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おっさん、後悔を語る
しおりを挟む「壮健そうで何よりだ。
会場へは――顔を出さなくて良いのか?」
疲労の色を微塵も見せぬポーカーフェイスの魔人に、俺は労りの声を掛けると共に軽く探りを入れる。
そんな俺の魂胆などはお見通しなのだろう。
ノスティマは薄い微笑を色濃くしながら応じる。
「騒がしい場は苦手、と。そう申し上げた筈ですよ」
「ああ、そうだったな。
ならばこうやって陰キャ同士静かに語り合うのも悪くない」
「そうですね、生産性はありませんが」
「悲しくなる事実だから追及するのはやめとけ。
しかし――不思議なもんだ」
「不思議?」
「こうやって顔を突き合わすのは昨日振りだというのに……
何だか数か月ぶりみたいな感じだからさ」
「……色々ありましたからね」
「確かに。そしてまずは――礼を述べないとならない」
「――礼?」
「ああ。郊外に集った魔族魔神連合の別動隊を潰してくれてたんだろう?
イレギュラーな不確定要素が絡んだら、事態がどう転んでいたのか不明だ。
闘技場への増援や同時多発侵攻なんぞをされていたらきっと手に負えなかった。
お前が先んじて対処してくれたのは凄く助かったよ」
「やはり――気付いていたんですね?」
「懸念はしていた。
師匠からうるさいくらい最悪の展開を想定し動け、と叩き込まれているからな。
想像力は武器だ――それを怠った瞬間、どんな強者も足を掬われる」
「用心深いですね」
「小心者なだけさ。
俺は弱いからな……出来る事には限界がある」
「驕らない謙虚さは何にも代え難い強さだと思いますよ。
しかし――私が裏切るとは思わなかったのですか?」
「――お前が裏切る? それは無い」
「断言しますね。理由を伺っても?」
「同じ未来視属性の魔眼同士、立場や性格……無理に挙げれば色々ある。
だが究極的には一つだけどな」
「え?」
「お前は信頼に足る人間だからだ。
もし裏切られたならば、人を見る目がなかった自分の浅はかさを嗤えばいい」
「信頼……ね。
仲間以外他者を信じない貴方ともあろう方が、言うに事を欠いて信頼とは」
「言語化出来ない気持ちを説明して述べるのは苦手なんだよ。
理屈じゃなく心情でお前を【信じた】からだ。
それじゃあ――理由にならないか?」
「フフ……ズルいですよ、そういう言い方は。
反論できないじゃありませんか」
「すまないな」
「いえ……変わっていないようで安心しました」
「ん?」
「何でもありません」
「? まあ今回の戦いにおける表のMVPは【固有領域】のズールだろうが、裏のMVPは間違いなくお前だろう。
でも――功績を発表しなくていいのか? 必要なら口利きをするが。
今のままだと肝心な時にあの場にいなかったという、事実に反した不名誉を皆に噂されてしまうかもしれない」
「貴方が知ってくれてればそれで充分。
それにそんな不名誉など――もうすぐ彼らの話題で払拭されますよ」
「ああ、そうかもな。
同じく参戦してなかった彼らの行く末……これは変えられないのか?」
「未来視で変えられる範疇にも限界があります。
貴方の【嘲笑(マルク)う因果(パーシュ)】なら話は別でしょうが……
それでも我々に可能なのは細かな支流を変えるのみ。
歴史の本筋とでもいうべき奔流を堰き止めるのは難しい」
「だよな。はあ……参ったな。
一難去ってまた一難だ」
「苦労性ですね」
「互いにな」
「ええ、そういう性分というか配役なのでしょう」
「だな、気苦労が絶えない損な役回りだ。
それでもまあ、投げ出す訳にいかない。
たとえ俺に与えられた役が道化でも――必死に演じ切ってみせるさ」
「貴方は主役……とまでは言いませんが重要人物だと思いますが?」
「だといいんだがな。
舞台の端で泡を吹きながら解説するような役は勘弁願いたい」
「ユニークな例えですね。同感です」
「まあこれからも俺は俺にやれることを愚直に為すだけだ」
「はい」
「しかし良い夜だよな……
こうしてると凄惨な戦いがあったようには見えない。
誰しもが浮かれ――思うがままに生を満喫している」
「ええ、本当に」
満天の星空の下、グラスを片手にポツリと呟いた言葉にノスティマが賛同する。
メイン会場を離れたバルコニーから見下ろす階下の景色。
前庭に所狭しと並べられたテーブルへは兵士も冒険者も区別なく集い合い極上の酒と馳走を肴に今日の戦いについて語り合っている。
薄昏い夜空を染め上げる無数の篝火と魔導照明に照らされて王宮別邸【水晶館】は幻想的な輝きを放っており、詩人ならずとも心奪われる光景に違いない。
だというのに――俺の心は一向に晴れなかった。
「……どうしたんですか、ガリウスさん?
