3 / 29
密やかな逢瀬 ※ユリウス
しおりを挟む
春の陽気が続くある日の午後。
王宮の執務室で書類に目を通していたユリウスは、ふと窓の外に視線を向けた。
青く澄んだ空に、ふわりと雲が流れている。
その景色を見つめているうちに、自然とある少女の顔が浮かんだ。
プラチナブロンドの髪と、この空のように澄んだアイスブルーの瞳。
あの市場で出会ったリナリアの姿が脳裏を離れない。
「……また、会いたい」
そんな呟きが自然と漏れる。
ユリウスはペンを置き、執務机から立ち上がった。
「少し外に出る」
側近の騎士が止めようとしたが、ユリウスはそれを軽く制した。
このところ、心が窮屈だった。
クラリスは完璧な婚約者だ。美しく、聡明で、何一つ非の打ち所がない。
だが、そんな彼女の隣に立つたびに、自分が縛られているような感覚に囚われていた。
心のどこかで、もっと自由でいたいと願っていたのかもしれない。
市場に向かう道すがら、ユリウスは胸の高鳴りを感じていた。
リナリアに会えるかもしれない。その期待が、足取りを自然と速める。
そして、彼女はそこにいた。
市場の外れ、小さな花屋の前。
リナリアは花を並べながら、通りすがりの人々に微笑みかけている。
その笑顔は柔らかく、しかしどこか遠くを見ているような影を帯びていた。
「リナリア」
ユリウスが声をかけると、彼女は少し驚いた顔を見せたが、すぐに微笑み返した。
「あ……えっと、この前の。またお越しくださったのですね」
「僕の名はユリウスだ。ユリウスと呼んでほしい」
リナリアは困ったように笑う。
「ですが……」
「君に名を呼んでほしいんだ」
その言葉に、リナリアの瞳が少し揺れた。
彼女は少しの間を置いて、静かに答えた。
「……わかりました、ユリウス様」
ユリウスはその返事に満足し、店先の花に目を向けた。
色とりどりの花が並ぶ中、一輪の白いリナリアの花が目に留まる。
「これ、君の名前と同じ花だね」
「はい。父が私の名前をこの花から取ったのです。花言葉は……寂しさに耐える、でしょうか」
リナリアは少し寂しそうに笑った。
その笑顔が、ユリウスの胸に刺さる。
「でも、君は強い人に見える」
「強いように見せているだけです」
そう言って、リナリアは目を伏せた。
ユリウスはその横顔を見つめながら、言葉を探していた。
「それに、リナリアの花言葉は他にもあるだろう」
「ええ、まぁ」
曖昧に微笑む彼女の横顔から、どうしても視線を逸らせなかった。
胸の奥に浮かんだのは、あの花のもうひとつの花言葉。
ーー私の愛を知ってほしい。
それが今の自分の心そのものだと、ユリウスは静かに思った。
「……時間があれば、一緒に散歩しないか?」
リナリアは顔を上げ、戸惑ったようにユリウスを見つめた。
だが、彼女はふと、穏やかに頷いた。
「少しなら」
二人は市場を離れ、街外れの小道を歩いた。
並木道を歩きながら、ユリウスはリナリアに問いかける。
「君の夢は?」
リナリアは少し考えてから答えた。
「特にありません。でも……家族と静かに暮らせたら、それでいいのです」
その言葉に、ユリウスは心が締め付けられるのを感じた。
どこか、何かを失った人間の言葉だった。
「いつでも君のそばにいて、力になりたい」
思わず口にした言葉に、リナリアは驚いたように目を見開いた。
だが、すぐに微笑む。
「それは……嬉しいです。でも、私なんかがユリウス様に甘えるなんてできません」
「甘えてほしい。君は僕にとって、誰よりも特別な存在になっている」
ユリウスは真剣な眼差しでそう告げた。
リナリアは答えず、ただ微笑みを浮かべていた。
その笑顔はどこか寂しげだったが、それでもユリウスの心は確かに彼女に惹かれていった。
王宮の執務室で書類に目を通していたユリウスは、ふと窓の外に視線を向けた。
青く澄んだ空に、ふわりと雲が流れている。
その景色を見つめているうちに、自然とある少女の顔が浮かんだ。
プラチナブロンドの髪と、この空のように澄んだアイスブルーの瞳。
あの市場で出会ったリナリアの姿が脳裏を離れない。
