実家の裏庭がダンジョンだったので、口裂け女や八尺様に全自動で稼がせて俺は寝て暮らす〜元社畜のダンジョン経営〜

チャビューヘ

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第25話 雪女が「クール便」のドライバーに就職した件

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 窓ガラスが、内側から凍りついていた。

 床暖房の出力を最大にしても、室温が下がり続けている。
 吐く息が白い。いや、白いどころか、霧のように濃い。

「カイト、寒い」

 ザシキが俺の腕にしがみついてきた。
 金色のもやが、不安げに揺れている。

 タマが炬燵こたつの中から出てこない。
 二股の尻尾だけが、ぶるぶると震えていた。

 異常だ。
 昨日設置したばかりの床暖房が、もう機能していない。
 いや、機能はしている。だが、それを上回る冷気が侵入してきている。

「カイトさん、玄関が」

 ミレイの声が緊張している。
 見れば、玄関の引き戸が白く染まっていた。
 霜ではない。氷だ。分厚い氷が、扉を覆っている。

 そして。

 きしむ音と共に、扉が開いた。
 いや、開いたのではない。凍りついた扉が、内側から砕けた。

 白い。
 白い着物。白い肌。白い髪。
 すべてが白で構成された女が、そこに立っていた。

 表情がない。
 喜怒哀楽のどれにも該当しない、完璧な無表情。
 人形のようだ。いや、氷像のようだ。

「あたたかい」

 女の声は、感情を削ぎ落としたように平坦だった。

「なぜ」

 一言。
 ただそれだけ。

 その言葉と同時に、室温がさらに下がった。
 床暖房の配管が、きしむ音を立てる。凍結の前兆だ。

 雪女。
 日本の冬を象徴する怪異。
 絶対零度の吐息を持つ、最強クラスの自然霊。

 ミレイが巨大な裁ち鋏を構えた。

「カイトさん、下がって」

「待て」

 俺はミレイを止めた。

「なんで止めるんですか!」

「見ろ。あいつの目」

 雪女の白い瞳が、居間を見回していた。
 炬燵こたつを見る。床暖房のパネルを見る。湯気の立つ急須を見る。

 敵意ではない。
 あれは、好奇心だ。

「お前、どこから来た」

 俺は雪女に問いかけた。

「山」

「なんでここに来た」

「あたたかいから」

 雪女が、一歩近づいた。
 床が凍る。足跡の形に、霜が広がっていく。

「なぜ、あたたかくするの」

 質問だった。
 攻撃ではなく、純粋な疑問。

「寒いからだ」

「さむい?」

 雪女が首を傾げた。
 その動きすら、人形めいている。

「さむい、とは」

 俺は目を細めた。
 こいつ、「寒い」が分からないのか。

「不快な温度だ。体が震える。動きが鈍る」

「ふかい」

 雪女が、自分の手を見た。
 白い指先。霜のような爪。

「わたしは、さむくない。いつも、こう」

 そりゃそうだ。
 雪女に寒さは効かない。生まれてから一度も「寒い」を経験したことがない。

 つまり、こいつは「温かい」の意味も分かっていない。
 憧れているのではなく、理解できないから近づいてきたのだ。

「お前、温かいものに触れたことは」

「ない」

 即答だった。

「さわると、こおる。ぜんぶ」

 雪女が、俯いた。

「だから、だれも、ちかづかない」

 沈黙が落ちた。

 ミレイが鋏を下ろす。
 ザシキが俺の袖を握る力を緩めた。
 タマが炬燵こたつから顔を出す。

「……にゃ」

 タマが小さく鳴いた。

 俺は考えた。
 この怪異は、孤独だったのだ。
 触れるものすべてを凍らせてしまうから、誰にも近づけなかった。

 だが、それは裏を返せば。

「お前、名前は」

「ユキ」

「そのまんまだな」

「そう? なぜ」

 ユキが首を傾げた。
 本気で分かっていないらしい。

「雪女だからだ。雪のユキ」

「ああ」

 ユキがうなずいた。
 納得したのか、していないのか。表情からは読み取れない。

「ユキ。お前に仕事をやる」

「しごと」

 疑問形ではなかった。
 言葉を反復している。意味を咀嚼しているのだ。

「俺たちは商品を配送してる。生鮮食品だ」

「せいせん、しょくひん」

「冷やしておかないと腐る。お前の能力が必要だ」

 俺はタエさんを見た。
 ターボババアは、時速200km超で走れる。だが、冷却機能がない。

「お前が荷物を冷やす。タエさんが運ぶ。二人でチームだ」

「チーム」

 ユキが、その言葉を繰り返した。

「チーム、とは」

「一緒に働く仲間だ」

「なかま」

 ユキの白い目が、わずかに揺れた。
 初めて、感情らしきものが見えた。

「わたしに、なかまが」

「そうだ。お前は、うちの従業員になる」

 俺はシステムUIを呼び出した。
 ホログラムの画面が視界に浮かぶ。

 通常、従業員召喚は500DPかかる。
 だが、ユキは俺が召喚したわけではない。野良の怪異だ。

 試しに登録を試みる。

『未登録怪異の編入申請:雪女(ユキ) 役割:冷却担当』
『契約条件を提示してください』

 なるほど。召喚済みでなくても、契約すれば登録できるらしい。
 ガンさんと同じ方式だ。

「ユキ。うちで働けば、毎日おでんを食わせてやる」

「おでん」

 ユキが首を傾げた。

「あつい、なべ」

「そうだ。熱い鍋を、フーフーして食べる。やってみたくないか」

 ユキの無表情が、わずかに崩れた。
 目が、ほんの少しだけ見開かれる。

「フーフー」

「息を吹きかけて冷ますんだ。人間はそうやって熱いものを食べる」

「わたしも、できる?」

「できる。ここにいれば」

 ユキが、じっと俺を見た。
 白い瞳に、何かが灯る。

『契約成立。従業員登録:雪女(ユキ) 冷却担当』

 システムが契約を承認した。

「ようこそ、うちの会社へ。有給もボーナスもある」

「ゆうきゅう。ボーナス」

 ユキが言葉を反復する。
 意味は分かっていないだろう。だが、それでいい。

「坊や、説明してやるよ」

 タエさんが前に出た。

「休みたい時は休める。働いた分だけ、いいことがある。そういう仕組みさ」

「いいこと」

 ユキがタエさんを見た。

「おでん?」

「そうそう。分かってきたじゃないか」

 タエさんが笑った。

 ユキの口元が、ほんのわずかに動いた。
 笑おうとしたのかもしれない。だが、表情筋の使い方が分からないらしい。

 結局、無表情のまま、小さくうなずいただけだった。

    ◆

「あの、カイトさん」

 ミレイが俺の袖を引いた。

「なんだ」

「また、女の人が増えましたね」

「ユキのことか。あれは家電だ」

「家電」

 ミレイが目を瞬かせた。

「冷蔵庫だ。移動式の。便利だろ」

 ミレイの肩から、力が抜けた。
 安心したらしい。

「カイトさんにとって、怪異は家電なんですか」

「機能で判断してるだけだ。お前は調理器具、ハチさんは重機、タエさんは配送車」

「ちょ、調理器具!?」

 ミレイの声が裏返った。

「鋏で食材を切る。料理を作る。立派な調理器具だ」

「私、調理器具じゃなくて」

「なんだ」

 ミレイが口ごもる。
 マスクの下で、何か言いたそうにしている。

「……いえ、なんでもないです」

 結局、飲み込んだらしい。

 その時。

「あなた」

 ユキが、俺の前に立った。

「なんだ」

「笑う、とは」

 ユキが首を傾げた。

「タエは、笑った。わたしは、できない。なぜ」

 俺は少し考えた。

「嬉しい時に、口の端が上がる。それが笑うだ」

「うれしい」

 ユキが言葉を反復する。

「うれしい、とは」

「良いことがあった時の気持ちだ」

「きもち」

 ユキが、自分の胸に手を当てた。
 白い着物の上から、心臓のあたりを押さえる。

「ここが、どうなる?」

「温かくなる。らしい」

「あたたかく」

 ユキの目が、わずかに揺れた。

「わたしは、あたたかくなれない」

 その声には、感情がなかった。
 だが、どこか寂しげに聞こえた。

 ミレイが、ユキを見ている。
 その目に、複雑な感情が浮かんでいた。

    ◆

 夕方。

 俺は台所で、鍋を火にかけていた。
 おでんだ。歌姫大根を使った、特製のおでん。

「カイトさん、それは」

「ユキへの歓迎会だ。熱い鍋を食べたいって言ってただろ」

 ミレイが目を丸くした。

「カイトさんが、料理を?」

「できないと思ったか」

「いえ、そうではなく」

 ミレイが言葉を選んでいる。

「私も、料理は作れます。毎日作ってます」

「知ってる」

「なのに、カイトさんが作るんですか。ユキさんのために」

 ミレイの声が、わずかに震えていた。

「お前の負担を減らしてるんだ。感謝しろ」

「そういうことじゃなくて」

 ミレイが口ごもる。

「……いえ、ありがとうございます」

 結局、また飲み込んだらしい。

 俺は鍋の蓋を開けた。
 湯気が立ち上る。大根と卵と竹輪ちくわが、黄金色の出汁に浮かんでいた。

「ユキ、来い」

「はい」

 ユキが近づいてきた。
 鍋を見て、白い目がじっと止まる。

「あつい」

「フーフーして食べろ」

 俺は箸でおでんを取り、ユキに渡した。

 ユキが、おでんを口元に近づける。
 白い息を吹きかける。
 湯気が、一瞬で凍りついて散った。

「冷えた」

「まあ、そうなるな」

 ユキが、冷えたおでんを口に入れた。
 咀嚼そしゃくする。
 飲み込む。

「おいしい」

 言葉は平坦だった。
 だが、ユキの目が、ほんの少しだけ細まった。

「もっと」

「ああ。好きなだけ食え」

 ユキが、二個目のおでんを手に取った。
 フーフーと息を吹きかける。また凍る。
 それでも、ユキは満足そうに食べ続けた。

「あなた」

「なんだ」

「これが、うれしい?」

 俺は少し考えた。

「近いな。満足、とも言う」

「まんぞく」

 ユキが、おでんを見つめた。

「わたしは、まんぞく」

 その言葉に、わずかな感情が乗っていた。
 学習している。少しずつ、人間の感情を。

    ◆

 夜。

 炬燵こたつで、俺はマフラーを巻いたまま温まっていた。
 床暖房も復活している。ユキが冷気の放出を抑えてくれたからだ。

 ザシキが隣で眠っている。
 タマが足元で丸くなっている。
 ミレイが台所で、明日の仕込みをしている。
 タエさんが、ユキに配送ルートを教えている。

「坊や」

 タエさんが声をかけてきた。

「なんだ」

「この子、筋がいいよ。明日から、クール便を始められそうだ」

「ただ、問題がある」

 俺はシステムUIを呼び出した。

『依代キット 50DP』

「ユキが敷地外に出るには、依代がいる」

「よりしろ」

 ユキが首を傾げた。

「お前の分身みたいなもんだ。これがないと、外で消える」

「きえる」

 ユキの白い目が、わずかに揺れた。

「きえたく、ない」

 初めて、明確な感情が声に乗った。
 恐怖。消滅への本能的な拒絶。

「だから買う。明日までに用意しておく」

 現在残高1,950DP。
 依代50DPを引いて、1,900DP。

 まだ余裕はある。
 クール便が軌道に乗れば、歌姫大根の配送範囲が広がる。
 投資は回収できる。

「よろしく、タエさん」

 ユキがぎこちなく頭を下げた。

「任せときな!」

 タエさんが笑った。
 時速200kmのターボババアと、絶対零度の雪女。
 最強のクール便チームが誕生した。

 その時。

「坊や、そういえば」

 タエさんの声が、少し硬くなった。

「どうした」

「明日の配送先なんだけどね。公安の桐生さんから、追加注文が入ってる」

「桐生から?」

「うん。量が多いよ。幹部への贈答用だって」

 桐生が動いている。
 上層部への根回しか。それとも、何か別の思惑か。

 俺は天井を見上げた。

 災害は、資源だ。
 寒波だろうが、雪女だろうが、使い方次第で利益になる。

 これが、ダンジョンマスターの仕事だ。

 俺は、マフラーの端を握りしめた。
 ミレイが編んでくれた、不格好なマフラー。

 首元が、じんわりと温かい。

「あなた」

 ユキが、俺の隣に立っていた。

「なんだ」

「マフラー。あたたかい?」

「ああ」

「だれが、つくった」

「ミレイだ」

 ユキが、ミレイの方を見た。
 台所で仕込みをしているミレイの背中を、じっと見つめている。

「ミレイは、あなたを、あたたかくした」

「そうだな」

「わたしは、つめたくする」

 ユキの声は平坦だった。
 だが、どこか寂しげに聞こえた。

「冷たいのも、必要だ。クール便には」

「ひつよう」

 ユキが、その言葉を噛みしめるように繰り返した。

「わたしは、ひつよう」

「そうだ」

 ユキの口元が、ほんのわずかに動いた。
 笑おうとしたのかもしれない。
 だが、やはり上手くいかなかったらしい。

 それでも、ユキの目には、何かが灯っていた。

 悪くない。
 悪くない一日だった。

                     続く
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