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「第九話」兵器としての敬礼
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目が覚めると、隣のベッドで寝ていたはずの少女はどこにもいなかった。
瞼を擦りながら上体を起こす。そこには簡単な置き手紙が一通、見やすいように開けられていた……”隊員の顔合わせをするから、二人で近くの喫茶店まで来い。増田より”とのことだ。
(威吹は、先に行ったみたいだな)
早く行こう。待たせるのは、不味い。
ベッドから起き上がり、最低限の身だしなみを整えてから喫茶店へと向かう。
思い返してみれば、あっという間だった。
新兵にも拘らずいきなり戦闘機に搭乗しての実践投入、撃墜されたり……なんやかんやあって変な絡繰具足の力でどうにか生き残って、今ここで腹の音を鳴らしながら喫茶店に向かっている俺がいる。
(そういえば、ここに来てからなにも食べれてなかったよな)
最後に食べたのは、あの電車の中での駅弁が最後だったはずだ。
そして、俺は不意に思い出す。つい最近まで一緒に飯を食っていたあいつを、俺を庇って死んでしまった戦友を。──今はもう、どこにもいない斑という男のことを。
「……斑」
悲しみが、悔やむような念が湧き上がってくる。
俺を庇って死んだアイツは、簡単に空を駆け巡る風になってしまった。この手で仇は討った、しかも生きて帰ってきた。……それでも、あの賢くふざけるアイツが戻ってきてくれるわけではない。
これが、戦友を失うということなのだろうか。
俺はこの先、多くの人間と関わりや信頼関係を築いていくだろう。それは素晴らしいことだ。だが同時に、ある日突然それらを失うという恐怖を知ってしまった。
(弱音を吐くな、馬鹿野郎)
涙など、流してなるものか。
他人事ではいられない。俺もいつか『天使』……或いはいずれきたる外国との逆襲戦争における戦場で朽ち果てるだろう。それは無念でも恐れでもなく本望でなくてはならない。
斑は、帝国軍人として見事な玉砕を遂げた。
そしてそれは、後の俺に訪れた偶然と偶然の連鎖により、勝利に結びついたんじゃないか。……アイツがいなければ、俺達は勝てなかったんだ。
(いつか、会いにいく。すまんがその時まで、一人で悪酔いでもしておいてくれ)
──どんっ。
「おっと?」
「あっ」
鳩尾辺りに視線を移すと、そこには青いのが尻もちを着いていた。
いや違う、これは人だ、十四ほどの子供じゃないか。どうやら俺は自分の中での考え事に囚われすぎて、そのままの意味で前が見えていなかったらしい。
「すまない、ぶつかってしまった。少し考え事をしていたものでな……立てるか?」
「あ、ありがとうございます」
伸ばされた手を握った、瞬間。
「……は?」
取れた。
比喩でもなんでもなく、手が、取れた。
「すみません!」
ぱしっ、と。呆然とする俺から、少女は”手”を奪い取った……彼女はそれをよそよそしく手首の先端にはめ込み、ぐりっとねじった。
握って、開く。その動作の後に、ふぅと一息。
「こちらの方こそごめんなさい。……あの、ここの出口ってどこにあるか分かったりしますか……? ちょっととある喫茶店に行きたくて」
「あ、ああ……」
ここの出口。喫茶店。
俺から自分が向かおうとしている場所の名前を聞いて、俺の疑いは少しずつ確信へと近づいていた。そうか、この子も。……胸にちくりと刺さるものを感じながら、それはなるべく表に出さないように応じた。
「……この先をまっすぐ行った先を左に曲がり、しばらく行った先にある。なんなら俺もこれからそこに用があるんだが、一緒に行くというのはどうだ?」
「いいんですか!? ありがたいです、昔から方向音痴なもので……ははは」
感情、表情、仕草。あまりにも豊かな”人間味”を肌で感じる。
皮膚から感じ取ったあの硬さや冷たさがまだ指先に残っているからこそ、俺は嫌な予感がした。多分そうなのだろう、きっとそうなんだろうが、そういう現実がまだまだあるということをあまり考えたくなかった。
身長差のある俺達は並んで歩いた。
無論、そこから向けられる他の兵士の視線はものすごかった。ヒソヒソと聞こえる噂話の中には、”神風隊”だの”アレが例の……”など、耳を塞ぎたくなるような言葉ばかりである。
「そういえば……えっと、お兄さんは」
「天道勇だ。勇でいい」
「いさむ、勇さん……えっ!? ”あの”小笠原第二戦線での勝利の立役者!? じゃあ、じゃあ! 私と同じ部隊じゃないですか!」
”私と同じ部隊”という言葉に、俺はああやはりそうなのかと肩を落とした。
周囲の野次馬の推測はバッチリ当たってしまっていた。どうにか否定したかったが、こんな場所に子供がいる時点で答えはわかりきっていた。
「ああそうだ、私も自己紹介しないと!」
改まり、俺の前に出てきたその子は、あまりにも見事な敬礼を見せてきた。
「本日から貴君と同じ対『天使』特殊作戦部隊……『神風隊』に所属することになりました、『神風』の伊綱玲子です! 勇さん、これから共に戦うこともあるかもしれませんが……お互いに死なないよう、頑張っていきましょう!」
