【完結】そんなに好きなら、そっちへ行けば?

雨雲レーダー

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花売りの少女 ※ユリウス

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 王宮から少し離れた城下町。春の陽射しに包まれた市場は、色とりどりの果物や花々が並び、活気に満ちていた。

 そんな中、ユリウス・クローネンブルクは周囲を気にしながら、一人馬車を降りて歩いていた。

 人目を避けるようにフードを被り、王太子の顔を隠している。

 それでも、整った顔立ちや気品ある姿勢、その立ち居振る舞いは隠しきれない。
 とうてい平民とは思えないその所作に、通りすがる人々が何気なく彼に目を留める。

 しかし、ユリウスはその視線に気づくこともなく、ただ歩みを進めていた。

「やっぱり、こういう場所のほうが落ち着くな……」

 肩の力を抜いて深く息を吸い込む。
 宮廷の堅苦しさから離れ、自由を感じられるこの空気が、彼にとっては束の間の解放だった。

 そんな時だった。

「あっ……!」

 小さな声とともに、目の前で籠を抱えた少女が転びそうになった。
 ユリウスは思わず手を伸ばし、彼女の腕を支える。

「大丈夫か?」

 振り返った少女は、透き通るようなプラチナブロンドの髪を風に揺らし、白磁のような肌に淡い陽光を受けていた。
 その顔立ちは婚約者のクラリスのような派手さはないが、けれど見る者の心にそっと触れるような静かな美しさがあった。
 なかでも、澄みきったアイスブルーの瞳が印象的だった。
 まるで雲ひとつない空をそのまま閉じ込めたような、透明でどこまでも高く広がる色。
 その瞳に見つめられると、一瞬、時が止まったような錯覚すら覚えた。

 彼女は少し驚いた表情を見せ、すぐに小さく会釈した。

「はい……ありがとうございます。助かりました」

 声は柔らかく、控えめだった。
 ユリウスはその様子に目を奪われる。

「怪我はないか?」

「大丈夫です。少し足元が滑っただけで……」

 そう言って、少女は微笑んだ。
 その笑顔にはどこか影があった。明るさの中に、ふと寂しさが滲むような表情。
 ユリウスの心がわずかにざわついた。

「君、名前は?」

 思わず問いかけると、少女は少し戸惑いながら答えた。

「リナリアと申します」

 リナリア。その響きはどこか特別に感じられた。
 ユリウスはふと、目の前の少女に、名も知らぬ平民以上の何かを感じ取っていた。

「リナリア。いい名前だ」

「恐縮です」

 籠の中を覗くと、数本の花が見えた。
 ユリウスは問いかけた。

「花売りか?」

「はい。両親の店を手伝っていて……でも、今日は少しだけ、市場に花を届けに来ただけなんです」

 そう言ってリナリアは、控えめに微笑んだ。
 その笑顔に、ユリウスの心はさらに惹かれていく。

「殿下。こんなところで何を?」

 後ろから控えの騎士が声をかけてきた。
 ユリウスは慌てて顔を隠し、騎士に小声で答える。

「黙っていろ。まだ戻らない」

「しかし……」

「いいから」

 小声でそう返し、再びリナリアへと視線を戻した。
 彼女はそのやり取りを見て、薄く笑った。

「お忙しいところ、引き留めてしまって……」

「いや。もっと君と話がしたい」

 ユリウスは正直にそう言った。
 自分でも、なぜここまで気になるのかわからない。ただ、この少女ともっと話をしたい。それだけが心に残った。

「また、ここに来てもいいか?」

 ユリウスの問いかけに、リナリアは少し驚いた顔をしたが、すぐに頷いた。

「ええ……もちろんです」

 その言葉を聞いて、ユリウスの胸は不思議と軽くなった。

「じゃあ、また」

 そう言い残して、ユリウスはその場を離れた。
 振り返ると、リナリアが小さく手を振っていた。

 その姿はどこか儚げで、けれど心に強く焼き付いて離れなかった。
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