「……また、会いたい」
そんな呟きが自然と漏れる。
ユリウスはペンを置き、執務机から立ち上がった。
「少し外に出る」
側近の騎士が止めようとしたが、ユリウスはそれを軽く制した。
このところ、心が窮屈だった。
クラリスは完璧な婚約者だ。美しく、聡明で、何一つ非の打ち所がない。
だが、そんな彼女の隣に立つたびに、自分が縛られているような感覚に囚われていた。
心のどこかで、もっと自由でいたいと願っていたのかもしれない。
市場に向かう道すがら、ユリウスは胸の高鳴りを感じていた。
リナリアに会えるかもしれない。その期待が、足取りを自然と速める。
そして、彼女はそこにいた。
市場の外れ、小さな花屋の前。
リナリアは花を並べながら、通りすがりの人々に微笑みかけている。
その笑顔は柔らかく、しかしどこか遠くを見ているような影を帯びていた。
「リナリア」
ユリウスが声をかけると、彼女は少し驚いた顔を見せたが、すぐに微笑み返した。
「あ……えっと、この前の。またお越しくださったのですね」
「僕の名はユリウスだ。ユリウスと呼んでほしい」
リナリアは困ったように笑う。
「ですが……」
「君に名を呼んでほしいんだ」
その言葉に、リナリアの瞳が少し揺れた。
彼女は少しの間を置いて、静かに答えた。
「……わかりました、ユリウス様」
ユリウスはその返事に満足し、店先の花に目を向けた。
色とりどりの花が並ぶ中、一輪の白いリナリアの花が目に留まる。
「これ、君の名前と同じ花だね」
「はい。父が私の名前をこの花から取ったのです。花言葉は……寂しさに耐える、でしょうか」
リナリアは少し寂しそうに笑った。
その笑顔が、ユリウスの胸に刺さる。
「でも、君は強い人に見える」
「強いように見せているだけです」
そう言って、リナリアは目を伏せた。
ユリウスはその横顔を見つめながら、言葉を探していた。
「それに、リナリアの花言葉は他にもあるだろう」
「ええ、まぁ」
曖昧に微笑む彼女の横顔から、どうしても視線を逸らせなかった。
胸の奥に浮かんだのは、あの花のもうひとつの花言葉。
ーー私の愛を知ってほしい。
それが今の自分の心そのものだと、ユリウスは静かに思った。
「……時間があれば、一緒に散歩しないか?」
リナリアは顔を上げ、戸惑ったようにユリウスを見つめた。
だが、彼女はふと、穏やかに頷いた。
「少しなら」
二人は市場を離れ、街外れの小道を歩いた。
並木道を歩きながら、ユリウスはリナリアに問いかける。
「君の夢は?」
リナリアは少し考えてから答えた。
「特にありません。でも……家族と静かに暮らせたら、それでいいのです」
その言葉に、ユリウスは心が締め付けられるのを感じた。
どこか、何かを失った人間の言葉だった。
「いつでも君のそばにいて、力になりたい」
思わず口にした言葉に、リナリアは驚いたように目を見開いた。
だが、すぐに微笑む。
「それは……嬉しいです。でも、私なんかがユリウス様に甘えるなんてできません」
「甘えてほしい。君は僕にとって、誰よりも特別な存在になっている」
ユリウスは真剣な眼差しでそう告げた。
リナリアは答えず、ただ微笑みを浮かべていた。
その笑顔はどこか寂しげだったが、それでもユリウスの心は確かに彼女に惹かれていった。
1,374
あなたにおすすめの小説
【完結】仲の良かったはずの婚約者に一年無視され続け、婚約解消を決意しましたが
ゆらゆらぎ
恋愛
エルヴィラ・ランヴァルドは第二王子アランの幼い頃からの婚約者である。仲睦まじいと評判だったふたりは、今では社交界でも有名な冷えきった仲となっていた。
定例であるはずの茶会もなく、婚約者の義務であるはずのファーストダンスも踊らない
そんな日々が一年と続いたエルヴィラは遂に解消を決意するが──
断罪前に“悪役"令嬢は、姿を消した。
パリパリかぷちーの
恋愛
高貴な公爵令嬢ティアラ。
将来の王妃候補とされてきたが、ある日、学園で「悪役令嬢」と呼ばれるようになり、理不尽な噂に追いつめられる。
