実家の裏庭がダンジョンだったので、口裂け女や八尺様に全自動で稼がせて俺は寝て暮らす〜元社畜のダンジョン経営〜

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第4話 熱湯風呂はゴブリンに効果抜群でした

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 警報が鳴っている。

 翌朝のことだった。
 俺は縁側で味噌汁をすすっていた。
 ミレイが温めてくれた朝食。具はワカメと豆腐。
 買い置きのインスタントだが、怪異が作ると妙に美味い。

 ちなみに、この買い置きもそろそろ底が見えてきた。
 食料問題は近いうちに何とかしないといけない。

 スマホの通知は見ていない。
 どうせ増えている。昨日より確実に。

 平和だ。
 最高だ。
 と思っていた矢先のことだった。

『緊急警報』
『ダンジョン第1階層に異常発生』
湧出ゆうしゅつサイクルにエラーが発生しました』

 青白いホログラムが視界に割り込んできた。
 見慣れたDMSのUIだ。
 だが、文字色が赤く点滅している。

「……なんだ?」

 味噌汁を置いて立ち上がる。
 画面をスワイプすると、詳細が表示された。

『━━━━━━━━━━━━━━━━━
   【システムエラー】
━━━━━━━━━━━━━━━━━
原因:湧出タイマーの同期ズレ
結果:約10日分の敵が一括出現
現在の敵数:ゴブリン×32体
推奨対応:即時撤退
━━━━━━━━━━━━━━━━━』

