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第26話 絶対零度の配送員が、公安に賄賂を届けた件
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翌朝。
俺は50DPを消費して、ユキの依代を購入した。
『依代キット購入:50DP 残高:1,900DP』
システムから届いた依代は、掌に収まるサイズの雪だるま人形だった。
白い布でできた、シンプルな造形。
だが、手に取った瞬間、表面に薄い霜が広がった。
「これが、わたしの」
ユキが人形を見つめている。
相変わらず表情はないが、白い瞳がじっと動かない。
「それを持っていれば、敷地の外でも消えない」
「きえない」
ユキが言葉を反復する。
「いちじかん」
「そうだ。1時間が限界だ。それを過ぎたら戻ってこい」
ユキがうなずいた。
雪だるま人形を、大事そうに両手で包む。
「坊や、準備できたよ」
タエさんが背負子を担いで現れた。
いつもの背負子ではない。
周囲に厚い断熱材が巻かれ、蓋つきの保冷ボックスに改造されている。
「ハチさんが夜なべして作ってくれたんだ」
「ハチさんが?」
「うん。『仲間のためなら、一晩くらい余裕だわ』って」
あの重機女、意外と世話焼きだな。
ログハウスの壁を壊した件は、まあ、帳消しにしてやる。
◆
歌姫大根を保冷ボックスに詰め込む。
ユキが息を吹きかけると、ボックス内の温度が一気に下がった。
マイナス15度。
冷凍庫と同等だ。
「よし。出発だ」
タエさんがユキの手を取った。
「しっかりつかまってな、お嬢ちゃん」
「はい」
ユキが小さくうなずく。
その動作が、昨日より少しだけ自然になっている気がした。
「カイトさん」
ミレイが駆け寄ってきた。
手に何かを持っている。
「これ、タエさんに」
見れば、布に包まれたおにぎりだった。
「配送は長旅になるかもしれませんから。途中で食べてください」
「おお、ミレイちゃん。気が利くねえ」
タエさんがおにぎりを受け取る。
「ユキさんにも」
ミレイがもう一つ、ユキに差し出した。
冷たいおにぎりだ。凍らせてある。
「わたしに?」
「あなたは温かいものが苦手でしょう。冷凍おにぎりです」
ユキがおにぎりを受け取った。
白い指先で、表面をなぞる。
「ミレイは、わたしのために」
「同僚ですから。当然です」
ミレイの声には、わずかな棘があった。
だが、行動は優しい。
仕様が矛盾している。
敵意を示しながら、支援行動を取る。
バグか。いや、これが彼女の正常動作なのだろう。
効率的でいい。
「じゃ、行ってくるよ!」
タエさんがユキの手を握ったまま、踏み込んだ。
次の瞬間。
二人の姿が消えた。
残されたのは、舞い上がった雪と、凍りついた足跡だけ。
◆
時速200kmの風が、ユキの白い髪を後ろへ流していた。
「お嬢ちゃん、平気かい!」
「へいき」
ユキはタエさんの腕にしがみついたまま、淡々と答えた。
景色が後ろへ飛んでいく。
木々が、電柱が、建物が、残像になって消えていく。
「はやい」
「そりゃそうさ。あたしはターボババアだからね!」
タエさんが笑う。
ユキの口元が、ほんのわずかに動いた。
「たーぼ、ばばあ」
「そう呼ばれてるのさ。嫌いじゃないよ、その名前」
カーブを曲がる。
遠心力でユキの体が傾く。
だが、タエさんの腕がしっかりと支えていた。
「こわく、ない」
「そうかい」
「なかまが、いるから」
タエさんの目が、一瞬だけ潤んだ。
だが、すぐに前を向いた。
「いい子だねえ、お嬢ちゃんは」
背負子の中で、歌姫大根が揺れる。
ユキの冷気が、ボックスの温度を保っていた。
東京までの距離が、みるみる縮んでいく。
◆
古民家の縁側で、俺は茶を啜っていた。
「速いですね」
ミレイがつぶやく。
「時速200kmだからな」
「ユキさん、大丈夫でしょうか」
「タエさんがついてる。問題ない」
俺は湯呑みを置いた。
あとは、待つだけだ。
◆
昼過ぎ。
スキマが、隙間から這い出てきた。
「……タエさんから、伝言……」
スキマの声は、いつも通り小さい。
「……配送完了……桐生という人が、受け取った……『キンキンに冷えてやがる』と……」
