実家の裏庭がダンジョンだったので、口裂け女や八尺様に全自動で稼がせて俺は寝て暮らす〜元社畜のダンジョン経営〜

チャビューヘ

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第32話 怪異たちにビジネスマナーを教えたら、名刺が凶器になった件

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「全員集合」

 翌朝。縁側に怪異たちを並ばせた俺は、腕を組んで立っていた。
 冬の朝日が差し込む中、異形の従業員たちが行儀よく正座している。
 擬態の指輪で人間の姿をしているが、中身は相変わらずだ。

「昨日の監査、なんとか乗り切った。だが問題点が山積みだ」

 ミレイが背筋を伸ばして俺を見つめる。
 ユキは無表情のまま、首をわずかに傾けた。
 ハチさんは190cmの長身を持て余すように、あぐらをかいている。

「ぽぽぽ、何か問題あったかい?」

「ハチさん。名刺と社員証の違い、まだわかってないだろ」

「え、どっちも名前が書いてあるじゃん」

 頭が痛い。
 これが現実だ。

「今日は反省会と、人間教育をする」

 俺は百均で買ってきた名刺入れと、白紙の名刺を配った。
 名刺交換。ビジネスマナーの基本中の基本。
 これができなければ話にならない。

「まずは俺が手本を見せる。ミレイ、相手役を頼む」

「はい、カイトさん」

 ミレイが立ち上がり、俺の前に来る。
 名刺を両手で持ち、軽く頭を下げながら差し出す。

「株式会社アマガミ・ラボ、代表の雨神です」

「秘書のミレイです。お名刺、頂戴いたします」

 完璧だ。
 さすが唯一まともな従業員である。

「こんな感じだ。じゃあハチさん、やってみろ」

「おう、任せな!」

 ハチさんが立ち上がり、名刺を手に取った。
 両手で持ち。そして。

 ベリッ。

 名刺が真っ二つに裂けた。

「ぽぽぽ、紙が弱すぎるよ!」

「お前の握力がおかしいんだ」

 俺は新しい名刺を渡した。
 ハチさんは今度こそ慎重に、指先だけで名刺を挟む。

「土木建築課長の、えーと、ハチです! よろしく!」

 声がでかすぎる。
 だが、まあ及第点だ。

「次、ユキ」

「わたし」

 ユキが立ち上がった。
 名刺を両手で持ち、俺に差し出す。
 その瞬間。

 パキン。

 名刺が凍った。
 霜がびっしりと張り付き、白い煙が立ち上る。

「つめたいほうが、うれしい?」

「うれしくない」

 俺は凍った名刺を受け取った。
 指先が痺れる。

「ユキ。名刺交換の時は冷気を抑えろ」

「むずかしい」

「練習しろ」

「わかった。れんしゅう」

 ユキは無表情のまま、新しい名刺を手に取った。
 今度は凍らなかった。だが代わりに、名刺を渡す時に一言。

「やりがい。つめたいデザート」

 昨日の監査で答えた内容を反復している。
 癖が抜けていない。

「スキマ」

 壁の隙間から、白い手だけが伸びてきた。
 名刺を持っている。

「……どうぞ……」

「出てこい」

「……むり……」

 スキマは隙間から顔を出さない。
 名刺交換以前の問題だった。

「タマ」

 炬燵から黒猫が顔を出した。
 金色の瞳で名刺を見つめる。

 シャッ。シャッ。シャッ。

 爪で名刺をズタズタに引き裂いた。

「何してる」

「めんどい。寝る」

 タマは炬燵に戻っていった。
 猫又に名刺交換は無理だ。わかっていたが。

「ザシキ」

「はーい!」

 幼女の姿をした座敷童子が、元気よく立ち上がった。

「ザシキ、ちゃんとできるよ!」

 名刺を両手で持ち、深々と頭を下げる。

「福利厚生担当のザシキです! よろしくお願いします!」

「おお」

 意外とまともだ。
 だが次の瞬間。

「福があれば、名刺なんていらないもん!」

 ザシキは名刺を放り投げ、庭に駆け出していった。

 俺は深くため息をついた。
 福の神に正論を吐かれた。
 反論できない。

   ◆

 午前中いっぱい名刺交換の練習をしたが、成果は芳しくなかった。
 ハチさんは三回に一回、名刺を破る。
 ユキは緊張すると名刺を凍らせる。
 スキマはいまだに隙間から出てこない。

