【完結】そんなに好きなら、そっちへ行けば?

雨雲レーダー

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プロローグ

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 クローネンブルク王国の社交界は、夜会の始まりとともに華やかなざわめきを増していく。
 宮廷の大広間には、豪奢なシャンデリアが天井から吊るされ、金銀の刺繍が施されたドレスや燕尾服の貴族たちが集まっていた。

 その中心に立つのは、侯爵令嬢クラリス・ヴェルディ。
 金色の髪が波のように肩に流れ、エメラルドの瞳が涼やかに輝いている。
 背筋を伸ばし、微笑みを湛えたその姿は、誰もが目を奪われるほどの迫力があった。
 まるで舞台の主役だ。誰もがそう思っていた。

「クラリス様、今夜もお美しい」

 複数の貴族たちが彼女に声をかける。
 クラリスは軽く会釈を返しながら、華やかな微笑みとともに答えた。

「ありがとうございます。ですが、どうぞ今宵は私ではなく、この国の未来を担う方に目を向けてください」

 そう言って、クラリスは隣に立つ人物へと視線を送る。
 王太子ユリウス・クローネンブルク。
 ブルーグレーの髪を整え、深いブルーの瞳を湛えた青年だ。
 柔らかな微笑みを浮かべ、貴族たちに手を差し伸べるその姿は、まさに理想的な王太子だった。

 だが、その瞳はクラリスに向けられている時だけ、どこか冷めたものが宿っているように見えた。

「お褒めに預かり光栄です」

 ユリウスはそう応じながらも、どこか心ここにあらずだった。
 クラリスはその様子を見逃さなかったが、何も言わず微笑みを保つ。

「クラリス様、今宵は王太子殿下とご一緒に踊られますか?」

 貴族の令嬢が嬉しそうに尋ねてくる。

 クラリスは緩やかに首を振った。

「私は皆さまが楽しんでくださればそれで満足です」

 その言葉に、周囲の貴族たちはまた一層、彼女の品格に感嘆した。

 そんな中、クラリスはふと、会場の隅に視線を向ける。
 そこに立っていたのは、ヴァルシュタイン公爵家の嫡男、レオン・ヴァルシュタイン。
 銀髪が月光のように滑らかに輝き、紫の瞳が静かに辺りを見渡している。
 軍服を纏ったその立ち姿は、男らしい威厳と洗練された美しさを兼ね備えていた。
 端正な顔立ちは、どの角度から見ても隙がなく、隣に並ぶ者がかすんでしまうほどだ。

「あれがヴァルシュタイン公爵家の……」

「やっぱり格が違うわ……」

 囁き交わされる声が、ひそやかに会場を巡っていく。
 彼の動き一つ、視線一つが注目を集め、遠巻きに見つめる令嬢たちの頬が紅潮していく。

 クラリスはその視線を受け止めたまま、ほんの一瞬だけ、口元に微かな笑みを浮かべる。
 だが、すぐに視線を戻し、何事もなかったかのように貴族たちとの会話を続けた。

「今夜の舞踏会、思ったよりも退屈だな」

 隣でユリウスが呟いた。声は小さいが、クラリスには届いていた。

「そうですか?殿下は皆さまから歓迎されていますよ」

「君は、そうやっていつも完璧にふるまうけれど……本当はどう思っている?」

「殿下の隣に立つ者として、私はそれが当然の務めだと思っています」

 クラリスは視線を外さずにそう答えた。
 ユリウスは軽くため息をつくと、グラスを口元に運んだ。
 その仕草はどこか苛立ちを含んでいたが、クラリスは気に留めなかった。

「ねえ、クラリス」

「何でしょうか?」

「もし、僕が……他の誰かを好きになったら、君はどうする?」

 ユリウスは冗談めかして、だがその瞳は探るようにクラリスを見つめた。

 クラリスは一瞬だけ考える素振りを見せ、穏やかに答えた。

「殿下が本当にその方を愛されているのなら、私は身を引くべきでしょう」

 ユリウスは驚いたように目を見開いた。
 クラリスは続ける。

「愛とは、相手の幸せを願うものだと私は思っています。殿下が誰を選ばれようと、私はそれを尊重します」

「……そうか」

 ユリウスはそれ以上何も言わず、グラスを空にした。

 夜会が終わりに近づく頃、クラリスはレオンの方へと再び視線を向けた。
 彼の紫の瞳は、誰にも悟られないようにこちらを見ている。
 その目には、僅かな興味が宿っているように見えた。

 クラリスは微笑んだ。
 完璧な淑女としての顔の裏で、静かに新たな駒を動かす準備を始めていた。
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