「分かった。ご苦労」
「……それと……桐生という人から……」
スキマが言葉を区切った。
「……『話がある。そっちに行く』……と……」
嫌な予感がした。
公安の人間が「話がある」と言う時、大抵は良い話ではない。
◆
夕方。
タエさんとユキが戻ってきた。
「おかえり」
「ただいま、坊や」
タエさんが背負子を下ろす。
ユキが一歩遅れて、俺の前に立った。
「あなた。とどけた」
「ご苦労」
「桐生という人が、あなたの荷物を、受け取った」
「ああ、聞いてる」
ユキが首を傾げた。
「あの人、つかれていた」
「疲れていた?」
「においが、した。ねむれていない、におい」
雪女の感覚か。
人間の体調を、匂いで感知できるらしい。
「あの人は、たたかっている」
「誰と?」
「わからない。でも、たたかっている」
ユキの言葉は、いつも通り平坦だった。
だが、どこか心配そうにも聞こえた。
「あなた。報酬は」
「ああ。おでんだ。中で食え」
「はい」
ユキが古民家の中に入っていく。
その背中を見送りながら、俺は考えた。
桐生は、何と戦っているのか。
◆
数時間後。
桐生が現れた。
「邪魔するぞ」
いつもの黒いスーツ。
だが、目の下に隈がある。
ユキの言う通り、明らかに睡眠不足だ。
「おでん、食うか」
「いや、酒が欲しい」
珍しい。
この男が弱音を吐くのは初めてだ。
俺は日本酒を出した。
桐生がぐいっと煽る。
「上の連中が、お前のところを嗅ぎまわり始めた」
「なんて言ってる」
「『危険な新興カルト』だとさ。笑えるだろ」
俺は眉をひそめた。
「カルト?」
「ああ。正体不明の組織が、謎の農産物で政財界に浸透している、とな」
なるほど。
歌姫大根の効果が、逆に怪しまれているわけだ。
「誰かが吹き込んだのか」
「おそらくな。匿名のタレコミがあったらしい」
匿名のタレコミ。
心当たりは一つしかない。
「黒田か」
元上司の名前を口にした。
桐生がうなずく。
「証拠はない。だが、状況的には奴しかいない」
あの男、諦めが悪いな。
自分で乗り込んできて失敗したから、今度は権力を使って潰しにきたわけだ。
「今日の大根は?」
「賄賂だ。上層部の一部に配った」
桐生が苦笑する。
「味が良ければ、とりあえず手出しは控える。そういう連中だ」
「政治家と同じだな」
「似たようなもんだ」
桐生が二杯目を煽った。
「だが、いつまでも持たない。いずれ本格的な調査が入る」
「対策は?」
「考えてる。だが、お前も考えておけ」
桐生が立ち上がった。
「今日の配送、助かった。あの白い嬢ちゃん、いい目をしてたな」
「ユキか」
「ああ。『たたかっている』と言われた。見抜かれたよ」
桐生が苦笑を浮かべて、去っていった。
◆
夜。
炬燵で、俺はマフラーを巻いたまま考え込んでいた。
黒田が動いている。
公安の上層部を使って、こちらを潰そうとしている。
だが、焦る必要はない。
桐生が内部で動いてくれている。
歌姫大根の「賄賂」も効いている。
問題は、時間稼ぎがいつまで持つかだ。
「カイトさん」
ミレイが隣に座った。
「どうした」
「ユキさんが、笑いました」
「笑った?」
「おでんを食べながら、少しだけ。口の端が上がっていました」
俺は居間を見た。
ユキがおでんを食べている。
表情は相変わらず無表情だ。
だが、よく見ると。
口の端が、ほんのわずかに上がっている。
「まんぞく」
ユキがつぶやいた。
「おでん、おいしい。しごと、たのしい。なかま、あたたかい」
その言葉に、わずかな感情が乗っていた。
「あなた」
ユキが俺の方を向いた。
「わたしは、わらえた?」
「ミレイに聞け」
俺はミレイに視線を向けた。
ミレイが目を細める。
「はい。それが、笑うです」
「わらう」
ユキが言葉を反復する。
「うれしいとき、くちが、あがる」
「そうです」
「わたしも、できた」
ユキの表情が、また少し動いた。
不器用だが、確かに笑顔に近い何かだった。
悪くない。
クール便は成功した。
ユキは笑えるようになった。
桐生との連携も深まった。
だが。
黒田という災害は、まだ終わっていない。
災害は、資源だ。
利用する方法を、考えなければならない。
