【完結】そんなに好きなら、そっちへ行けば?

雨雲レーダー

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囁きと揺さぶり

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 王都の中央で賑わいを見せる社交場がある。その名も白銀のサロン。
 その名の通り、内装は白を基調とし、銀の装飾が施された気品ある空間だ。
 昼下がりのサロンには、貴族たちが集い、紅茶の香りと共に、さまざまな噂が飛び交っていた。

「最近、南方の領地で商人の取り潰しが続いているとか」

「ええ。しかも、それがどうやら王家の命令だって話」

「まさか。あの王家が、そこまで露骨な真似を?」

「いや、証拠があるらしいのよ。さるお方が、何か掴んでいるって」

 囁き声が次第に広がり、王家の名前がちらちらと話題の中に混ざっていく。
 表向きはまだ誰も明言はしない。
 だが、王家の絶対性が少しずつ崩れていることを、多くの者が感じ始めていた。

 その噂の中心にいる人物、クラリス・ヴェルディは、今まさに別の貴族邸で情報収集を終えたところだった。

「思ったより反応が早いわね」

 クラリスは屋敷を出た帰り道、隣を歩くレオンにそう言った。

「火をつけるだけなら簡単だ。問題は、それをどう制御するかだな」

「火が広がりすぎたら、王家だけじゃなく、私たちも巻き込まれる」

 クラリスは真顔でそう言ったが、その瞳には迷いはなかった。
 レオンは横目で彼女を見ながら、少し口元を緩める。

「そのときは、俺が君を守る」

「……さらっと言いますね」

「本気だよ」

 その言葉に、クラリスはわずかに頬を紅らめ、すぐに顔を戻した。

 火は、確かに広がり始めている。
 王家を取り巻く空気は、これまでとは違っていた。



 一方――。

 王宮の執務室では、ユリウスが机の上に広がった報告書に目を通していた。
 眉間には深い皺が寄っている。

「またか……」

 手にしていたのは、最近になって急増した王家に対する風聞の報告。
 貴族たちの不信、商人たちの反発、市井に広がりつつある噂。
 それらが今、目に見える形で自分の周囲に押し寄せている。

「こんな時、クラリスならどうしていたのか」

 ふとその名を口にした瞬間、胸の奥にわずかな痛みが走った。
 政務に行き詰まったとき、判断に迷ったとき、ユリウスはよくクラリスに相談していた。
 彼女は一歩引いた冷静な目線で物事を見てくれて、時には鋭く、時には柔らかく意見をくれた。
 その静かな笑顔と穏やかな声が、今でも脳裏に浮かぶ。
 けれど、その記憶は今の彼にとって、苦く、どこか遠いものだった。

「本当に……どうしたものか」

 ユリウスは椅子にもたれ、天井を見上げた。
 リナリアとの時間は確かに幸せだった。
 けれど、その幸せを手に入れた代わりに、自分が手放したものの大きさに気づくのが遅すぎた。

「殿下」

 扉の外から声がして、側近が入室する。

「ご報告を。ヴァルシュタイン公爵家の者が、また情報の取引を行っていたとの情報が入りました」

「……レオン・ヴァルシュタインか」

 ユリウスの目がわずかに細められる。
 あの寡黙で冷静な男の、鋭い視線を思い出す。
 最近になって、政務の場でも社交の場でもクラリスと頻繁に顔を合わせているという噂は、耳にしていた。

 何を考えているのかは読めないが、クラリスと距離を縮めているのは明らかだった。

「動くべきか……?」

 呟いた声に、誰も答えない。
 答えを出すべきなのは、王太子であるユリウス自身だった。

 だが、彼はまだ決めかねていた。



 その頃――。

 ヴェルディ侯爵邸では、クラリスが机に向かい、次の手を思案していた。
 地図と書簡が広げられ、レオンの字で書かれたメモが添えられている。

「王家の財務記録……抜け落ちた分はここに向かってる……?」

 指先が地図の一点を指し、クラリスは目を細める。

「やっぱり、決定打が必要ね。中途半端では崩せない」

 その声に、隣で控えていたマリアが、心配そうに問いかけた。

「お嬢様……本当に、ここまでなさるおつもりですか?」

「当然よ。私は……選んだの」

 クラリスは、ほんの少しだけレオンからのメモを撫でるように見つめた。
 その視線には、ただの政治的な連携以上の、信頼と何か未だ名前のつかない感情が宿っていた。

「正義のためだけじゃない。私は、私自身の手で、この国の未来を決める一手になりたいの」

 その瞳に宿る決意だけが、静かに揺るがぬ未来を照らしていた。
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