 俺は縁側に座り、お茶を飲んでいた。
 前途多難すぎる。

「カイトさん」

 ミレイが隣に座った。
 湯呑みを差し出してくる。

「お疲れ様です」

「ああ」

 茶をすすりながら、俺は考えていた。
 怪異たちに人間を演じさせる。
 それは仕様変更なしでバグを直せと言われるようなものだ。
 無理なものは無理だ。

「旦那ー!」

 庭からハチさんの声が聞こえた。
 見ると、ハチさんが黒田を担いでいる。

「部下、拾ってきたよ!」

 黒田は死んだ魚のような目をしていた。
 昨日の監査で「死ぬまで働きます!」と叫び、力尽きた男だ。

「タエさんが水ぶっかけて起こしたんだけどさ」

「ひぃ、降ろしてください」

 黒田がハチさんの肩から滑り落ちる。
 地面に尻餅をついた。

「黒田。体調は」

「は、はい。大丈夫です。最高の職場です」

 目が泳いでいる。
 条件反射で答えているだけだ。

「ぽぽぽ、こいつ筋がいいんだよ!」

 ハチさんが黒田の肩を叩いた。
 元課長の体がよろめく。

「昨日の夜、ちょっと現場手伝わせたらさ。枝払いとか、運搬とか」

「夜中に働かせたのか」

「倒れてたから、リハビリだよ! 体を動かすと元気になるじゃん!」

 それはリハビリではない。
 追加労働だ。

「お前、元ゴルフ部だっけ?」

「は、はい。学生時代に」

「体の使い方がいいんだよねえ。フォームがさ」

 ハチさんが嬉しそうに笑う。

「あたい、ああいうの好きだよ。ちゃんと動ける奴」

 黒田の背筋が、わずかに伸びた。
 目の焦点が戻る。
 声に、かすかな張りが出た。

「あ、ありがとうございます」

「ぽぽぽ、部下は大事にしないとね!」

 ハチさんは黒田の背中をバンバン叩いた。
 元課長の顔に、複雑な表情が浮かぶ。
 恐怖と困惑。そして、ほんの少しの充実感。

 ブラック企業で何年も働いた男だ。
 まともに褒められた経験がないのかもしれない。
 だから、こんな異常な状況でも。
 認められた瞬間、体が反応してしまう。

 社畜の悲しい性だ。
 俺にはよくわかる。

   ◆

 夕方になった。
 怪異たちの名刺交換は、一向に上達しない。

 俺は決断した。

「全員、聞け」

 縁側に再び集合させる。
 怪異たちが俺を見つめる。

「教育方針を変更する」

 ミレイが首を傾げた。

「お前たちに普通の人間を演じさせるのは無理だ」

「ぽぽぽ、やっぱり?」

「無理なものを直そうとするな。仕様を変えろ」

 俺は腕を組んだ。

「お前たちは『職人気質で変人な社員』という設定でいく。名刺を凍らせても『繊細な仕事をする人だから』で通す。笑い方がおかしくても『個性的な人だから』で通す」

 怪異たちの顔が明るくなった。

「無理に普通にならなくていい。俺が全部フォローする」

「やったー!」

 ザシキが飛び跳ねる。

「ぽぽぽ、やっぱ旦那はわかってるね!」

 ハチさんが笑う。

「……たすかる……」

 スキマが壁の隙間から、ほんの少しだけ顔を覗かせた。

「すき。このほうほう、すき」

 ユキが小さくうなずく。

「カイトさん、それでいいのですか」

 ミレイだけが心配そうな顔をしていた。

「いい。完璧を目指すより、誤魔化す方が現実的だ」

 バグを直すより、仕様に変えた方が早い。
 SEの鉄則だ。
 怪異の教育にも応用できる。

「お前たちは変人でいい。設定でカバーする」

 怪異たちが嬉しそうに笑った。
 まあ、次の監査までになんとかすればいい。

   ◆

 夜。
 居間で夕食を囲んでいた。
 ミレイの作った煮物は相変わらず美味い。

 黒田も端の席で食事をしている。
 顔色は昨日より良くなっていた。
 汗をかいたからだろう。

「黒田、明日から正式に土木建築課に配属だ」

「は、はい」

「ハチさんの下で働け」

「ぽぽぽ、よろしくね部下!」

 黒田の箸が止まった。
 だが、どこか諦めたような表情でもあった。

 その時。

 タマが顔を上げた。
 金色の瞳が、窓の外を見つめる。
 二股に分かれた尻尾が、ピンと立った。

「……なに」

 同時に、壁の隙間からスキマの声が聞こえた。

「……誰か……見てる……」

 俺のスマホが鳴った。

 画面を見る。
 『非通知』の文字。

 居間の空気が変わった。
 怪異たちが俺を見ている。

 俺は電話に出た。

「もしもし」

 加工された声が聞こえた。
 機械的で、感情のない音。

『いい会社をお持ちですね。雨神社長』

 背筋が冷たくなる。
 この声には聞き覚えがない。
 公安でもない。

「誰だ」

『近いうちに、ご挨拶に伺います』

 電話が切れた。

 俺はスマホを見つめた。
 ミレイが立ち上がりかけている。
 ハチさんの表情から笑みが消えている。
 ユキの周囲の温度が、わずかに下がった。

「カイトさん、今のは」

「わからない」

 監査を乗り切ったと思ったら、これだ。
 新しい問題が発生した。

 俺は茶碗を手に取った。
 次の敵が、もう動き始めている。
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