俺は炬燵に潜り込んだ。
明日のことは、明日考えよう。
今日は、ユキの成長を祝う夜だ。
続く
俺は50DPを消費して、ユキの依代を購入した。
『依代キット購入:50DP 残高:1,900DP』
システムから届いた依代は、掌に収まるサイズの雪だるま人形だった。
白い布でできた、シンプルな造形。
だが、手に取った瞬間、表面に薄い霜が広がった。
「これが、わたしの」
ユキが人形を見つめている。
相変わらず表情はないが、白い瞳がじっと動かない。
「それを持っていれば、敷地の外でも消えない」
「きえない」
ユキが言葉を反復する。
「いちじかん」
「そうだ。1時間が限界だ。それを過ぎたら戻ってこい」
ユキがうなずいた。
雪だるま人形を、大事そうに両手で包む。
「坊や、準備できたよ」
タエさんが背負子を担いで現れた。
いつもの背負子ではない。
周囲に厚い断熱材が巻かれ、蓋つきの保冷ボックスに改造されている。
「ハチさんが夜なべして作ってくれたんだ」
「ハチさんが?」
「うん。『仲間のためなら、一晩くらい余裕だわ』って」
あの重機女、意外と世話焼きだな。
ログハウスの壁を壊した件は、まあ、帳消しにしてやる。
◆
歌姫大根を保冷ボックスに詰め込む。
ユキが息を吹きかけると、ボックス内の温度が一気に下がった。
マイナス15度。
冷凍庫と同等だ。
「よし。出発だ」
タエさんがユキの手を取った。
「しっかりつかまってな、お嬢ちゃん」
「はい」
ユキが小さくうなずく。
その動作が、昨日より少しだけ自然になっている気がした。
「カイトさん」
ミレイが駆け寄ってきた。
手に何かを持っている。
「これ、タエさんに」
見れば、布に包まれたおにぎりだった。
「配送は長旅になるかもしれませんから。途中で食べてください」
「おお、ミレイちゃん。気が利くねえ」
タエさんがおにぎりを受け取る。
「ユキさんにも」
ミレイがもう一つ、ユキに差し出した。
冷たいおにぎりだ。凍らせてある。
「わたしに?」
「あなたは温かいものが苦手でしょう。冷凍おにぎりです」
ユキがおにぎりを受け取った。
白い指先で、表面をなぞる。
「ミレイは、わたしのために」
「同僚ですから。当然です」
ミレイの声には、わずかな棘があった。
だが、行動は優しい。
仕様が矛盾している。
敵意を示しながら、支援行動を取る。
バグか。いや、これが彼女の正常動作なのだろう。
効率的でいい。
「じゃ、行ってくるよ!」
タエさんがユキの手を握ったまま、踏み込んだ。
次の瞬間。
二人の姿が消えた。
残されたのは、舞い上がった雪と、凍りついた足跡だけ。
◆
時速200kmの風が、ユキの白い髪を後ろへ流していた。
「お嬢ちゃん、平気かい!」
「へいき」
ユキはタエさんの腕にしがみついたまま、淡々と答えた。
景色が後ろへ飛んでいく。
木々が、電柱が、建物が、残像になって消えていく。
「はやい」
「そりゃそうさ。あたしはターボババアだからね!」
タエさんが笑う。
ユキの口元が、ほんのわずかに動いた。
「たーぼ、ばばあ」
「そう呼ばれてるのさ。嫌いじゃないよ、その名前」
カーブを曲がる。
遠心力でユキの体が傾く。
だが、タエさんの腕がしっかりと支えていた。
「こわく、ない」
「そうかい」
「なかまが、いるから」
タエさんの目が、一瞬だけ潤んだ。
だが、すぐに前を向いた。
「いい子だねえ、お嬢ちゃんは」
背負子の中で、歌姫大根が揺れる。
ユキの冷気が、ボックスの温度を保っていた。
東京までの距離が、みるみる縮んでいく。
◆
古民家の縁側で、俺は茶を啜っていた。
「速いですね」
ミレイがつぶやく。
「時速200kmだからな」
「ユキさん、大丈夫でしょうか」
「タエさんがついてる。問題ない」
俺は湯呑みを置いた。
あとは、待つだけだ。
◆
昼過ぎ。
スキマが、隙間から這い出てきた。
「……タエさんから、伝言……」
スキマの声は、いつも通り小さい。
「……配送完了……桐生という人が、受け取った……『キンキンに冷えてやがる』と……」
「分かった。ご苦労」
「……それと……桐生という人から……」
スキマが言葉を区切った。
「……『話がある。そっちに行く』……と……」
嫌な予感がした。