子供ではない。
「……あぁ」
軍人、いいや兵器としての敬礼に、俺も同じ敬礼で応じて、しまった。
瞼を擦りながら上体を起こす。そこには簡単な置き手紙が一通、見やすいように開けられていた……”隊員の顔合わせをするから、二人で近くの喫茶店まで来い。増田より”とのことだ。
(威吹は、先に行ったみたいだな)
早く行こう。待たせるのは、不味い。
ベッドから起き上がり、最低限の身だしなみを整えてから喫茶店へと向かう。
思い返してみれば、あっという間だった。
新兵にも拘らずいきなり戦闘機に搭乗しての実践投入、撃墜されたり……なんやかんやあって変な絡繰具足の力でどうにか生き残って、今ここで腹の音を鳴らしながら喫茶店に向かっている俺がいる。
(そういえば、ここに来てからなにも食べれてなかったよな)
最後に食べたのは、あの電車の中での駅弁が最後だったはずだ。
そして、俺は不意に思い出す。つい最近まで一緒に飯を食っていたあいつを、俺を庇って死んでしまった戦友を。──今はもう、どこにもいない斑という男のことを。
「……斑」
悲しみが、悔やむような念が湧き上がってくる。
俺を庇って死んだアイツは、簡単に空を駆け巡る風になってしまった。この手で仇は討った、しかも生きて帰ってきた。……それでも、あの賢くふざけるアイツが戻ってきてくれるわけではない。
これが、戦友を失うということなのだろうか。
俺はこの先、多くの人間と関わりや信頼関係を築いていくだろう。それは素晴らしいことだ。だが同時に、ある日突然それらを失うという恐怖を知ってしまった。
(弱音を吐くな、馬鹿野郎)
涙など、流してなるものか。
他人事ではいられない。俺もいつか『天使』……或いはいずれきたる外国との逆襲戦争における戦場で朽ち果てるだろう。それは無念でも恐れでもなく本望でなくてはならない。
斑は、帝国軍人として見事な玉砕を遂げた。
そしてそれは、後の俺に訪れた偶然と偶然の連鎖により、勝利に結びついたんじゃないか。……アイツがいなければ、俺達は勝てなかったんだ。
(いつか、会いにいく。すまんがその時まで、一人で悪酔いでもしておいてくれ)
──どんっ。
「おっと?」
「あっ」
鳩尾辺りに視線を移すと、そこには青いのが尻もちを着いていた。
いや違う、これは人だ、十四ほどの子供じゃないか。どうやら俺は自分の中での考え事に囚われすぎて、そのままの意味で前が見えていなかったらしい。
「すまない、ぶつかってしまった。少し考え事をしていたものでな……立てるか?」
「あ、ありがとうございます」
伸ばされた手を握った、瞬間。
「……は?」
取れた。
比喩でもなんでもなく、手が、取れた。
「すみません!」
ぱしっ、と。呆然とする俺から、少女は”手”を奪い取った……彼女はそれをよそよそしく手首の先端にはめ込み、ぐりっとねじった。
握って、開く。その動作の後に、ふぅと一息。
「こちらの方こそごめんなさい。……あの、ここの出口ってどこにあるか分かったりしますか……? ちょっととある喫茶店に行きたくて」
「あ、ああ……」
ここの出口。喫茶店。
俺から自分が向かおうとしている場所の名前を聞いて、俺の疑いは少しずつ確信へと近づいていた。そうか、この子も。……胸にちくりと刺さるものを感じながら、それはなるべく表に出さないように応じた。
「……この先をまっすぐ行った先を左に曲がり、しばらく行った先にある。なんなら俺もこれからそこに用があるんだが、一緒に行くというのはどうだ?」
「いいんですか!? ありがたいです、昔から方向音痴なもので……ははは」
感情、表情、仕草。あまりにも豊かな”人間味”を肌で感じる。
皮膚から感じ取ったあの硬さや冷たさがまだ指先に残っているからこそ、俺は嫌な予感がした。多分そうなのだろう、きっとそうなんだろうが、そういう現実がまだまだあるということをあまり考えたくなかった。
身長差のある俺達は並んで歩いた。
無論、そこから向けられる他の兵士の視線はものすごかった。ヒソヒソと聞こえる噂話の中には、”神風隊”だの”アレが例の……”など、耳を塞ぎたくなるような言葉ばかりである。
「そういえば……えっと、お兄さんは」
「天道勇だ。勇でいい」
「いさむ、勇さん……えっ!? ”あの”小笠原第二戦線での勝利の立役者!? じゃあ、じゃあ! 私と同じ部隊じゃないですか!」
”私と同じ部隊”という言葉に、俺はああやはりそうなのかと肩を落とした。
周囲の野次馬の推測はバッチリ当たってしまっていた。どうにか否定したかったが、こんな場所に子供がいる時点で答えはわかりきっていた。
「ああそうだ、私も自己紹介しないと!」
改まり、俺の前に出てきたその子は、あまりにも見事な敬礼を見せてきた。
「本日から貴君と同じ対『天使』特殊作戦部隊……『神風隊』に所属することになりました、『神風』の伊綱玲子です! 勇さん、これから共に戦うこともあるかもしれませんが……お互いに死なないよう、頑張っていきましょう!」
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