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おっさん、心を新たに
しおりを挟む「あれでよかったのかよ、小僧」
艶やかでありながら肌も露わな衣装、そして見惚れるほどに長い黒髪を振り乱しながらこちらの隙を冷静に狙うイゾウ先生が、どこかおどけた様に訊いてくる。
守り刀であった経歴故なのか、刀に宿る付喪神と化したその姿は花魁そのものであるものの……所詮、仮初めのものでしかない。
だというのに――その姿、その黒髪に誰かの虚像を重ね視た俺は、乱暴に鍔迫り合いを解除――間合いを広げるよう荒く突き放す。
しかしまったく体幹を崩す事なく、冷静に後逸しイゾウ先生は衝撃をいなす。
達人にとってこの程度の攻防など児戯に等しいという訳か。
足元が見えづらい東洋風の衣装も体捌きの初動の掴み辛さに一役買っているな。
就寝前における二刀を習熟する為の実戦式乱取り稽古。
イゾウ先生とこうして毎晩刃を交すのは最早恒例となりつつある。
剣の稽古はいい……無心になれるからだ。
難しく考え悩む必要はない。
己が全身全霊を以て、ただ敵対者を降す事にのみ思考を注ぐ。
一分一秒でも早く相手のそっ首を叩き落とす為、己を鍛え上げる血塗られた訓練こそが剣の稽古の本質……だけど俺は昔から嫌いになれなかった。
刃を交し合う瞬間、刹那の煌めきが生命の輝きを放つ。
それは戦闘に身を委ねる者にしか分からぬ愉悦の領域。
美食や性的快楽すら超える剣戟の極致ともいえる。
これに勝るものは早々あるまい。
だというのに――先生の言葉に含まれた揶揄するような棘に苛立ちを感じ、俺は自身を制御できぬまま感情的に尋ね返す。
「何がですか……?」
「知れた事、先程のミズキという女子の事よ」
恫喝に近いニュアンスで放たれた言葉に、眉を器用に片方だけ上げニヤリと嗤うイゾウ先生。
くそっ……絶対面白がっているな、これは。
興を削がれた俺は収納スキル【こんなこともあろうかと】を起動。
流麗なラインを描く白黒に塗られた鞘を取り出し納刀する。
軽く手合わせをする筈が、身の内に潜む荒い衝動に身を任せるまま、一時間近く稽古に汗を流してしまった。
使徒となり休息をあまり必要としない身体になったが、最低限の休養は必要だ。
俺は無言のままイゾウ先生に今宵の稽古に対する感謝の礼を送ると踵を返す。
その俺の背に、自身の持つ二刀の峰で肩をポンポンとリズミカルに叩きながら、イゾウ先生が言葉を紡ぎ尋ねてくる。
彼女の気持ちに応えられなかった俺の心へ踏む込む様に。
「おいおい、無視かよ。つれねーな」
「……貴方に何が分かるっていうんですか、イゾウ先生」
「別に何も?
儂は剣一筋で生きた馬鹿だからな。
小難しい事や人の情愛の機微なんぞは分からねえさ。
ただよ、ヘタレが粋ってるのは無様だと思う訳だ」
「無責任な言い草を――じゃあ、俺はどうすれば良かったと?」
「あの嬢ちゃんを嫌いじゃねんだろう?」
「当たり前です。
ミズキは共に戦った仲間……それ以上に苦難を分かち合った絆がある」
「なら簡単だ。
抱いてやれば良かったじゃねえか」
「はっ? 何を言って――」
「呆けてんじゃねえよ、小僧。
他人を不当に低評価し過ぎなんだよ、おめえは。
あいつは負担になるような女じゃねえだろう?
そいつはおめえが一番……誰よりもよく知ってるんだろうが。
ならよ、あの嬢ちゃんの気持ちに応じて一発抱いてやれよ。
そうすりゃ憂いなく戦えるってもんだろうがよ」
「……俺は婚約者のいる身です。
そんな安易に――」
「ああ、うるせえうるせえ。
焦れってえんだよ、結婚するとかしないのかとかよ。
大事なのはそん時の当人たちの気持ちだろうが!
あの嬢ちゃんだっていっぱしの大人だ――酸いも甘いも嚙み分けた、な。
まして魔族らとの戦いに身を置く戦士――いつくたばるか分からねえ。
なら、いつでも後悔なく逝ける様……心残りをなくせるよう、見送ってやれよ。
死は平等だ。
誰にでもどんな存在にも必ず訪れる。
そんな嬢ちゃんの心からの気持ちをおめえは踏みにじったんだよ。
綺麗事に包むようにしながら自身の体裁を守る為にな」
「……俺はそんな風には生きれませんよ。
自分の周囲にあるものを護るだけで精一杯のガキなんだから」
「知ってるよ、そんな事は。
父親同様、本当に不器用な奴だなおめえも。
だけどよ――少しは羽目を外して周囲を顧みてやれよ。
節操を無くせ、と言ってる訳じゃねんだぞ?
ただ真剣な想いには真剣に応じてやってもいいんじゃねえか、という提案だ。
おめえを支えたいって輩は恋愛感情抜きにいっぺえいるんだからよ。
孤高に強くなった果ては、こう(今の儂)だぞ?
それが出来なかった――
思いつきもしなかった者からの、ささやかな助言よ」
「先生……」
面白がっていた訳じゃない。
強さとは集団からの孤立を意味するからワザと隙を見せろという俗物的な助言。
己自身の技量を高める事に生を費やし、果てたイゾウ先生だからこそ響く言葉。
再度踵を返した俺は、照れ臭そうにそっぽを向くイゾウ先生に真摯な想いを込め深々とお辞儀をするのだった。
「今日は本当に色々あったな……さすがに休むとするか。
しかし周囲を顧みろ、か。痛い言葉だ」
俺は自身の幸せをどうにも後回しにしてしまう悪癖がある。
そして自身の物差しによる秤で他者の幸せを推し量る柔軟性の無さも。
彼女やメイヤからもその危険性と有害性は指摘されていた。
だが――急に人間は変われない。
けれど変わっていく努力を怠ってはならないのだろう。
イゾウ先生から賜った言葉を胸に、心新たな新鮮な気持ちで俺は自室と化しつつある居室のドアを開ける。
「ウエルカムトゥ我が主♪」
「お前……」
扉を開けた先にいたのは、逆バニー服としか言いようのない変態チックな格好をしてベッド上でこちらを淫らにお誘いしているショーちゃんだった。
なるほど、パーティメンバー最後のデート相手はこいつか。
いったい、いつから準備していたのやら……きっと最初からだな(溜息)。
「さあ、今宵は我輩を心行くまで自由にできる快楽の帳、肉欲の宴。
溜まった欲望を朝までに思う存分に――って、主殿?
あるじどのおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!?」
全てを悟り切った俺は無表情にドアを閉めると廊下に出る。
その際に追い縋る絶叫が聞こえたような気がするが……知った事か。
「ん? ベッドを貸してほしいだ?
そりゃ~オレはこれからマドカの所にしけこむから別に構わねえが」
就寝前のジェクトに頼み込み、部屋とベッドを借りる。
幸いジェクトはマドカと懇意にしているから問題なく過ごせた。
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