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婚約破棄の宣言
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春の終わりを告げる舞踏会が、王宮の大広間で開かれていた。
天井のシャンデリアが光を放ち、壁に飾られた大理石の彫刻が柔らかく輝いている。
色とりどりのドレスに身を包んだ貴族たちが集まり、今宵も華やかな夜が始まった。
その中心に、王太子ユリウスとクラリスが並んで立っていた。
ユリウスはブルーグレーの髪をきちんと整え、深いブルーの瞳を夜会にふさわしい柔和な笑顔で飾っている。
一方、クラリスはエメラルドの瞳を静かに輝かせ、金色の髪をまとめ上げ、純白に翡翠色の刺繍が施されたドレスに身を包んでいた。
誰が見ても、この二人は理想の婚約者同士に映った。
「今夜も、皆さまが楽しんでくださって何よりです」
クラリスは貴族たちの前で、穏やかに微笑みかける。
その姿に、周囲の令嬢たちは憧れと尊敬を込めた視線を送っていた。
だが、ユリウスの心は落ち着かない。
隣で完璧にふるまうクラリスを見つめるたびに、胸の奥が締め付けられる。
彼女はどこまでも理想的だ。
しかし、その完璧さが、今の自分には重すぎた。
もう、決めなければならない。
ユリウスは静かに息を吸い、クラリスに声をかけた。
「クラリス、少し話がしたい」
「はい、殿下」
二人は大広間を離れ、隣の控え室へと向かった。
外の騒がしさが遠のき、静けさが満ちるその部屋で、ユリウスは一歩、クラリスの前に出た。
「君に……大事な話がある」
クラリスは僅かに首を傾げ、ユリウスを見つめる。
その瞳は、いつものように冷静で、揺らぎがない。
「何でしょうか?」
ユリウスは拳を握りしめた。
迷いを断ち切るように、言葉を口にする。
「僕は……クラリス、君との婚約を破棄したい」
部屋に沈黙が落ちた。
ユリウスの鼓動が速くなる。
けれど、クラリスは驚く様子もなく、ただ静かに見つめ返していた。
「理由をお聞きしても?」
「……僕には、愛する人がいる」
ユリウスは目を逸らさずに答えた。
「リナリアという少女だ。彼女と出会って、初めて心から誰かを愛したとわかった。君といると、僕は王太子でいることしかできない。でも、リナリアといると、ただの男として自由になれるんだ」
クラリスはほんの少し目を伏せたが、すぐに顔を上げた。
「そうですか」
「本来なら……解消が筋だとわかってる。でも、それじゃ都合が悪い」
ユリウスは苦しそうに言葉を続ける。
「この婚約を破棄することで、僕はリナリアと結婚する。……だから、破棄という形で、君には悪役になってもらいたい」
クラリスは目を細めたまま、返事をしない。
その沈黙が、ユリウスには何よりも重かった。
「君には非はない。それでも僕が破棄したことにしなければ、王家の立場も、リナリアの名誉も守れない」
ユリウスは拳を握りしめ、必死に続けた。
「……頼む。君ならわかってくれるはずだ」
しばらくの沈黙のあと、クラリスは小さく笑った。
その笑みは、穏やかで、けれどどこか遠い。
「わかりました。殿下のご意思なら、私は婚約破棄を受け入れましょう」
ユリウスはほっと息を吐きかけたが、その次の言葉に動きを止めた。
「ただし、最後まで優しい王太子を演じきってくださいね……私を捨てたその優しさで、リナリア様を幸せにできるのなら」
その声は穏やかだった。
ユリウスは思わず息をのんだ。もっと怒られると思っていた。拒絶されると覚悟していた。
「あ、ああ……もちろん。僕は彼女を幸せにする。だが、君は怒らないのか?」
「怒る理由がありません」
クラリスは静かに微笑んだ。
「殿下が誰を愛そうと、それは殿下の自由です」
その笑顔に、ユリウスは戸惑った。
「本当に……それでいいのか?」
「ええ」
クラリスは一歩前に出て、ユリウスの瞳をまっすぐに見つめた。
「そんなに好きなら、そっちへ行けば?」
その言葉は、いつもの柔らかな淑女の仮面ではなく、むき出しの本音だった。
冷たくもなく、優しくもなく、ただ淡々と。
けれど、だからこそ痛烈に胸に刺さった。
ユリウスは、いつものように微笑み返されると思っていた。
取り繕うような、社交の仮面で受け流されるはずだった。
なのに今目の前にいるクラリスは、どこまでも静かで、けれど揺るがない意志をその瞳に宿していた。
言葉を失ったまま、ユリウスはその顔を見つめ返すしかなかった。
そこには、かつて知っていたはずのクラリスではない、知らない彼女がいた。
その後、二人は何も言わずに部屋を出た。
ユリウスは再び大広間へ戻り、正式に婚約破棄を宣言する。
驚きとざわめきが、社交界の華やかな場を一気に塗りつぶしていく。
「僕は、クラリス・ヴェルディとの婚約を破棄する」
ユリウスは静かに、だがはっきりと告げた。
「これからは、愛する女性と共に生きていく」
会場は騒然とした。
貴族たちは顔を見合わせ、令嬢たちは息を呑む。
その中で、クラリスはただ一人、静かに微笑みを湛えていた。