公安の人間が「話がある」と言う時、大抵は良い話ではない。
◆
夕方。
タエさんとユキが戻ってきた。
「おかえり」
「ただいま、坊や」
タエさんが背負子を下ろす。
ユキが一歩遅れて、俺の前に立った。
「あなた。とどけた」
「ご苦労」
「桐生という人が、あなたの荷物を、受け取った」
「ああ、聞いてる」
ユキが首を傾げた。
「あの人、つかれていた」
「疲れていた?」
「においが、した。ねむれていない、におい」
雪女の感覚か。
人間の体調を、匂いで感知できるらしい。
「あの人は、たたかっている」
「誰と?」
「わからない。でも、たたかっている」
ユキの言葉は、いつも通り平坦だった。
だが、どこか心配そうにも聞こえた。
「あなた。報酬は」
「ああ。おでんだ。中で食え」
「はい」
ユキが古民家の中に入っていく。
その背中を見送りながら、俺は考えた。
桐生は、何と戦っているのか。
◆
数時間後。
桐生が現れた。
「邪魔するぞ」
いつもの黒いスーツ。
だが、目の下に隈がある。
ユキの言う通り、明らかに睡眠不足だ。
「おでん、食うか」
「いや、酒が欲しい」
珍しい。
この男が弱音を吐くのは初めてだ。
俺は日本酒を出した。
桐生がぐいっと煽る。
「上の連中が、お前のところを嗅ぎまわり始めた」
「なんて言ってる」
「『危険な新興カルト』だとさ。笑えるだろ」
俺は眉をひそめた。
「カルト?」
「ああ。正体不明の組織が、謎の農産物で政財界に浸透している、とな」
なるほど。
歌姫大根の効果が、逆に怪しまれているわけだ。
「誰かが吹き込んだのか」
「おそらくな。匿名のタレコミがあったらしい」
匿名のタレコミ。
心当たりは一つしかない。
「黒田か」
元上司の名前を口にした。
桐生がうなずく。
「証拠はない。だが、状況的には奴しかいない」
あの男、諦めが悪いな。
自分で乗り込んできて失敗したから、今度は権力を使って潰しにきたわけだ。
「今日の大根は?」
「賄賂だ。上層部の一部に配った」
桐生が苦笑する。
「味が良ければ、とりあえず手出しは控える。そういう連中だ」
「政治家と同じだな」
「似たようなもんだ」
桐生が二杯目を煽った。
「だが、いつまでも持たない。いずれ本格的な調査が入る」
「対策は?」
「考えてる。だが、お前も考えておけ」
桐生が立ち上がった。
「今日の配送、助かった。あの白い嬢ちゃん、いい目をしてたな」
「ユキか」
「ああ。『たたかっている』と言われた。見抜かれたよ」
桐生が苦笑を浮かべて、去っていった。
◆
夜。
炬燵で、俺はマフラーを巻いたまま考え込んでいた。
黒田が動いている。
公安の上層部を使って、こちらを潰そうとしている。
だが、焦る必要はない。
桐生が内部で動いてくれている。
歌姫大根の「賄賂」も効いている。
問題は、時間稼ぎがいつまで持つかだ。
「カイトさん」
ミレイが隣に座った。
「どうした」
「ユキさんが、笑いました」
「笑った?」
「おでんを食べながら、少しだけ。口の端が上がっていました」
俺は居間を見た。
ユキがおでんを食べている。
表情は相変わらず無表情だ。
だが、よく見ると。
口の端が、ほんのわずかに上がっている。
「まんぞく」
ユキがつぶやいた。
「おでん、おいしい。しごと、たのしい。なかま、あたたかい」
その言葉に、わずかな感情が乗っていた。
「あなた」
ユキが俺の方を向いた。
「わたしは、わらえた?」
「ミレイに聞け」
俺はミレイに視線を向けた。
ミレイが目を細める。
「はい。それが、笑うです」
「わらう」
ユキが言葉を反復する。
「うれしいとき、くちが、あがる」
「そうです」
「わたしも、できた」
ユキの表情が、また少し動いた。
不器用だが、確かに笑顔に近い何かだった。
悪くない。
クール便は成功した。
ユキは笑えるようになった。
桐生との連携も深まった。
だが。
黒田という災害は、まだ終わっていない。
災害は、資源だ。
利用する方法を、考えなければならない。
俺は炬燵に潜り込んだ。
明日のことは、明日考えよう。
今日は、ユキの成長を祝う夜だ。
続く
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