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「本当に怖かったの」
しおりを挟む「ふうぅ……」
深く肺まで満ちる呼吸に、緊張していた筋肉が徐々に弛緩していく。
強張った指が伝えるのは鞘に納まった愛剣の感触。
湧き上がるのは強敵を降したという勝利の実感。
だが目線を切ることなく俺は周囲を警戒する。
召喚された悪魔は確かに斃した。
でもあれが最後の一体とは断言できないからだ。
少々偏執狂(パラノイア)チックかもしれないが、勝利を確信した瞬間こそが最も戦士が無防備になる瞬間だと師匠から口が酸っぱくなるほど注意を受けていた。
否、文字通り身体に叩き込まれている。
だからこそ――油断はしない。
昂った闘気を宥め放射状に展開していき索敵。
探索網に該当する害意はなく、周囲に漂うのは耳に響く程の静謐。
どうやら本当に何もないらしいな。
俺は工事関連の職人達が崇める猫神ゲンバのように指差し確認後、そっと呟く。
「よし」
「よし――じゃないわ!」
満面の笑みを浮かべ充足感を得た瞬間――何故か激怒するセラに叱責された。
透き通る白い肌が昂揚によって上気し、整った美貌が眦(まなじり)をあげている。
何故だ?
誰も傷つかず敵を斃し、最高の結果を得たじゃないか。
「な、何だよ……何か問題があったか?」
「大ありよ!
どうして将軍【ジェネラル】クラスの高位悪魔を斃せるのよ!
私、真剣に死を覚悟したのに――何でそんなあっさりなのよ!」
「そんなことを言われても……なあ?」
「うん、困るなの」
「まあ――それでも解説をすれば、だ。
さっきスキル関連の確認をしたよな?」
「――ええ」
「俺が【剣術】【魔術】、君が【封印術】【結界術】だった訳だ」
「そうね」
「んでリンデの持ちスキルは低レベルの【精霊術】と障壁突破に特化した1日1回が限界の退魔滅相上位スキル【輝槍】っていうのも情報共有しただろう?
ほら――なら答えは簡単だ。
リンデに取って置きを使わせて、悪魔の障壁を解除すればいい。
異界侵略者が纏う【位階】と呼ばれる特有の障壁は非常に厄介だ。
これが展開されてる限り低レベルの攻撃は無効化され――仮に手傷を負わせても肉体がすぐに復元してしまう。
師匠曰く、世界という物語に波及する影響力の具現化こそが位階の本質らしい。
要は台本にも載っていないような端役【モブ】では、名前ありの【キャラ】には太刀打ちできないという構式なんだろう?
しかし幸いそれを一時的とはいえ無効化出来る術を持っている仲間がいる。
ならばその隙を逃さず致命傷を負わせればいい」
「――そんな誰にでも出来る料理のレシピみたいに」
「大体さ、高位存在なんて自惚れている奴等は隙が多過ぎなんだよ。
弱っちい人間の事なんざ最初から見下して侮っているからな。
だからこそ矮小な存在に足元を掬われるって訳だ。
って、どうしたんだよセラ? 何で俯いているんだ?」
「……わかったの」
「分かった?」
「怖かったの!
ここで終わってしまう、って……
誰にも別れを告げずに死んじゃうって、本当に怖かったの!」
紅玉の様な双眸から零れ落ちていく真珠の様な涙。
彼女は己を抱き締めるとその場に跪き身を震わせる。
俺はセラナという少女の本質を見誤っていた事を実感した。
大陸の霊的守護者たるウルド一族――その封印の監視者にして管理者たる彼女は覚悟を完了し終え、どこか浮世離れした孤高の存在なのだと。
しかし――実際は違った。
彼女は必死に己に課せられた役割を演じていたのだろう。
怯える自身を叱咤し鼓舞し奮い立たせていた。
大役の重責に懸命に耐えていたのだ。
初対面の冷たい応対も、過度のプレッシャーからくる余裕の無さかもしれない(押し倒しただけでなく胸に顔を埋めた事に関してはこの際眼を瞑っておく)。
よくよく考えれば自分の一つ上……僅か18歳という年齢。
成人を迎えたとはいえ、世間的に若輩と呼ばれる存在。
過酷な戦場に身を置いてきた自分(師匠の鍛錬というスパイス付き)とは違い、心も体もまだまだ成熟し切ってはいない。
箍(たが)が外れればそこにいるのは可憐な一人の少女だ。
死の恐怖に打ちのめされても仕方ないだろう。
こういう時、下手な慰めの言葉は逆効果になる事を俺は身を以て知っている。
だからこそかつて俺がして貰ったように隣に寄り添い優しく頭を撫でる。
最初こそ怯えたように身を竦めたセラだったが……定期的に撫でられていく内にしばらくすると強張りが抜け――むしろ身を寄せてきた。
まるで彷徨い凍えた末に庇護者に巡り会えた幼子みたいに。
互いに何かを語る訳でもなく、ただ無為に過ぎていく時間。
でも――そんな時間が嫌いではない自分がいた。
「やっぱこいつ、天性で天然のジゴロなの。
隙を見てこいつにも【輝槍】をぶちこんでおいた方がいい気がするの。
将来こいつの毒牙に誑し込まれるであろう女性の、心の平穏の為に」
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