その微笑みは、決して崩れなかった。
完璧な淑女としての顔を守りながら、胸の奥では、すでに次の一手を動かし始めていた。
天井のシャンデリアが光を放ち、壁に飾られた大理石の彫刻が柔らかく輝いている。
色とりどりのドレスに身を包んだ貴族たちが集まり、今宵も華やかな夜が始まった。
その中心に、王太子ユリウスとクラリスが並んで立っていた。
ユリウスはブルーグレーの髪をきちんと整え、深いブルーの瞳を夜会にふさわしい柔和な笑顔で飾っている。
一方、クラリスはエメラルドの瞳を静かに輝かせ、金色の髪をまとめ上げ、純白に翡翠色の刺繍が施されたドレスに身を包んでいた。
誰が見ても、この二人は理想の婚約者同士に映った。
「今夜も、皆さまが楽しんでくださって何よりです」
クラリスは貴族たちの前で、穏やかに微笑みかける。
その姿に、周囲の令嬢たちは憧れと尊敬を込めた視線を送っていた。
だが、ユリウスの心は落ち着かない。
隣で完璧にふるまうクラリスを見つめるたびに、胸の奥が締め付けられる。
彼女はどこまでも理想的だ。
しかし、その完璧さが、今の自分には重すぎた。
もう、決めなければならない。
ユリウスは静かに息を吸い、クラリスに声をかけた。
「クラリス、少し話がしたい」
「はい、殿下」
二人は大広間を離れ、隣の控え室へと向かった。
外の騒がしさが遠のき、静けさが満ちるその部屋で、ユリウスは一歩、クラリスの前に出た。
「君に……大事な話がある」
クラリスは僅かに首を傾げ、ユリウスを見つめる。
その瞳は、いつものように冷静で、揺らぎがない。
「何でしょうか?」
ユリウスは拳を握りしめた。
迷いを断ち切るように、言葉を口にする。
「僕は……クラリス、君との婚約を破棄したい」
部屋に沈黙が落ちた。
ユリウスの鼓動が速くなる。
けれど、クラリスは驚く様子もなく、ただ静かに見つめ返していた。
「理由をお聞きしても?」
「……僕には、愛する人がいる」
ユリウスは目を逸らさずに答えた。
「リナリアという少女だ。彼女と出会って、初めて心から誰かを愛したとわかった。君といると、僕は王太子でいることしかできない。でも、リナリアといると、ただの男として自由になれるんだ」
クラリスはほんの少し目を伏せたが、すぐに顔を上げた。
「そうですか」
「本来なら……解消が筋だとわかってる。でも、それじゃ都合が悪い」
ユリウスは苦しそうに言葉を続ける。
「この婚約を破棄することで、僕はリナリアと結婚する。……だから、破棄という形で、君には悪役になってもらいたい」
クラリスは目を細めたまま、返事をしない。
その沈黙が、ユリウスには何よりも重かった。
「君には非はない。それでも僕が破棄したことにしなければ、王家の立場も、リナリアの名誉も守れない」
ユリウスは拳を握りしめ、必死に続けた。
「……頼む。君ならわかってくれるはずだ」
しばらくの沈黙のあと、クラリスは小さく笑った。
その笑みは、穏やかで、けれどどこか遠い。
「わかりました。殿下のご意思なら、私は婚約破棄を受け入れましょう」
ユリウスはほっと息を吐きかけたが、その次の言葉に動きを止めた。
「ただし、最後まで優しい王太子を演じきってくださいね……私を捨てたその優しさで、リナリア様を幸せにできるのなら」
その声は穏やかだった。
ユリウスは思わず息をのんだ。もっと怒られると思っていた。拒絶されると覚悟していた。
「あ、ああ……もちろん。僕は彼女を幸せにする。だが、君は怒らないのか?」
「怒る理由がありません」
クラリスは静かに微笑んだ。
「殿下が誰を愛そうと、それは殿下の自由です」
その笑顔に、ユリウスは戸惑った。
「本当に……それでいいのか?」
「ええ」
クラリスは一歩前に出て、ユリウスの瞳をまっすぐに見つめた。
「そんなに好きなら、そっちへ行けば?」
その言葉は、いつもの柔らかな淑女の仮面ではなく、むき出しの本音だった。
冷たくもなく、優しくもなく、ただ淡々と。
けれど、だからこそ痛烈に胸に刺さった。
ユリウスは、いつものように微笑み返されると思っていた。
取り繕うような、社交の仮面で受け流されるはずだった。
なのに今目の前にいるクラリスは、どこまでも静かで、けれど揺るがない意志をその瞳に宿していた。
言葉を失ったまま、ユリウスはその顔を見つめ返すしかなかった。
そこには、かつて知っていたはずのクラリスではない、知らない彼女がいた。
その後、二人は何も言わずに部屋を出た。
ユリウスは再び大広間へ戻り、正式に婚約破棄を宣言する。
驚きとざわめきが、社交界の華やかな場を一気に塗りつぶしていく。
「僕は、クラリス・ヴェルディとの婚約を破棄する」
ユリウスは静かに、だがはっきりと告げた。
「これからは、愛する女性と共に生きていく」
会場は騒然とした。
貴族たちは顔を見合わせ、令嬢たちは息を呑む。
その中で、クラリスはただ一人、静かに微笑みを湛えていた。
その微笑みは、決して崩れなかった。
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