通に生きていこうとする、おっさんの物語である。
◇ ◇ ◇
本作は主人公が異世界で「生活」していく事がメインのお話しなので、派手な出来事は起こりません。
序盤は1話あたりの文字数が少なめですが
全体的には1話2000文字前後でサクッと読める内容を目指してます。
五十一歳、森の中で家族を作る ~異世界で始める職人ライフ~
よっしぃ
ファンタジー
【ホットランキング1位達成!皆さまのおかげです】
多くの応援、本当にありがとうございます!
職人一筋、五十一歳――現場に出て働き続けた工務店の親方・昭雄(アキオ)は、作業中の地震に巻き込まれ、目覚めたらそこは見知らぬ森の中だった。
持ち物は、現場仕事で鍛えた知恵と経験、そして人や自然を不思議と「調和」させる力だけ。
偶然助けたのは、戦火に追われた五人の子供たち。
「この子たちを見捨てられるか」――そうして始まった、ゼロからの異世界スローライフ。
草木で屋根を組み、石でかまどを作り、土器を焼く。やがて薬師のエルフや、獣人の少女、訳ありの元王女たちも仲間に加わり、アキオの暮らしは「町」と呼べるほどに広がっていく。
頼れる父であり、愛される夫であり、誰かのために動ける男――
年齢なんて関係ない。
五十路の職人が“家族”と共に未来を切り拓く、愛と癒しの異世界共同体ファンタジー!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる