実家の裏庭がダンジョンだったので、口裂け女や八尺様に全自動で稼がせて俺は寝て暮らす〜元社畜のダンジョン経営〜

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第17話 徹夜明けの元社畜は、書類より現場を信じる件

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 午前2時。
 俺の目は完全に死んでいた。

 両親は客間で寝息を立てている。
 俺たちは居間で、トランプを囲んでいた。

「大富豪、三回戦目いくぞ」

「カイトさん、もう五回目よ」

 ミレイが疲れた顔で指摘した。
 数えられなくなっている。
 脳が限界だ。

「ねむい」

 タマが炬燵こたつに顔を埋めた。
 その頭に、一瞬だけ尖った影が見えた。

「タマ!」

 俺は慌ててタマの頭を押さえた。
 猫耳が飛び出しかけていた。

「んにゃ」

「寝るな。絶対に寝るな」

「むり」

「炬燵から出ろ」

「やだ」

 猫の本能には勝てない。
 炬燵は怪異にとっても魔性の家具だった。

「旦那、あたいが見張ってるよ」

 ハチさんがタマを抱き上げた。
 190cmの長身が、少年の姿のタマを肩に乗せる。

「ぽぽぽ、こうすれば寝落ちしても安心だろ?」

「助かる」

 ハチさんは頼りになる。
 ただ、無意識に天井を気にして首を縮める癖が治っていない。
 今は190cmしかないのに。

    ◆

 午前3時。

 廊下から足音が聞こえた。

 全員が凍りついた。

 襖がゆっくり開く。
 父が立っていた。

「まだ起きていたのか」

「深夜の戦略会議だ」

 俺は淡々と答えた。
 手元には大富豪の手札。
 どう見てもただのトランプだ。

「戦略会議」

 父が眉を上げた。

「事業の方向性について議論していた」

「トランプでか」

「意思決定の訓練だ。リスク管理と確率計算の実践」

 我ながら苦しい言い訳だ。
 だが、父は鼻で笑っただけだった。

「水を取りに来ただけだ。邪魔したな」

 父が台所に向かう。
 俺は心臓が止まりそうだった。

 戻ってきた父が、ふと足を止めた。

「ハチ、だったか」

「は、はい!」

 ハチさんが背筋を伸ばした。
 肩に乗っていたタマが、危うく落ちそうになる。

「北欧の造園事情はどうなっている」

 最悪の質問だ。
 ハチさんは北欧のことなど知らない。
 八尺様だからだ。

「えっと、あの」

 ハチさんの顔が引きつった。
 俺は助け船を出そうとした。

 その時。

「木、でかい」

 タマが寝ぼけた声で言った。

「ぽ、ぽぽぽ! そうそう! 木がでかいんですよ、北欧は!」

 ハチさんが即座に乗っかった。

「だから伐採が大変で。あたいは小さい頃から手伝ってたんです」

 タマは目を閉じたまま、すでに意識がない。
 だが、ハチさんが上手く拾ってくれた。

 父はうなずいた。

「なるほど。林業が盛んなわけだ」

「ぽぽぽ! だから体力には自信あるんですよ!」

 ハチさんが勢いで乗り切った。
 父は満足そうに去っていった。

 俺たちは、しばらく動けなかった。

    ◆

 午前5時。

 空が白み始めた。
 全員の目の下に、深い隈ができていた。

「まあ、やるしかないさね」

 タエさんが煙管きせるをふかした。
 老婆の姿が、妙に貫禄がある。

「あと少しで朝だ。耐えろ」

 俺は自分に言い聞かせた。

「……無理」

 スキマがテーブルに突っ伏した。
 前髪の隙間から、虚ろな目が覗いている。

「スキマ、起きろ」

「……起きてる」

「目を開けろ」

「……開いてる」

 開いているが、焦点が合っていない。
 限界だった。

 その時、台所から音がした。

 母が起きてきた。

「あら、みんな早起きねえ」

 早起きではない。
 徹夜だ。

「朝ご飯、作るわね。ミレイちゃん、手伝ってくれる?」

「は、はい!」

 ミレイが飛び起きた。
 疲労で目が据わっているが、気合で動いている。

 俺は、その背中を見送った。

    ◆

 台所から、包丁の音が聞こえてきた。

 リズミカルで、正確で、速い。
 プロの料理人でも、ここまでの音は出せない。

 当然だ。
 ミレイは裁ち鋏で戦う怪異だ。
 刃物の扱いは、人間の領域を超えている。

「まあ! ミレイちゃん、すごいわねえ!」

 母の声が聞こえた。

「いえ、そんな」

「この千切り、機械みたい! どこで習ったの?」

「えっと、独学で」

 独学というか、本能というか。
 怪異の能力というか。

「カイトには、もったいないくらいのお嫁さんねえ」

 俺は聞こえないふりをした。

「お、お嫁さんだなんて」

 ミレイの声が上ずっている。

「ミレイちゃん。カイトは朝が弱いから、ちゃんと起こしてあげてね」

「は、はい! 任せてください!」

