【完結】そんなに好きなら、そっちへ行けば?

雨雲レーダー

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確かな温もり

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 夜の帳が静かに降りた。
 王宮の外では、かすかな風の音と、遠くの衛兵の足音だけが響いている。
 リナリアの部屋の中は、それすら届かないほど静かだった。

 ベッドの上で、リナリアは目を閉じていた。
 すでに会話を交わす力は残されていない。
 けれど、その表情は穏やかで、まるで微笑んでいるようにすら見えた。

 クラリスは彼女の枕元に座り、そっと手を握っていた。
 もう何度目になるか分からないその仕草を、クラリスは今も変わらずに繰り返している。

「リナリア。今、部屋にはあなたの好きなラベンダーを飾ってるの。覚えてる?」

 クラリスは優しく囁いた。
 返事はない。けれど、リナリアの指が、かすかに動いた気がした。

「この香りが落ち着くって、よく言ってたじゃない」

 隣にいたレオンは、静かに立ち上がり、ベッドの傍に近づいた。
 リナリアの細くなった指先を、そっと包み込む。

「リナリア」

 レオンは静かに呼びかける。
 微かな息が、リナリアの唇から漏れた。
 それはまるで、最後の返事のようだった。

「君が残してくれたものは、俺たちが引き継ぐ」

 レオンの声は静かで、けれどしっかりとした確信に満ちていた。

「君の復讐は、終わった。もう何も背負わなくていいんだ」

 その言葉に、クラリスがゆっくりと頷く。

「あなたの思いは、私たちが背負っていく」

 そのときだった。
 リナリアの胸が、ひときわ大きく上下し、そして静かに止まった。

 空気が変わった。
 風がぴたりと止んだような静寂が部屋を包む。

 クラリスはリナリアの手を握ったまま、目を閉じた。
 胸の奥が痛いほど締めつけられて、とめどなく涙が溢れてくる。

 レオンもまた、何も言わなかった。
 ただリナリアの手を、あたためるようにずっと握ったままにしていた。

 その指先は、もう動かない。
 けれど、ほんのかすかに、彼女のぬくもりがそこに残っていた。

 少しして、クラリスが立ち上がる。
 そして机の上に置かれていた、小さな木箱を開いた。
 リナリアにそうしてくれと頼まれていたからだ。

 中には、一通の手紙があった。
 表には、クラリスの名が記されている。

 封を開けて、静かに読み上げる。

『お姉様へ
 私を見捨てずにいてくれて、ありがとう。
 私が弱いふりをしていたときも、怒っていたときも、本当の私はずっとあなたの隣にいた。
 私が果たせなかった夢を、あなたが繋いでくれたら、それが一番の幸せです』

 クラリスの手が、わずかに震えた。
 その震えを見て、レオンがそっと肩に手を置く。

「クラリス」

「……平気よ。でも、悔しい」

 クラリスは目を伏せ、涙を堪えた。

「だって、本当に、どうしてリナリアが……」

 誰も答えることはできなかった。
 けれど、部屋の空気には、確かな別れが満ちていた。

 ともに包まれていたハンカチに目を落とす。
 繊細な刺繍が、端にひっそりと縫い込まれていた。

「きっとこれは、あなたに渡すつもりだったのね」

 クラリスはそっとレオンの手にハンカチを差し出す。

「この花は……リナリアか?」

 レオンが、そっと指先で白色の花に触れる。

「ええ。リナリアの花言葉をご存知?」

「ああ……知っている」

 その一言に、沈黙が落ちた。

「……あの子、最後まであなたに渡せなかったのね。ほんと、どうしようもない子」

 堪えていたものが音もなく溢れ、とめどなく流れる涙が頬を伝う。
 悔しさと、愛しさと、どうしようもない悲しみが胸を満たしていく。

 リナリア・ヴェルディ。
 この国に最も優しい復讐を刻んだ少女は、静かに眠りについた。
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