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交わるはずのなかった視線 ※リナリア
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クラリス・ヴェルディ邸の応接間に座るリナリアの胸は、静かに締めつけられるような感覚に包まれていた。
落ち着いた色合いの壁紙と格式ある家具に囲まれた空間は、華やかでありながらも、今の彼女にはどこか遠い世界のものに思えた。
膝の上に置いた両手がかすかに震えているのを、自分でもはっきりと感じていた。
震えが伝わらないよう、指先にそっと力を込める。
「緊張しなくても大丈夫よ。今日はあなたを責める人はいないわ」
隣に座るクラリスが、静かに声をかけた。
その声音は変わらず穏やかで、リナリアの心を少しだけ和らげる。
クラリスは彼女の従姉であり、家族同然に育った存在だった。
けれど、ただの親戚というだけではない。クラリスはリナリアにとって、かけがえのない支えでもあった。
十五年前、アルメリア伯爵家が王家の策略によって陥れられたとき、リナリアの両親は冤罪によって処刑され、領地も財産も全て奪われた。
ただ一人生き延びたリナリアを、ヴェルディ家が庇護してくれた。
両家の親同士が古くから親しい間柄だったこともあり、クラリスは実の姉のようにリナリアに寄り添い続けてくれた。
幼い頃のリナリアは、いつもクラリスの背中を追いかけていた。
こうして今日も彼女がここに座っていられるのは、すべてクラリスのおかげだった。
だが、今日のリナリアは、あの頃のような無垢な妹ではいられない。
これから会う人物は、この国を変える力を持っている。その協力を仰ぐため、リナリアはアルメリア伯爵家の生き残りとして、この場にいる。
扉の向こうから、控えの使用人の声が響いた。
「ヴァルシュタイン公爵子息、レオン・ヴァルシュタイン様がお越しです」
「お通しして」
クラリスの声が応えると、扉が静かに開いた。
その瞬間、室内の空気が変わった。
レオン・ヴァルシュタイン。
王族や貴族の間で冷静無比と知られるヴァルシュタイン公爵家の子息。
軍服に身を包んだその立ち姿は、まさに気高き貴族そのものだった。
銀髪が光を受けて淡く輝き、紫の瞳が一瞬、室内を見渡す。
その視線がリナリアに向けられた瞬間、彼女の心臓は大きく跳ね上がった。
だが、レオンはすぐにクラリスへと目を移し、静かに挨拶を交わす。
「ごきげんよう、クラリス・ヴェルディ侯爵令嬢。お招きありがとうございます」
「こちらこそ、わざわざお越しいただき感謝いたします」
二人は流れるように礼を交わす。
その無駄のない所作を見て、リナリアは噂以上の威圧感を感じ、息を呑んだ。
震えを隠すように、彼女は手を膝の上でぎゅっと組み直した。
「本日は、少々込み入った話をさせていただきます」
クラリスが柔らかく声をかけ、応接間の空気を少し和らげる。
「レオン様、王家の不正について、すでに耳にされているかと思います」
「ああ、噂程度には」
レオンは淡々と答える。
その紫の瞳がふとリナリアに向けられた。
視線が交わることに恐れを感じたリナリアは、俯いたまま身動きが取れなかった。
「この令嬢は?」
レオンが問いかけると、クラリスは静かに答えた。
「彼女の本当の名は、リナリア・アルメリア。かつてこの国に存在したアルメリア伯爵家の、ただ一人の生き残りです」
レオンの瞳がわずかに細められる。
無表情のその瞳の奥で、何を考えているのかは読み取れない。
「王家がアルメリア伯爵家を陥れたのは、十五年前のことです。リナリアの両親は反逆罪の名のもとに処刑され、領地も奪われました。ですが、その罪はすべて冤罪。王家が資産を横取りするための口実に過ぎません」
クラリスが淡々と語るその言葉に、リナリアは静かに呼吸を整える。
十五年前の記憶が胸を締めつける。
忘れようとしても、決して忘れられない光景だった。
「……証拠は?」
レオンの低く響く声に、クラリスは机の上に用意していた書類を手に取り、彼へと差し出した。
「いくつかは既に手元にあります。ですが、王家を追い詰めるにはあなたの協力が必要です。あなたの調査網と人脈、それがあれば、この国を変えることができる」
レオンは無駄のない動きで資料に目を通す。
やがて、リナリアへと視線を戻した。
「君は……どうしたい?」
突然の問いかけに、リナリアは顔を上げる。
紫の瞳に射抜かれたような感覚だった。
何度も胸の内で繰り返してきた言葉が、喉に詰まって出てこない。
それでも、リナリアは必死に声を絞り出す。
「私は……この国を変えたい」
かすれた声。
「家族を奪った王家に、自分の痛みを知ってもらいたい」
レオンはしばらく彼女を見つめ、そして静かに息を吐いた。
「情では動かない」
その言葉はリナリアの耳に冷たく響いた。ただ、事実をまっすぐに告げる声だった。
リナリアはわずかに肩を落とした。やはり、彼は噂通りの人だ。
しかし、レオンはすぐに言葉を続けた。
「だが、君を利用するつもりもない」
はっと顔を上げると、ふと紫の瞳が優しさを滲ませる。
「協力はしよう。証拠が確かなら、動く価値がある」
その一言に、リナリアは小さく息を吐く。
わずかに肩の力が抜け、胸の奥に安堵が広がった。
レオンは立ち上がり、クラリスに一礼する。
「必要な時は連絡を。詳しい話はまた後日」
「ええ、感謝いたします」
扉が静かに閉まり、レオンの足音が遠ざかっていく。
