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第5話 時速140キロの老婆が運ぶのは、若返りジャーキーでした
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足元から、振動が伝わってくる。
エンジンのアイドリング音に似ている。
だが、機械ではない。
老婆だ。
白髪。皺だらけの顔。曲がった腰。
どこからどう見ても、ただの婆さん。
ただし、足元の空気だけが異様に震えている。
「で、どこに届ければいいんだい?」
老婆が手を差し出す。
俺は腕を組んだまま、UIを確認した。
『━━━━━━━━━━━━━━━━━
【従業員ステータス】
━━━━━━━━━━━━━━━━━
名前:推定「タエ」
種別:都市伝説(ターボババア)
役職:未設定
最高速度:時速140km
燃費:高(魔力消費大)
備考:高速道路も余裕
━━━━━━━━━━━━━━━━━』
時速140キロ。
軽自動車より速い。
高速道路の制限速度を超えている。
「……採用」
「おや、即決かい」
「君の足なら、鮮度を保ったまま都内まで運べる」
老婆の目が光った。
職人の、鋭い目つき。
「へぇ。配達の仕事かい。いいねえ、走りがいがある」
「呼び方はどうする」
「タエでいいよ。みんなそう呼んでたからね」
タエさん。
都市伝説通りの名前だ。
「じゃあタエさん、一つ確認だ」
「なんだい?」
「走る時、目立つか?」
タエさんが首を傾げた。
「目立つも何も、走ったら見えないよ。あたしの速度じゃ、人間の目には残像すら映らないさね」
完璧だ。
目撃されない配送員。
これ以上の人材があるだろうか。
「タエさん、君は最高の物流担当だ」
「褒めたって何も出ないよ」
「出す。給料を出す」
タエさんの眉が上がった。
◆
縁側に戻ると、ミレイがプリンを舐めていた。
3個目のカップの底を、舌で掬っている。
「……行儀が悪い」
「別にいいでしょ。誰も見てないし」
「俺が見てる」
ミレイが頬を赤くして、カップを置いた。
「新しい従業員?」
「ああ。配送担当のタエさんだ」
ミレイがタエさんを見た。
タエさんもミレイを見た。
「あんた、口裂け女かい? 懐かしいねえ」
「……お婆さん、ターボババア?」
「そうさね。昔はよく追いかけっこしたもんだ」
ミレイの眉が顰められた。
「追いかけっこ?」
「ほら、あんたが車を追いかけて、あたしも別の車を追いかけて。たまに同じ道で鉢合わせしたじゃないか」
「……あれ、競争だったの?」
「違うのかい?」
怪異あるある、らしい。
都市伝説同士のニアミス。
地味に気になるが、今は置いておく。
「二人とも、本題に入る」
俺はUIを操作して、在庫画面を開いた。
『━━━━━━━━━━━━━━━━━
【在庫一覧】
━━━━━━━━━━━━━━━━━
魔石:0個(全てDP変換済み)
ゴブリンの皮:32枚
ゴブリンの肉:約50kg
ゴブリンの骨:多数
━━━━━━━━━━━━━━━━━』
昨日の大量討伐の副産物。
魔石はDPに変えたが、素材は丸ごと残っている。
「これを売る」
ミレイが顔をしかめた。
「こんな緑色の肉、誰も買わないわよ」
「そのまま売るわけないだろ」
「じゃあどうするの?」
俺は腕を組んで考えた。
ゴブリンの肉。
見た目は最悪。緑色で、ぬめぬめしている。
だが、ダンジョン産だ。魔力を含んでいる。
UIで素材の詳細を確認する。
『━━━━━━━━━━━━━━━━━
【素材詳細:ゴブリンの肉】
━━━━━━━━━━━━━━━━━
品質:低級
魔力含有:微量
効能:細胞活性化(微弱)
備考:そのままでは食用に不向き
