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おっさん、未熟を誇る
しおりを挟む「……さん、おっさん! 聞こえてる?」
「んっ……ああ」
喧騒の中で囁かれる溌溂とした声に、微睡みに陥る前の様に弛緩していた俺の意識が覚醒――現状を認識し始める。
目線を向け周囲を見渡せば豪華絢爛を極めた内装が広大に続く大広間。
所狭しと俺達の両脇に居並ぶのは、この王都を支える要職者である重鎮たち。
極めつけは玉座に座る賢皇リヴィウスの御姿である。
そう、ここはランスロード皇国の皇城にある謁見の間。
俺達は勇者隊としての正式な任命式と、二日前に行われた闘技場の戦いにおける論功行賞を兼ねた式典に出ている最中だった。
どんな事態が起きようともすぐに応じれる常在戦場の精神は忘れてはいない。
ただ……酷使され過ぎた神経が無意識に休息を求めているのだろう。
警備体制に気を配る傍ら、自分自身の事が疎かになっていたらしい。
「すまない、シア。
どうやら少し呆けていたようだ。気を引き締めないとな」
「ううん、そんなことない。
逆におっさんはここ最近ずっと神経を張りっぱだもん。
皆の為、っていうのは分かってるけど……それじゃ疲れちゃうよ」
「すまん、どうにも性分でな」
「少しは甘えてくれてもいいのに」
「ん~俺は自分が強くない人間という事を誰よりも理解しているからな。
ぬるま湯の様な居心地に慣れてしまうと、あっという間に堕落してしまうし……そうなる事を一番恐れてもいる。
だから――自分を苛め抜くくらいで丁度いいのさ」
「もう。
おっさんは不器用なんだから
でもここにはボク達以外にも頼りになる人達がいるんだから――
今ぐらいは少しだけ甘えてもいいんじゃない?」
「そうか……そうだな」
シアの言葉に神経を張り巡らすのを止め、深呼吸をする。
途端、全身を襲う目に視えない疲労感。
無限光明神アスラマズヴァーの恩寵である魔力パスから供給される魔力により、細胞の隅々まで賦活され身体は活力に満ちている。
しかし精神的な疲労というのはどうやら別物らしい。
深く淀んだ澱のように蓄積されたそれは俺の全身に負担を掛けていた。
こんなになるまで気が付かないんだから、俺も大概ブラック向けな体質である。
皆が心配するのも無理はない。
まるで重い肩の荷を下ろしたような久々の解放感に浸っていると――
突如指先に絡まる温かい感触。
確認するまでもない。
前衛特有のごっつい剣ダコに隠された年頃の乙女らしい肌ケアの質感。
この手の持ち主は勿論……
「ブースト。この方が元気出るでしょ」
顔を真っ赤にしたシアが目線を合わせず答える。
お前な、そんなに恥ずかしくなるくらいなら最初からやるなよ。
付き合う俺も恥ずかしくなるだろうが。
論功行賞の都合上、パーティが分断された形で並んでいた俺達だったが……シアがたまたま隣になったのは幸いだな。
衆目の前だというのにこっそり指を絡め合い、結ばれた絆を確かめ合う二人。
うん、これは他の奴等には見せられん。
人目を憚らないバカップルみたいだが……精神的にはアレだな。
確かにブーストだ。
多幸感にも似た昂揚感がバフ効果を齎してくれる。
だが幸福な時間というのはあっという間に過ぎてしまうものらしい。
どこかの哲学者が、美女と話す一分とストーブに手を置く一分とでは体感的に全然違うと言っていた事を思い出す。
「……を以て、汝ジェクト・トルーパーの敢闘を称えここに金一封と勲章、並びに名誉騎士爵を授ける!」
「あ、次はボクの番だね。もう行かないと」
名残惜しそうに呟き指を離すシア。
今しがたまで握られていた自分の手を見て嬉しそうに微笑むと専属で待機している係員に誘導されていく。