 32体。

 俺は数字を二度見した。
 昨日は3体だった。今日は32体。
 約10倍。

「……は?」

「どうしたの?」

 ミレイが台所から顔を出した。
 エプロン姿。似合っている。
 いや、そうじゃない。

「バグだ」

「バグ?」

「システムエラーで、ゴブリンが大量発生した。32体」

 ミレイの表情が固まった。
 マスクの奥で、裂けた口がわずかに開く。

「……それ、私一人じゃ無理よ」

「だろうな」

 ミレイは強い。物理無効だし、スタン技もある。
 だが32体を同時に相手にするのは話が別だ。
 スタン中に別の個体が逃げたら、追いきれない。

「逃げる?」

「却下」

 俺は即答した。

「なんで!? 死ぬわよ!?」

「逃げたら32体分の魔石が消える」

「命と魔石、どっちが大事なの!?」

「魔石」

 ミレイが絶句した。
 口が開いたり閉じたりしている。
 何か言いたそうだが、言葉が出てこないらしい。

 俺は腕を組んで考えた。

 32体。
 1体100DPだから、全部倒せば3200DP。
 今の手持ちが20DPだから、合計3220DP。

 ターボババアの召喚に必要なのは500DP。
 余裕でお釣りが来る。

 5日かかる予定が、1日で終わる。
 バグのおかげで。

「……魔石稼ぎのチャンスだ」

「は?」

「予定外の敵が大量に出てきた。普通なら災害だが、俺たちにとっては臨時収入だ」

「これ災害よ……」

「災害を収入に変えるのが経営だ」

 俺は土蔵に向かって歩き出した。
 ミレイが慌ててついてくる。

     ◆

 土蔵の扉を開けると、異様な気配が漂ってきた。

 奥の空間がゆがんでいる。
 いつもの青白い光ではなく、どす黒い瘴気しょうきが渦巻いている。
 地鳴りのような音。複数の足音。

 ゴブリンの群れだ。

「うわ……」

 ミレイが顔をしかめた。

「数が多すぎる。正面からは無理よ」

「知ってる」

 俺はUIを開き、ダンジョンの構造を確認した。
 第1階層は単純な一本道。
 入口から奥まで、幅3メートルの回廊が続いている。

 一本道。
 つまり、入口をふさげば逃げ場がない。

「ミレイ、質問だ」

「何?」

「お前、熱いのは平気か?」

「……は?」

「熱湯とか」

 ミレイが怪訝けげんな顔をした。

「怪異だから、温度は感じないわ。物理的な影響を受けないし」

「完璧だ」

 俺はにやりと笑った。
 ミレイの目が不安げに揺れる。

「……何を考えてるの?」

「防衛戦だ。敵を一箇所に集めて、まとめて処理する」

     ◆

 裏庭に戻る。

 昨日設置したひのきの露天風呂。
 魔導給湯ユニット。280DP。

 俺はUIを操作して設定画面を開いた。

『魔導給湯ユニット 設定メニュー』
『温度:42℃(現在)』
『温度上限:100℃』
『警告:60℃以上は火傷の危険があります』

「温度上限、100℃まで上がるのか」

 俺は感心した。
 さすが魔導製品。安全装置が甘い。

「待って」

 ミレイが俺の袖を掴んだ。

「まさか……」

「ああ」

 俺は給湯ユニットからホースを引っ張り出した。
 本来は浴槽に湯を注ぐためのものだ。
 長さは十分。土蔵の入口まで届く。

「熱湯で仕留める」

「……絵面が最悪よ」

「効率的だろ」

 ミレイが深いため息をついた。
 でも、反論はしなかった。
 もう慣れたのだろう。

 俺は温度設定を100℃に変更した。

『温度を100℃に設定しますか?』
『警告:この温度は人体に致命的なダメージを与えます』
『Y/N』

「Y」

 ホースの先端から、白い蒸気が立ち上り始めた。

     ◆

 準備完了。

 俺は土蔵の入口に立ち、ホースを構えた。
 隣にはミレイ。
 ばさみを手に、回廊の奥をにらんでいる。

「作戦を説明する」

「聞くわ」

「まず、お前が奥に突っ込んで囮になれ」

「……は?」

「物理無効なんだから、囲まれても平気だろ」

「平気だけど……」

「ゴブリンを入口に誘導しろ。全員が一本道に集まったら、俺が熱湯を浴びせる」

 ミレイが俺を見た。
 目が据わっている。

「私、茹でられるわよ」

「平気なんだろ?」

「平気だけど! 気持ちの問題よ!」

「気持ちより効率だ」

 ミレイの口が開いたり閉じたりした。
 何か言いたそうだったが、結局諦めたように溜息ためいきをついた。

「……終わったらプリン3個ね」

「2個」

「3個」

「……わかった」

 交渉成立。
 ミレイは裁ち鋏を握り直し、回廊の奥へと駆け出した。

     ◆

 数秒後、絶叫が響いた。

 ゴブリンの悲鳴だ。
 複数の声が重なり、土蔵の壁が震える。

「ギャアアアアッ!」
「グギャッ!」

 足音が近づいてくる。
 多い。とても多い。

 回廊の奥から、緑色の波が押し寄せてきた。
 ゴブリンの群れ。
 棍棒こんぼうや石斧を振り回しながら、こちらに向かってくる。

 その先頭を走っているのは

「カイトォォォ! 早くゥゥゥ!」

 ミレイだった。

 長い黒髪を振り乱し、白いワンピースをひるがえしながら全力疾走している。
 追いかけてくるゴブリンの群れ。
 まるでホラー映画の1シーンだ。

 ただし、追われているのは怪異の方。

「まだだ」

 俺は冷静に数えた。
 10体、15体、20体……。

 全員が一本道に入った。
 逃げ場はない。

「今だ」

 俺はホースの栓を全開にした。

 白い蒸気。
 そして熱湯が、回廊に注ぎ込まれた。

     ◆

 地獄絵図だった。

 100℃の熱湯が、一本道に殺到するゴブリンの群れを直撃する。
 悲鳴が木霊こだまする。
 緑色の肌が赤く染まり、次々と倒れていく。

 ゴブリンは「魔物」だが、所詮は「生物」でもある。
 魔法耐性はあっても、熱耐性はない。
 人間と同じで、熱湯には勝てない。

「ギャアアアアッ!」
「グゲェッ!」

 先頭のゴブリンが倒れる。
 後続がつまずく。
 将棋倒しのように、次々と崩れていく。

 その中を、ミレイだけが平然と歩いてきた。
 白いワンピースが湯気で濡れているが、本人は涼しい顔だ。

「……ひどい作戦ね」

「効率的だろ」

「ゴブリンが可哀想になってきたわ」

「俺は可哀想じゃない」

 ミレイがあきれた顔で俺を見た。
 でも、反論はしなかった。

 30秒後。
 回廊は静まり返っていた。

 ゴブリン32体、全滅。

『━━━━━━━━━━━━━━━━━
   【討伐完了】
━━━━━━━━━━━━━━━━━
討伐数:ゴブリン×32体
獲得魔石:32個
DP変換:3200DP
現在のDP:3220
━━━━━━━━━━━━━━━━━』

 俺は満足げに頷いた。

「完璧だ」

     ◆

 片付けを終え、縁側に戻る。

 ミレイはプリンを3個並べて、黙々と食べている。
 約束通りの報酬だ。経費で落とせるといいが。

 俺はUIを開き、召喚メニューを確認した。

『従業員召喚:500DP』
『現在のDP:3220』

 十分だ。
 というか、余りすぎている。

「さて」

 俺は立ち上がった。

「ミレイ、新しい同僚を呼ぶぞ」

「……もう?」

「5日待つ予定だったが、バグのおかげで前倒しだ」

 ミレイがプリンをくわえたまま、こちらを見た。

「何を召喚するの?」

「配送担当。高速移動ができる怪異だ」

 俺は召喚ボタンをタップした。

『従業員召喚を実行しますか?』
『消費DP:500』
『接続先:地球幽界(集合的無意識)』
『Y/N』

「Y」

 光の粒子が集まり始める。
 青白い光が渦を巻き、人型を形成していく。

 そして爆風が吹いた。

 風圧で髪が乱れる。
 目を開けると、そこには

 腰の曲がった老婆が立っていた。

 白髪。しわだらけの顔。曲がった背中。
 だが、足元だけが異様だった。
 まるでエンジンのように、空気がふるえている。

 老婆がにやりと笑った。

「で、どこに届ければいいんだい?」

 ターボババア。
 時速100キロ以上で走る、都市伝説の怪異。

 配送担当、着任。

                      続く
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