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密かな接触
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王宮の裏庭にある旧離宮。
かつては賓客を迎えるために使われていたが、今では使われることもなく、静まり返っていた。
けれど今夜、その古びた建物の一室には、確かな気配があった。
クラリスとレオンが、誰にも見つからぬように薄暗い回廊を抜け、そこへ足を踏み入れる。
そして、その部屋の奥に立っていたのが、王弟ジークフリート・クローネンブルク。
王族特有のブルーグレーの髪を短く整えた整然とした青年。
気品を持ちながらも、彼の金色の瞳には、王宮に巣食う虚飾を見透かすような冷たさがあった。
「お集まりいただき、感謝します。ジークフリート殿下」
クラリスが丁寧に一礼すると、ジークフリートはわずかに頷いた。
「君たちがここまで用意してきた筋書き。そろそろ、続きを見せてくれる頃だと思っていた」
彼の口調は感情の起伏が少なく、事務的であるようでいて、全てを測っているような圧があった。
レオンが一歩前に出る。
「殿下、我々の目的はただ一つ。王家の腐敗を暴き、国を立て直すことです」
「ならば、まずは君たちの正義が、どれほど現実に耐えうるかを見極めねばなるまい」
ジークフリートはそう言って、部屋の隅に置かれた椅子へと腰を下ろす。
「さて、話を聞こう。王家の内側にいた者として、聞くだけの価値はあるだろう」
クラリスは書類の束を差し出す。
各地の領主から届いた報告書。増税、徴収の強化、そして不可解な王命による商人潰し。
それらが一貫して王室直轄の金庫に繋がっている証拠だった。
「民が苦しんでいます。殿下の目に、それはどう映っておいでですか?」
ジークフリートは一枚ずつ書類に目を通し、静かに返す。
「ここに記されていることは知っている。王のやり方は古く、そして貪欲だ。だがそれを支えているのは、民の諦めと恐れだ。君たちはその壁を越えられると?」
「越えます」
クラリスの声は冷静で、静かだが強い意志を宿していた。
「リナリアの存在が、それを可能にするでしょう。……そして、殿下のお力添えがあれば」
その名が出たとき、ジークフリートの瞳がかすかに動いた。
「平民の娘が王太子の心を掴んだ。世論は純愛という美名に踊らされている。……だが、あの娘の背後に何があるか、私は見ていないとは言っていない」
その一言に、クラリスの瞳が揺れる。
ジークフリートは、リナリアの正体に気づいている。
あるいは、すでに確信に近いものを持っているのかもしれない。
「あなたは……リナリアを利用しようと?」
「利用しようとしているのは君たちだろう、クラリス・ヴェルディ」
ジークフリートは薄く笑った。
「私の興味はただ一つ。壊すべきものを、どれほど正確に見極められるか。そして、その後に何を築く覚悟があるのか」
沈黙が流れる。
その静寂を破ったのは、レオンの声だった。
「殿下。王政がこのまま続けば、国は確実に腐ります。未来は、築かねば訪れません」
「ならば……私はそれを見届けよう」
ジークフリートは椅子から立ち上がる。
「クラリス、レオン。君たちに機会を与えよう。王家に一石を投じ、風を変える証拠を集めろ。私はそれを国政会議に提出する」
「……それは、あなたが私たちの側につくということですか?」
「それはまだわからない」
ジークフリートはそう返し、ゆっくりと二人の前を通り過ぎる。
「私はただ、王弟として最も合理的な選択を取るだけだ」
部屋の扉が静かに閉じる音が響いた。
クラリスは深く息を吐き、レオンと視線を交わす。
「……少なくとも、時間は稼げたわね」
「ああ。これで次の一手に踏み込める」
二人の間に交わされたのは、言葉以上の覚悟。
この日、王家に対抗する小さな火が、確かに灯されたのだった。
かつては賓客を迎えるために使われていたが、今では使われることもなく、静まり返っていた。
けれど今夜、その古びた建物の一室には、確かな気配があった。
クラリスとレオンが、誰にも見つからぬように薄暗い回廊を抜け、そこへ足を踏み入れる。
そして、その部屋の奥に立っていたのが、王弟ジークフリート・クローネンブルク。
王族特有のブルーグレーの髪を短く整えた整然とした青年。
気品を持ちながらも、彼の金色の瞳には、王宮に巣食う虚飾を見透かすような冷たさがあった。
「お集まりいただき、感謝します。ジークフリート殿下」
クラリスが丁寧に一礼すると、ジークフリートはわずかに頷いた。
「君たちがここまで用意してきた筋書き。そろそろ、続きを見せてくれる頃だと思っていた」
彼の口調は感情の起伏が少なく、事務的であるようでいて、全てを測っているような圧があった。
レオンが一歩前に出る。
「殿下、我々の目的はただ一つ。王家の腐敗を暴き、国を立て直すことです」
「ならば、まずは君たちの正義が、どれほど現実に耐えうるかを見極めねばなるまい」
ジークフリートはそう言って、部屋の隅に置かれた椅子へと腰を下ろす。
「さて、話を聞こう。王家の内側にいた者として、聞くだけの価値はあるだろう」
クラリスは書類の束を差し出す。
各地の領主から届いた報告書。増税、徴収の強化、そして不可解な王命による商人潰し。
それらが一貫して王室直轄の金庫に繋がっている証拠だった。
「民が苦しんでいます。殿下の目に、それはどう映っておいでですか?」
ジークフリートは一枚ずつ書類に目を通し、静かに返す。
「ここに記されていることは知っている。王のやり方は古く、そして貪欲だ。だがそれを支えているのは、民の諦めと恐れだ。君たちはその壁を越えられると?」
「越えます」
クラリスの声は冷静で、静かだが強い意志を宿していた。
「リナリアの存在が、それを可能にするでしょう。……そして、殿下のお力添えがあれば」
その名が出たとき、ジークフリートの瞳がかすかに動いた。
「平民の娘が王太子の心を掴んだ。世論は純愛という美名に踊らされている。……だが、あの娘の背後に何があるか、私は見ていないとは言っていない」
その一言に、クラリスの瞳が揺れる。
ジークフリートは、リナリアの正体に気づいている。
あるいは、すでに確信に近いものを持っているのかもしれない。
「あなたは……リナリアを利用しようと?」
「利用しようとしているのは君たちだろう、クラリス・ヴェルディ」
ジークフリートは薄く笑った。
「私の興味はただ一つ。壊すべきものを、どれほど正確に見極められるか。そして、その後に何を築く覚悟があるのか」
沈黙が流れる。
その静寂を破ったのは、レオンの声だった。
「殿下。王政がこのまま続けば、国は確実に腐ります。未来は、築かねば訪れません」
「ならば……私はそれを見届けよう」
ジークフリートは椅子から立ち上がる。
「クラリス、レオン。君たちに機会を与えよう。王家に一石を投じ、風を変える証拠を集めろ。私はそれを国政会議に提出する」
「……それは、あなたが私たちの側につくということですか?」
「それはまだわからない」
ジークフリートはそう返し、ゆっくりと二人の前を通り過ぎる。
「私はただ、王弟として最も合理的な選択を取るだけだ」
部屋の扉が静かに閉じる音が響いた。
クラリスは深く息を吐き、レオンと視線を交わす。
「……少なくとも、時間は稼げたわね」
「ああ。これで次の一手に踏み込める」
二人の間に交わされたのは、言葉以上の覚悟。
この日、王家に対抗する小さな火が、確かに灯されたのだった。
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