まったく……あんな顔をされてしまったら、どんな男でもイチコロだ。
無自覚というか天然な小悪魔はこれだから怖い。
さて、シアの次は俺の番だ。そろそろ意識を向けないと。
随分な盛り上がりを見せる壇上に視線を戻す。
一段高く設けられた壇上では、ジェクトが賢皇自ら勲章を贈られ困惑しながらも照れている様子が見られる。
世の中をどこか斜に構え捉えている節がある男のそういった姿は新鮮なのか、会場からも甲高い歓声が響き渡っていた。
そこへ満を持して登場する【魔剣の勇者】こと勇者アレクシア・ライオット。
ミズキらと協力し王都に破滅を導こうとした13魔将【葬送】のマグミットを撃破した功績は未だ人々の記憶に新しい。
賢皇もその恩義に報いようと様々な報酬を提示する。
領地を持たぬ名誉爵とはいえ、現在の子爵相当からノービス伯と同じ、伯爵へと陞爵する事。
今後勇者としての活動に伴う一切の経費を国庫から支出する事。
宝庫の武具をシアへ貸与し、これからの戦いに備える事を賢皇は公言した。
驚き以上に大歓声を以て迎えられ称賛されるシア。
戸惑う本人だが、それだけ偉大な功績を成し遂げたことを自覚してほしい。
照れ照れになっているシアと入れ違う様に俺の名が呼ばれ、壇上へと上がる。
はて、気のせいだろうか?
賢皇と名高きリヴィウスの眼に何やら茶目っ気を秘めた稚気を感じるのは。
困惑する俺を他所に、賢皇自ら俺の功績を述べ始める。
「その者は、先程述べた勇者を支える仲間にして戦士。
数多の苦難を乗り越え、唯一無二である【英傑】となりし者。
その瞳に宿る【戦理眼】を以て未来を見据え――
(俺は【神龍眼】の事を全て賢皇らには話してはいない。
戦闘に関わる限定的な未来予知とだけ告げた為、千里眼をもじった【戦理眼】
……戦の理を視る眼、とでも名付けられたのだろう)
魔神らによる王都襲撃を未然に防ぎ、あろうことか魔王と化した恐るべき脅威、水のシェラフィータすらも討伐せしめた最も新しき伝説であり英雄。
この比較し得ることなき偉大な功績に対し……第一功ガリウス・ノーザンに国宝【黒帝の竜骸】を貸与すると共に――最大勲章【琺輪瑞宝章】を贈り讃え――更に男爵の地位を叙爵し西方地域の開拓村をその領地として授ける!」
はっ?
……今、なんて?
呆気に取られる俺を他所に会場を揺るがす大歓声が響き渡る。
仲間達や戦友の声だけではない。
耳を澄ませば、「おっちゃん、りょうしゅさまになるのか」「へ~すごい」「何だか信じられねえな、ガリウスがおら達の領主様か」「何言ってるんだい。あたしはいつかガリウスなら一旗挙げると思ってたよ」「本当におめでとう、ガリウス」というどこかで聞き覚えのある声が。
慌ててそちらへ眼を向ければ、にこやかに祝福するスコットを始めとした開拓村の面々の姿があった。
高速で目線を戻すと、してやったりとした笑みを浮かべる賢皇。
先程感じた稚気はこれが理由か!
や、やられた……これは完全に盲点だった。
まさか未来予知の及ばぬ範疇でこんな事が画策されていたなんて。
今後の戦況にばかり目を向け、自身の事が疎かになっていた証である。
しかし反面――嬉しくも感じていた。
まったく……何が未来予知だか。
未だ至らぬ身では、こうやって少しばかり盤面を揺るがす駒でしかない。
全てを見通すなど傲慢でしかないという事か。
ならば俺は――俺に出来る事を為していくのみだ。
何もかも一人で抱え込む事はあるまい。
こうやって未熟な俺を良しとし、それでも支援してくれる人達もいる。
喜び勇んで胸元に飛び込んでくる、じゃじゃ馬(シア)を抱き止めながら――
俺は自身の至らなさを誇りに感じるのだった。
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