━━━━━━━━━━━━━━━━━』
細胞活性化。
微弱とはいえ、効果がある。
「……なるほど」
「何か思いついた顔ね」
「ああ。ペットフードだ」
ミレイとタエさんが同時に首を傾げた。
◆
説明する。
「金持ちは、自分の食事よりペットの健康に金をかける」
「……は?」
「特に老いには抗えない。愛するペットが衰えていくのを見るのが辛いんだ」
ミレイが眉を寄せた。
「それと、この肉が何の関係が……」
「細胞活性化。つまり、食べるアンチエイジングだ」
沈黙。
タエさんが口を開いた。
「あんた、頭の回転が速いねえ」
「ブラック企業で鍛えられた」
「……それは褒め言葉なのかい?」
知らん。
とにかく、方針は決まった。
俺はUIでショップを開き、設備を検索する。
『加工設備:70DP』
『依代キット:50DP』
依代。
怪異が敷地外で活動するための「器」だ。
怪異はダンジョンの支配領域を出ると消滅する。
だが、依代を持たせれば短時間の外出が可能になる。
タエさんを配送に使うなら、これは必須だ。
「二つとも買う」
『加工設備を購入しますか? 消費DP:70』
『依代キットを購入しますか? 消費DP:50』
『Y/N』
「Y」
光の粒子が集まる。
土蔵の隅に金属製の機械が出現した。
見た目は業務用のミンサー。側面に魔法陣が刻まれている。
そしてもう一つ。
小さな木箱が俺の手元に現れた。
開けると、中には人形が入っていた。
藁で編まれた、素朴な人型。
見覚えがある。藁人形だ。
「タエさん、これを持て」
「なんだい、これ」
「依代だ。これがある間だけ、敷地の外に出られる」
タエさんが藁人形を受け取った。
瞬間、人形が淡く光る。
『━━━━━━━━━━━━━━━━━
【依代:タエ専用】
━━━━━━━━━━━━━━━━━
効果:敷地外での活動を許可
制限時間:1時間
再使用:24時間後
━━━━━━━━━━━━━━━━━』
「1時間か。往復には十分だな」
「これがないと外に出られないのかい?」
「ああ。怪異は敷地を出ると消える。依代はその保険だ」
タエさんが藁人形を懐にしまった。
「了解さね。大事にするよ」
「よし。じゃあ加工を始める」
◆
30分後。
ゴブリンの肉が、見事なジャーキーに変わっていた。
緑色は消えている。
代わりに、高級感のある琥珀色。
香ばしい匂いが漂っている。
「……これ、本当にあのゴブリン?」
ミレイが恐る恐る匂いを嗅いだ。
「魔法加工の力だ。見た目と匂いを最適化してくれる」
「詐欺じゃないの?」
「効能は本物だ。見た目を変えただけ。合法」
ミレイが何か言いたそうな顔をした。
だが、反論はしなかった。
俺はジャーキーを小分けにして、高級感のある袋に詰めた。
ラベルには手書きで記入する。
『無添加プレミアムジャーキー』
『希少素材使用』
『細胞活性化成分配合』
全て嘘ではない。
無添加。希少素材。細胞活性化。
ただ、「ゴブリン」とは書いていないだけだ。
「さて、あとは売り先だ」
俺はスマホを取り出した。
富裕層向けのペットフォーラム。
「愛犬の健康」「アンチエイジング」「奇跡の回復」。
そういったキーワードが飛び交う場所だ。
スクロールしていくと、一件の投稿が目に留まった。
『【悲報】愛犬が余命宣告されました』
『何でもします。お金はいくらでも出します』
『どなたか、情報をお持ちの方……』
投稿者のプロフィールを見る。
都内在住。資産家。老犬を飼っている。
完璧だ。
「タエさん」
「なんだい?」
「配送テストだ。都内まで何分で行ける?」
タエさんの目が細まった。
獲物を見つけた猟犬のような顔だ。
「片道150キロってとこかい? ……20分もありゃ十分さね」