未曽有の危機から王都を救った英雄ともあろう方がそんな顔をして」
まるで影法師のように間合いを詰めてきたノスティマが絶妙な距離をおいて隣に寄り添い、心配そうに顔を覗き込んでくる。
同じ魔眼持ち同士、こういうところはさすがだな――隠し通せないか。
観念した俺は罪を告解する様に口を開いた。
皆の前では決して明かせない内心を吐露する為に。
「今回の戦いで亡くなった人達の事を考えていた」
「それは……」
「最悪の未来を回避する為――
王都の住民を守る為――
様々な事情があるとはいえ、俺の我儘に付き合わせてしまったからな。
今回闘技場に招集出来た防衛者総勢2562名の内、死亡者308名……
侵攻防衛の犠牲となった者の数字だけを見れば決して悪い値じゃない。
むしろ子爵級魔族と13魔将の侵攻を防いだことを鑑みれば、破格の快勝だろう。
けどな――彼らは生きた人間だったんだよ。
俺が巻き込まれなければ――もっと違った生き方があったかもしれない」
自嘲まじりに苦い酒を飲み干した俺は一通の手紙を夜会服の胸元から取り出してノスティマの前へ差し出し示す。
そこに綴られているのは、急いで書き込んだと思わしき荒々しい筆跡の文章……けれど決して眼を逸らす事ができない思いがそこには込められていた。
「これは……」
「宴が始まる前に妙齢の御婦人から渡された。
俺が鍛え上げた騎士の母君らしい。
『息子は貴方と共に戦えることを誇りに思ってました。
そして教官であった貴方の下で戦うなら必ず生きて帰ってくる、と。
しかし――息子は帰りませんでした。
死体すらなく、死の実感が沸きませんが……もう二度と抱き締められません。
人々は貴方のことを早くも王都を救った英雄と囃し立てています。
今回の戦いで亡くなった者達の、掛け替えのない犠牲を忘れて。
恨み言は申し上げません。
けれど――これだけは覚えていてください。
大事な息子を死地に追いやった貴方は……私にとってはただの殺人者です』
――堪えたよ、久々にな」
「ガリウスさん……」
「覚悟はしていた。
罵られることも疎まれることも。
戦いに赴いた者達からなら何を言われても耐えれる、と。
でも家族を亡くした者達からの率直な気持ちがこれほど身に染みるとはな……
感傷を捨て切れない、どうしょうもない自分の弱さを感じる」
グラスを置き、拳を握る……皮が破けて血が滲むほど強く。
俺は万能じゃない。
僅かに未来を覗き込むことが可能なだけの一介の戦士だ。
それでも出来る範疇で望ましい未来を手繰り寄せるべく足掻いた。
その結末に後悔はない。
ただ――残された人々の想いが古い傷跡のように心へ疼く。
もっとやりようがあったのではないか、と。
そう俺を責め立てるようで。
遣る瀬無さに想いを馳せる俺の手にそっとノスティマの手が重ねられる。
暗闇に灯るのは治癒魔術の術式。
傷ついた手が癒されただけでなく――心の奥にもあたたかい温もりが宿る。
「ノスティマ……」
「未だ神ならぬ使徒の身では万全に至らぬ事が多過ぎます。
でも問題はそこで諦めるんじゃなく、自らの為せる事を全力で為す事でしょう。
貴方は貴方に出来ることをした。
貴方自身がそう仰ったじゃないですか。
他の誰かが何を言おうとも、私だけは貴方を認めます。
よく頑張りました。そして……おかえりなさい」
それはかつて無力に震える俺に彼女が囁いた言葉!
瞳から零れる熱い雫を拭おうともせず、俺はノスティマに問い掛けようとする。
しかし迫る俺の手をスルリと抜けてノスティマが微笑む。
妖しくも……慈母のごとき眼差しで。
「おやすみなさい、ガリウスさん――良い夢を」
制止する間もなく、その言葉を宙に残し――
謎多き魔人の姿は転移魔術の燐光と共に虚空へと掻き消えるのだった。
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