リナリアはそっと胸に手を当てた。
あの紫の瞳に、一瞬だけ宿った微かな温かさ。それが胸の奥に残り、なぜか離れなかった。
落ち着いた色合いの壁紙と格式ある家具に囲まれた空間は、華やかでありながらも、今の彼女にはどこか遠い世界のものに思えた。
膝の上に置いた両手がかすかに震えているのを、自分でもはっきりと感じていた。
震えが伝わらないよう、指先にそっと力を込める。
「緊張しなくても大丈夫よ。今日はあなたを責める人はいないわ」
隣に座るクラリスが、静かに声をかけた。
その声音は変わらず穏やかで、リナリアの心を少しだけ和らげる。
クラリスは彼女の従姉であり、家族同然に育った存在だった。
けれど、ただの親戚というだけではない。クラリスはリナリアにとって、かけがえのない支えでもあった。
十五年前、アルメリア伯爵家が王家の策略によって陥れられたとき、リナリアの両親は冤罪によって処刑され、領地も財産も全て奪われた。
ただ一人生き延びたリナリアを、ヴェルディ家が庇護してくれた。
両家の親同士が古くから親しい間柄だったこともあり、クラリスは実の姉のようにリナリアに寄り添い続けてくれた。
幼い頃のリナリアは、いつもクラリスの背中を追いかけていた。
こうして今日も彼女がここに座っていられるのは、すべてクラリスのおかげだった。
だが、今日のリナリアは、あの頃のような無垢な妹ではいられない。
これから会う人物は、この国を変える力を持っている。その協力を仰ぐため、リナリアはアルメリア伯爵家の生き残りとして、この場にいる。
扉の向こうから、控えの使用人の声が響いた。
「ヴァルシュタイン公爵子息、レオン・ヴァルシュタイン様がお越しです」
「お通しして」
クラリスの声が応えると、扉が静かに開いた。
その瞬間、室内の空気が変わった。
レオン・ヴァルシュタイン。
王族や貴族の間で冷静無比と知られるヴァルシュタイン公爵家の子息。
軍服に身を包んだその立ち姿は、まさに気高き貴族そのものだった。
銀髪が光を受けて淡く輝き、紫の瞳が一瞬、室内を見渡す。
その視線がリナリアに向けられた瞬間、彼女の心臓は大きく跳ね上がった。
だが、レオンはすぐにクラリスへと目を移し、静かに挨拶を交わす。
「ごきげんよう、クラリス・ヴェルディ侯爵令嬢。お招きありがとうございます」
「こちらこそ、わざわざお越しいただき感謝いたします」
二人は流れるように礼を交わす。
その無駄のない所作を見て、リナリアは噂以上の威圧感を感じ、息を呑んだ。
震えを隠すように、彼女は手を膝の上でぎゅっと組み直した。
「本日は、少々込み入った話をさせていただきます」
クラリスが柔らかく声をかけ、応接間の空気を少し和らげる。
「レオン様、王家の不正について、すでに耳にされているかと思います」
「ああ、噂程度には」
レオンは淡々と答える。
その紫の瞳がふとリナリアに向けられた。
視線が交わることに恐れを感じたリナリアは、俯いたまま身動きが取れなかった。
「この令嬢は?」
レオンが問いかけると、クラリスは静かに答えた。
「彼女の本当の名は、リナリア・アルメリア。かつてこの国に存在したアルメリア伯爵家の、ただ一人の生き残りです」
レオンの瞳がわずかに細められる。
無表情のその瞳の奥で、何を考えているのかは読み取れない。
「王家がアルメリア伯爵家を陥れたのは、十五年前のことです。リナリアの両親は反逆罪の名のもとに処刑され、領地も奪われました。ですが、その罪はすべて冤罪。王家が資産を横取りするための口実に過ぎません」
クラリスが淡々と語るその言葉に、リナリアは静かに呼吸を整える。
十五年前の記憶が胸を締めつける。
忘れようとしても、決して忘れられない光景だった。
「……証拠は?」
レオンの低く響く声に、クラリスは机の上に用意していた書類を手に取り、彼へと差し出した。
「いくつかは既に手元にあります。ですが、王家を追い詰めるにはあなたの協力が必要です。あなたの調査網と人脈、それがあれば、この国を変えることができる」
レオンは無駄のない動きで資料に目を通す。
やがて、リナリアへと視線を戻した。
「君は……どうしたい?」
突然の問いかけに、リナリアは顔を上げる。
紫の瞳に射抜かれたような感覚だった。
何度も胸の内で繰り返してきた言葉が、喉に詰まって出てこない。
それでも、リナリアは必死に声を絞り出す。
「私は……この国を変えたい」
かすれた声。
「家族を奪った王家に、自分の痛みを知ってもらいたい」
レオンはしばらく彼女を見つめ、そして静かに息を吐いた。
「情では動かない」
その言葉はリナリアの耳に冷たく響いた。ただ、事実をまっすぐに告げる声だった。
リナリアはわずかに肩を落とした。やはり、彼は噂通りの人だ。
しかし、レオンはすぐに言葉を続けた。
「だが、君を利用するつもりもない」
はっと顔を上げると、ふと紫の瞳が優しさを滲ませる。
「協力はしよう。証拠が確かなら、動く価値がある」
その一言に、リナリアは小さく息を吐く。
わずかに肩の力が抜け、胸の奥に安堵が広がった。
レオンは立ち上がり、クラリスに一礼する。
「必要な時は連絡を。詳しい話はまた後日」
「ええ、感謝いたします」
扉が静かに閉まり、レオンの足音が遠ざかっていく。
リナリアはそっと胸に手を当てた。
あの紫の瞳に、一瞬だけ宿った微かな温かさ。それが胸の奥に残り、なぜか離れなかった。
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