「往復40分か。依代の制限時間内だな」
「余裕さね」
俺はジャーキーの袋を手渡した。
タエさんがそれを背負子に詰める。
「届け先は、この住所だ」
スマホの画面を見せる。
タエさんは一瞥しただけで頷いた。
「覚えた。じゃあ、行ってくるよ」
「待て」
「なんだい?」
俺はキッチンタイマーを取り出した。
カップ麺用の3分タイマー。
「これより早く戻ってこい」
タエさんの目が見開かれた。
「……あんた、無茶言うねえ」
「配送担当なら、これくらいできるだろ」
「往復300キロを3分で? 時速6000キロじゃないか」
「怪異の移動に物理法則は関係ないだろ」
タエさんが、ゆっくりと口角を上げた。
職人が腕を試される時の顔だ。
「いいねえ。やりがいがある」
次の瞬間。
爆風が吹いた。
突風で髪が乱れる。
窓ガラスがびりびりと震えた。
砂埃が舞い上がり、視界が白く霞む。
タエさんの姿は、もうない。
◆
2分47秒後。
再び突風。
土煙の中から、老婆が現れた。
「届けてきたよ」
タエさんは息一つ乱していない。
背負子は空になっている。
懐の藁人形が、うっすらと光を失いかけていた。
「カップ麺より早いじゃないか」
「お湯入れる暇もなかったよ」
俺はスマホを確認した。
メッセージが届いている。
『ありがとうございます!!!!』
『愛犬がジャーキーを食べた瞬間、立ち上がりました!!』
『走り回っています! 信じられません!!』
『お礼は必ずします!!!!』
そして。
口座アプリを開く。
入金通知。
50万円。
「……」
俺は画面を二度見した。
50万。
ゴブリンの肉が、50万。
「どうしたの?」
ミレイが覗き込んできた。
画面を見て、口が開いたまま固まる。
「ご、50万!?」
「100グラム5万円の計算だな」
「高すぎない!?」
「ペットは家族だ。家族の命に金を惜しむ人間はいない」
ミレイが言葉を失った。
タエさんは満足げに頷いている。
「いい仕事だったねえ」
「ああ。今後もよろしく頼む」
俺はUIを開いた。
『━━━━━━━━━━━━━━━━━
【収支報告】
━━━━━━━━━━━━━━━━━
売上:500,000円(日本円)
原価:0円(ゴブリン副産物)
経費:120DP(加工設備70+依代50)
純利益:ほぼ全額
━━━━━━━━━━━━━━━━━』
原価ゼロ。
配送費ゼロ。
広告費ゼロ。
純利益、ほぼ50万円。
「チョロい……いや、ウィンウィンの関係だ」
「何がウィンウィンなの……」
「俺たちはゴミを処理できる。飼い主は家族との時間を取り戻せる。誰も損してない」
ミレイが呆れた顔で俺を見た。
だが、反論はしなかった。
俺は空を見上げた。
青空が広がっている。
平和だ。
「これが本当のサステナブルってやつだ」
「……その言葉の使い方、絶対間違ってるわよ」
知らん。
とにかく、収益モデルが完成した。
ダンジョンでゴブリンを狩り、肉をジャーキーに加工し、タエさんが富裕層に届ける。
完全自動とはいかないが、労働時間は最小限。
俺の「寝て暮らす生活」が、また一歩近づいた。
◆
夕方。
俺は縁側でコーヒーを飲んでいた。
ミレイは夕食の準備。
タエさんは敷地内を「慣らし走行」している。
平和だ。
最高だ。
スマホが震えた。
画面を見ると、さっきの富裕層フォーラムからの通知。
『【拡散希望】奇跡のジャーキー!!』
『愛犬が若返りました!!』
『販売元を探しています!! 情報求む!!』
口コミが広がっている。
俺は、口角を上げた。
需要が増えるなら、供給も増やさないといけない。
つまり、ゴブリンをもっと狩る必要がある。
明日から、忙しくなりそうだ。
……いや、待て。
忙しくなるのは俺じゃない。
ミレイとタエさんだ。
俺は寝てるだけでいい。
完璧だ。
続く
エンジンのアイドリング音に似ている。
だが、機械ではない。
老婆だ。
白髪。皺だらけの顔。曲がった腰。
どこからどう見ても、ただの婆さん。
ただし、足元の空気だけが異様に震えている。
「で、どこに届ければいいんだい?」
老婆が手を差し出す。
俺は腕を組んだまま、UIを確認した。
『━━━━━━━━━━━━━━━━━
【従業員ステータス】
━━━━━━━━━━━━━━━━━
名前:推定「タエ」
種別:都市伝説(ターボババア)
役職:未設定
最高速度:時速140km
燃費:高(魔力消費大)
備考:高速道路も余裕
━━━━━━━━━━━━━━━━━』
時速140キロ。
軽自動車より速い。
高速道路の制限速度を超えている。
「……採用」
「おや、即決かい」
「君の足なら、鮮度を保ったまま都内まで運べる」
老婆の目が光った。
職人の、鋭い目つき。
「へぇ。配達の仕事かい。いいねえ、走りがいがある」
「呼び方はどうする」
「タエでいいよ。みんなそう呼んでたからね」
タエさん。
都市伝説通りの名前だ。
「じゃあタエさん、一つ確認だ」
「なんだい?」
「走る時、目立つか?」
タエさんが首を傾げた。
「目立つも何も、走ったら見えないよ。あたしの速度じゃ、人間の目には残像すら映らないさね」
完璧だ。
目撃されない配送員。
これ以上の人材があるだろうか。
「タエさん、君は最高の物流担当だ」
「褒めたって何も出ないよ」
「出す。給料を出す」
タエさんの眉が上がった。
◆
縁側に戻ると、ミレイがプリンを舐めていた。
3個目のカップの底を、舌で掬っている。
「……行儀が悪い」
「別にいいでしょ。誰も見てないし」
「俺が見てる」
ミレイが頬を赤くして、カップを置いた。
「新しい従業員?」
「ああ。配送担当のタエさんだ」
ミレイがタエさんを見た。
タエさんもミレイを見た。
「あんた、口裂け女かい? 懐かしいねえ」
「……お婆さん、ターボババア?」
「そうさね。昔はよく追いかけっこしたもんだ」
ミレイの眉が顰められた。
「追いかけっこ?」
「ほら、あんたが車を追いかけて、あたしも別の車を追いかけて。たまに同じ道で鉢合わせしたじゃないか」
「……あれ、競争だったの?」
「違うのかい?」
怪異あるある、らしい。
都市伝説同士のニアミス。
地味に気になるが、今は置いておく。
「二人とも、本題に入る」
俺はUIを操作して、在庫画面を開いた。
『━━━━━━━━━━━━━━━━━
【在庫一覧】
━━━━━━━━━━━━━━━━━
魔石:0個(全てDP変換済み)
ゴブリンの皮:32枚
ゴブリンの肉:約50kg
ゴブリンの骨:多数
━━━━━━━━━━━━━━━━━』
昨日の大量討伐の副産物。
魔石はDPに変えたが、素材は丸ごと残っている。
「これを売る」
ミレイが顔をしかめた。
「こんな緑色の肉、誰も買わないわよ」
「そのまま売るわけないだろ」
「じゃあどうするの?」
俺は腕を組んで考えた。
ゴブリンの肉。
見た目は最悪。緑色で、ぬめぬめしている。
だが、ダンジョン産だ。魔力を含んでいる。
UIで素材の詳細を確認する。
『━━━━━━━━━━━━━━━━━
【素材詳細:ゴブリンの肉】
━━━━━━━━━━━━━━━━━
品質:低級
魔力含有:微量
効能:細胞活性化(微弱)
備考:そのままでは食用に不向き
━━━━━━━━━━━━━━━━━』
細胞活性化。
微弱とはいえ、効果がある。
「……なるほど」
「何か思いついた顔ね」
「ああ。ペットフードだ」
ミレイとタエさんが同時に首を傾げた。
◆
説明する。
「金持ちは、自分の食事よりペットの健康に金をかける」
「……は?」
「特に老いには抗えない。愛するペットが衰えていくのを見るのが辛いんだ」
ミレイが眉を寄せた。
「それと、この肉が何の関係が……」
「細胞活性化。つまり、食べるアンチエイジングだ」
沈黙。
タエさんが口を開いた。
「あんた、頭の回転が速いねえ」
「ブラック企業で鍛えられた」
「……それは褒め言葉なのかい?」
知らん。
とにかく、方針は決まった。
俺はUIでショップを開き、設備を検索する。
『加工設備:70DP』
『依代キット:50DP』
依代。
怪異が敷地外で活動するための「器」だ。
怪異はダンジョンの支配領域を出ると消滅する。
だが、依代を持たせれば短時間の外出が可能になる。
タエさんを配送に使うなら、これは必須だ。
「二つとも買う」
『加工設備を購入しますか? 消費DP:70』
『依代キットを購入しますか? 消費DP:50』
『Y/N』
「Y」
光の粒子が集まる。
土蔵の隅に金属製の機械が出現した。
見た目は業務用のミンサー。側面に魔法陣が刻まれている。
そしてもう一つ。
小さな木箱が俺の手元に現れた。
開けると、中には人形が入っていた。
藁で編まれた、素朴な人型。
見覚えがある。藁人形だ。
「タエさん、これを持て」
「なんだい、これ」
「依代だ。これがある間だけ、敷地の外に出られる」
タエさんが藁人形を受け取った。
瞬間、人形が淡く光る。
『━━━━━━━━━━━━━━━━━
【依代:タエ専用】
━━━━━━━━━━━━━━━━━
効果:敷地外での活動を許可
制限時間:1時間
再使用:24時間後
━━━━━━━━━━━━━━━━━』
「1時間か。往復には十分だな」
「これがないと外に出られないのかい?」
「ああ。怪異は敷地を出ると消える。依代はその保険だ」
タエさんが藁人形を懐にしまった。
「了解さね。大事にするよ」
「よし。じゃあ加工を始める」
◆
30分後。
ゴブリンの肉が、見事なジャーキーに変わっていた。
緑色は消えている。
代わりに、高級感のある琥珀色。
香ばしい匂いが漂っている。
「……これ、本当にあのゴブリン?」
ミレイが恐る恐る匂いを嗅いだ。
「魔法加工の力だ。見た目と匂いを最適化してくれる」
「詐欺じゃないの?」
「効能は本物だ。見た目を変えただけ。合法」
ミレイが何か言いたそうな顔をした。
だが、反論はしなかった。
俺はジャーキーを小分けにして、高級感のある袋に詰めた。
ラベルには手書きで記入する。
『無添加プレミアムジャーキー』
『希少素材使用』
『細胞活性化成分配合』
全て嘘ではない。
無添加。希少素材。細胞活性化。
ただ、「ゴブリン」とは書いていないだけだ。
「さて、あとは売り先だ」
俺はスマホを取り出した。
富裕層向けのペットフォーラム。
「愛犬の健康」「アンチエイジング」「奇跡の回復」。
そういったキーワードが飛び交う場所だ。
スクロールしていくと、一件の投稿が目に留まった。
『【悲報】愛犬が余命宣告されました』
『何でもします。お金はいくらでも出します』
『どなたか、情報をお持ちの方……』
投稿者のプロフィールを見る。
都内在住。資産家。老犬を飼っている。
完璧だ。
「タエさん」
「なんだい?」
「配送テストだ。都内まで何分で行ける?」
タエさんの目が細まった。
獲物を見つけた猟犬のような顔だ。
「片道150キロってとこかい? ……20分もありゃ十分さね」
「往復40分か。依代の制限時間内だな」
「余裕さね」
俺はジャーキーの袋を手渡した。
タエさんがそれを背負子に詰める。
「届け先は、この住所だ」
スマホの画面を見せる。
タエさんは一瞥しただけで頷いた。
「覚えた。じゃあ、行ってくるよ」
「待て」
「なんだい?」
俺はキッチンタイマーを取り出した。
カップ麺用の3分タイマー。
「これより早く戻ってこい」
タエさんの目が見開かれた。
「……あんた、無茶言うねえ」
「配送担当なら、これくらいできるだろ」
「往復300キロを3分で? 時速6000キロじゃないか」
「怪異の移動に物理法則は関係ないだろ」
タエさんが、ゆっくりと口角を上げた。
職人が腕を試される時の顔だ。
「いいねえ。やりがいがある」
次の瞬間。
爆風が吹いた。
突風で髪が乱れる。
窓ガラスがびりびりと震えた。
砂埃が舞い上がり、視界が白く霞む。
タエさんの姿は、もうない。
◆
2分47秒後。
再び突風。
土煙の中から、老婆が現れた。
「届けてきたよ」
タエさんは息一つ乱していない。
背負子は空になっている。
懐の藁人形が、うっすらと光を失いかけていた。
「カップ麺より早いじゃないか」
「お湯入れる暇もなかったよ」
俺はスマホを確認した。
メッセージが届いている。
『ありがとうございます!!!!』
『愛犬がジャーキーを食べた瞬間、立ち上がりました!!』
『走り回っています! 信じられません!!』
『お礼は必ずします!!!!』
そして。
口座アプリを開く。
入金通知。
50万円。
「……」
俺は画面を二度見した。
50万。
ゴブリンの肉が、50万。
「どうしたの?」
ミレイが覗き込んできた。
画面を見て、口が開いたまま固まる。
「ご、50万!?」
「100グラム5万円の計算だな」
「高すぎない!?」
「ペットは家族だ。家族の命に金を惜しむ人間はいない」
ミレイが言葉を失った。
タエさんは満足げに頷いている。
「いい仕事だったねえ」
「ああ。今後もよろしく頼む」
俺はUIを開いた。
『━━━━━━━━━━━━━━━━━
【収支報告】
━━━━━━━━━━━━━━━━━
売上:500,000円(日本円)
原価:0円(ゴブリン副産物)
経費:120DP(加工設備70+依代50)
純利益:ほぼ全額
━━━━━━━━━━━━━━━━━』
原価ゼロ。
配送費ゼロ。
広告費ゼロ。
純利益、ほぼ50万円。
「チョロい……いや、ウィンウィンの関係だ」
「何がウィンウィンなの……」
「俺たちはゴミを処理できる。飼い主は家族との時間を取り戻せる。誰も損してない」
ミレイが呆れた顔で俺を見た。
だが、反論はしなかった。
俺は空を見上げた。
青空が広がっている。
平和だ。
「これが本当のサステナブルってやつだ」
「……その言葉の使い方、絶対間違ってるわよ」
知らん。
とにかく、収益モデルが完成した。
ダンジョンでゴブリンを狩り、肉をジャーキーに加工し、タエさんが富裕層に届ける。
完全自動とはいかないが、労働時間は最小限。
俺の「寝て暮らす生活」が、また一歩近づいた。
◆
夕方。
俺は縁側でコーヒーを飲んでいた。
ミレイは夕食の準備。
タエさんは敷地内を「慣らし走行」している。
平和だ。
最高だ。
スマホが震えた。
画面を見ると、さっきの富裕層フォーラムからの通知。
『【拡散希望】奇跡のジャーキー!!』
『愛犬が若返りました!!』
『販売元を探しています!! 情報求む!!』
口コミが広がっている。
俺は、口角を上げた。
需要が増えるなら、供給も増やさないといけない。
つまり、ゴブリンをもっと狩る必要がある。
明日から、忙しくなりそうだ。
……いや、待て。
忙しくなるのは俺じゃない。
ミレイとタエさんだ。
俺は寝てるだけでいい。
完璧だ。
続く
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