 即答だった。
 しかも声が弾んでいる。

 完全に嫁の自覚が芽生えている。

 俺は天井を見上げた。
 外堀が埋まっていく音が聞こえた気がした。

    ◆

 朝食は、和食だった。

 焼き魚、味噌汁、漬物、卵焼き。
 マンドラゴラ大根の味噌汁が、やけに美味い。

「美味しいわねえ、このお味噌汁」

「だろ? ミレイの料理は絶品さね」

 タエさんがにやりと笑った。

 父は黙々と食べている。
 時折、従業員たちを観察している。
 元部長の目だ。
 人を見る目が鋭い。

 食後、父が口を開いた。

「カイト」

「なんだ」

「事業計画書」

 来た。

 俺は徹夜ででっち上げた資料を取り出そうとした。
 手書きのメモと、適当な数字を並べただけのゴミだ。
 見せたら一発でバレる。

 だが、父は手で制した。

「いい」

「いい?」

「書類は見なくていい」

 俺は固まった。

「書類より、社員の顔を見ればわかる」

 父が全員を見渡した。
 ハチさんが背筋を伸ばした。
 タマが欠伸をかみ殺した。
 スキマが視線をそらした。
 タエさんが煙管をふかした。
 ミレイが緊張した面持ちで座っている。

「昨夜から見ていた」

 父が続けた。

「お前が何かを言えば、全員が動く。指示を待っている。信頼されている証拠だ」

 俺は何も言えなかった。

 社畜時代、俺は無能な上司の下で働いていた。
 部下の顔色など見ない。
 数字と書類しか見ない。
 そういう人間ばかりだった。

 父は違った。
 元部長。
 人を見る目がある。
 だからこそ、俺の嘘も見抜いているはずだ。

 それでも、あえて目をつぶっている。

「お前は昔から要領が悪かったが、人には恵まれるようだ」

 父の口元が、わずかに緩んだ。

「その個性的な連中を、大事にしろよ」

 個性的。
 確かに個性的だ。
 怪異だから。

 いや、違う。
 怪異だからじゃない。

 タマは怠惰だが、いざという時は動く。
 ハチさんは陽気で、どんな無茶ぶりにも応えてくれる。
 スキマは無口だが、必要な情報は必ず届けてくれる。
 タエさんは口は悪いが、いつも現場を支えている。
 ミレイは。

 ミレイは、俺の右腕だ。

「ああ」

 俺は短く答えた。

「大事にする」

    ◆

 玄関で、母が振り返った。

「また来るわね」

「連絡してから来てくれ」

「やあねえ、水臭い」

 母が笑った。

 父が懐から何かを取り出した。
 古びた鍵と、手帳だった。

「じいさんの遺品だ。お前に渡すよう言われていた」

「爺さんの?」

「詳しくは知らん。だが、大事なものだと言っていた」

 俺は鍵を受け取った。
 古い真鍮製で、複雑な形をしている。
 見覚えがない。

「ありがとう」

「うむ」

 父が車に乗り込んだ。
 母が窓から手を振った。

「ミレイちゃん、カイトをよろしくね!」

「は、はい!」

 ミレイが深々と頭を下げた。
 顔が赤い。
 耳まで赤い。

 車が土埃を上げて去っていく。
 やがて、山道の向こうに消えた。

 静寂が戻ってきた。

    ◆

 緊張の糸が切れた。

「終わった」

 俺はその場に座り込んだ。

「お疲れ、旦那」

 ハチさんが隣に倒れ込んだ。
 その瞬間、光が弾けた。

 190cmの美女が、3mの白い巨体に戻っていく。
 擬態の指輪の効果が切れたのだ。

「ぽぽぽ、もう限界だったよ」

 タマも猫の姿に戻っていた。
 二股の尻尾をだらりと垂らして、縁側で丸くなっている。

「にゃ」

 言葉すら出ていない。
 完全に猫だ。

 スキマは襖の隙間に滑り込んでいた。
 そこが一番落ち着くらしい。

 タエさんも、いつの間にか元の姿に戻っていた。
 縁側で煙管をふかしながら、空を見上げている。

「まあ、なんとかなったさね」

 ミレイだけが、まだ人間の姿を保っていた。
 だが、目は完全に虚ろだ。

「カイトさん」

「なんだ」

「わたし、お嫁さんになるの?」

 寝ぼけている。

「後で話す。今は寝ろ」

「はーい」

 ミレイがその場に崩れ落ちた。
 光が弾けて、マスク姿の口裂け女に戻る。

 居間には、怪異たちが転がっていた。
 3mの巨女、二股の尻尾の猫、高速で走れる老婆、隙間から覗く少女、そして口裂け女。

 異常な光景だ。
 だが、なぜか安心する。

「お疲れ様」

 俺はつぶやいた。

 手の中で、祖父の鍵が鈍く光っていた。
 これが何を開けるのか、まだわからない。

 だが、それは明日考えればいい。
 今は、眠る。

 俺は怪異たちの間に横になった。
 ミレイの黒髪が、視界の端で揺れていた。

 瞼が落ちる。

 最後に聞こえたのは、タマの寝息だった。

                     続く
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