平民出身のヒロインに嫉妬して、陥れようとしている。
根も葉もない悪評が広まる中、ティアラは学園から姿を消してしまう。
その突然の失踪に、大騒ぎ。
「お幸せに」と微笑んだ悪役令嬢は、二度と戻らなかった。
パリパリかぷちーの
恋愛
王太子から婚約破棄を告げられたその日、
クラリーチェ=ヴァレンティナは微笑んでこう言った。
「どうか、お幸せに」──そして姿を消した。
完璧すぎる令嬢。誰にも本心を明かさなかった彼女が、
“何も持たずに”去ったその先にあったものとは。
これは誰かのために生きることをやめ、
「私自身の幸せ」を選びなおした、
ひとりの元・悪役令嬢の再生と静かな愛の物語。
嫌いなところが多すぎるなら婚約を破棄しましょう
天宮有
恋愛
伯爵令嬢の私ミリスは、婚約者ジノザに蔑まれていた。
侯爵令息のジノザは学園で「嫌いなところが多すぎる」と私を見下してくる。
そして「婚約を破棄したい」と言ったから、私は賛同することにした。
どうやらジノザは公爵令嬢と婚約して、貶めた私を愛人にするつもりでいたらしい。
そのために学園での評判を下げてきたようだけど、私はマルク王子と婚約が決まる。
楽しい日々を過ごしていると、ジノザは「婚約破棄を後悔している」と言い出した。
幼馴染がそんなに良いなら、婚約解消いたしましょうか?
ルイス
恋愛
「アーチェ、君は明るいのは良いんだけれど、お淑やかさが足りないと思うんだ。貴族令嬢であれば、もっと気品を持ってだね。例えば、ニーナのような……」
「はあ……なるほどね」
伯爵令嬢のアーチェと伯爵令息のウォーレスは幼馴染であり婚約関係でもあった。
彼らにはもう一人、ニーナという幼馴染が居た。
アーチェはウォーレスが性格面でニーナと比べ過ぎることに辟易し、婚約解消を申し出る。
ウォーレスも納得し、婚約解消は無事に成立したはずだったが……。
ウォーレスはニーナのことを大切にしながらも、アーチェのことも忘れられないと言って来る始末だった……。
[完結]婚約破棄してください。そして私にもう関わらないで
みちこ
恋愛
妹ばかり溺愛する両親、妹は思い通りにならないと泣いて私の事を責める
婚約者も妹の味方、そんな私の味方になってくれる人はお兄様と伯父さんと伯母さんとお祖父様とお祖母様
私を愛してくれる人の為にももう自由になります
婚約破棄の代償
nanahi
恋愛
「あの子を放って置けないんだ。ごめん。婚約はなかったことにしてほしい」
ある日突然、侯爵令嬢エバンジェリンは婚約者アダムスに一方的に婚約破棄される。破局に追い込んだのは婚約者の幼馴染メアリという平民の儚げな娘だった。
エバンジェリンを差し置いてアダムスとメアリはひと時の幸せに酔うが、婚約破棄の代償は想像以上に大きかった。
最後の誕生日会
まるまる⭐️
恋愛
「お父様のことを……お願いね……」
母は亡くなる間際、まだ小さかった私の手を握り締めてそう言った。
それから8年……。
母の残したこの言葉は、まるで呪文のようにずっと私の心を縛り付けてきた。
でも、それももう限界だ。
ねぇ、お母様。
私……お父様を捨てて良いですか……?
******
宮廷貴族ゾールマン伯爵家の娘アイリスは、愛する母を病気で亡くして以来、父ヨーゼフと2人肩を寄せ合い暮らしてきた。
そんな日々が続いたある日、父ヨーゼフはいきなり宰相から筆頭補佐官への就任を命じられる。それは次の宰相への試金石とも言える重要な役職。日頃からの父の働きぶりが認められたことにアイリスは大きな喜びを感じるが、筆頭補佐官の仕事は激務。それ以来、アイリスが父と過ごす時間は激減してしまう。
そんなある日、父ヨーゼフは彼の秘書官だったメラニアを後妻に迎えると屋敷に突然連れて帰って来た。
「彼女にはお前と一つ違いの娘がいるんだ。喜べアイリス。お前に母と妹が一度に出来るんだ! これでもう寂しくはないだろう?」
父は満面の笑みを浮かべながらアイリスにそう告げるが……。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる