【完結】そんなに好きなら、そっちへ行けば?

雨雲レーダー

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揺れる社交界

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 婚約破棄の宣言から、わずか一晩。
 クローネンブルク王国の社交界は、まるで嵐が吹き荒れたかのように騒然としていた。

 大広間で響いたユリウスの言葉は、一夜にして王宮中に広まり、翌日には貴族たちの間で噂が飛び交った。
 誰もが一様に驚き、信じられないという顔をしていた。

「まさか、あの完璧なクラリス様が婚約破棄されるなんて」

「相手は平民だって話よ。信じられる?」

「リナリアとかいう少女らしいわ。市場で花屋をしているとか」

 誰もが口を揃えて、クラリスへの同情とリナリアへの軽蔑を語った。
 平民風情が、侯爵令嬢の立場を奪ったなどと、信じたくない者も多かった。
 だが、その渦中の本人であるクラリスは、何も語らなかった。

 その日、クラリスはヴェルディ侯爵邸の庭園にいた。
 鮮やかな緑に囲まれた中、エメラルドの瞳は遠くを見つめている。

「……思ったより早かったわね」

 小さくつぶやきながら、クラリスは一輪のバラに手を伸ばした。
 花びらをそっと指でなぞる。その仕草は優雅で、何も変わらない日常を装っていた。
 だが、内心は静かに燃えていた。

「クラリス様、お客様がお見えです」

 侍女が声をかけてきた。
 クラリスは微笑みを崩さずに答える。

「どなたかしら?」

「ヴァルシュタイン公爵家のレオン様です」

 その名前に、クラリスの瞳がわずかに揺れた。

「お通しして」

 間もなく、庭園の石畳を静かに歩く一人の青年が現れた。
 銀髪が柔らかく揺れ、紫の瞳が静かにクラリスを見つめている。
 クローネンブルク王国の名門、公爵家の嫡男レオン・ヴァルシュタイン。

「クラリス・ヴェルディ侯爵令嬢」

 レオンは無駄のない動きで一礼した。
 クラリスも同じように微笑み、応える。

「ごきげんよう、ヴァルシュタイン公爵子息様。お越しいただけるとは思いませんでした」

「こういう時こそ、礼儀は大切でしょう」

 レオンは短く答え、ベンチに腰を下ろす。
 その動きに隙はない。

「さて、どのようなお話を?」

 クラリスは笑みを浮かべたまま尋ねた。

 レオンは少しの間、クラリスをじっと見つめた。
 その視線は、何かを測るような静けさを帯びている。
 だが、クラリスは動じなかった。

「……今回の件、噂はすでに耳にしています」

「それは光栄です」

「君は、どう思う?」

 レオンは遠慮なく切り込んだ。

 クラリスは微笑みを深め、わずかに首を傾げた。

「婚約破棄された令嬢が、どんな気持ちかってことでしょうか? 泣いて、怒って、喚き散らすとでも?」

「いや、君は違う」

 レオンの紫の瞳が鋭く光った。
 クラリスは、そのまま静かに息を吐いた。

「ええ。私にはもっと大事なことがありますから」

「たとえば?」

「この国の未来。あなたも、そうでしょう?」

 その言葉に、レオンは小さく目を細める。
 二人の間に、言葉にならない共鳴が流れた。

「……なるほど」

 レオンは納得したように頷いた。

「君は、王家が今のままでいいと思っていない」

「思っていないのは、あなたもでしょう?」

 クラリスの瞳は涼やかにレオンを見つめた。
 その奥に隠された決意が、レオンの胸に静かに響く。

「ならば、力を貸そう」

 レオンははっきりと言った。
 クラリスはその言葉を受け止め、緩やかに微笑んだ。

「嬉しいわ。そのお申し出、ありがたくいただきます」

 二人の間に、静かに協力関係が結ばれた。
 その日から、クラリスとレオンは、王家に対抗するための準備を密かに進めていくことになる。

 社交界がまだ、騒ぎに夢中になっているその裏で。
 新たな時代の火種が、静かに燃え始めていた。
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