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第3話「ならば、私が貰おう」
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「――王子」
静まり返ったホールに、低く、冷たい声が響いた。それはまるで、真冬の湖の底から響いてくるような、底冷えのする声だった。
アレクシス公爵は、俺の前に立ったまま、視線だけをエリアス王子へと向ける。その瞳には、何の感情も浮かんでいない。それが逆に、得体のしれない恐怖を掻き立てた。
「これは、一体何の茶番ですかな?」
「こ、公爵閣下……!これは、その……」
さっきまでの威勢はどこへやら、エリアス王子は明らかに狼狽していた。無理もない。相手は王族であろうと一切の容赦をしないことで有名な「氷の公爵」なのだから。
「茶番、とは聞き捨てなりませんな!私は真実の愛を見つけたのです!それに引き換え、こいつは……!」
王子は必死に虚勢を張り、俺を指差した。しかし、アレクシス公爵はそんな王子を一瞥すると、興味を失ったかのように再び俺へと視線を戻した。
「ふむ。つまり、この方はもうご不要だと。そういうことでよろしいですかな?」
その言葉は、まるで道端に落ちている石ころの所有権を確かめるような、無機質な響きを持っていた。
「そ、そうだ!こんな役立たず、もはや私には必要ない!」
王子がそう叫んだ瞬間、アレクシス公爵の口元に、ほんのわずかな笑みが浮かんだように見えた。それは、獲物を見つけた肉食獣のような、獰猛で美しい笑みだった。
会場中の注目が、再び俺と公爵の二人に集まる。
次の瞬間、放たれた言葉に、俺は自分の耳を疑った。
「ならば、私が貰おう」
時が、止まった。
今、この人は何と言った?
貰う?何を?誰を?……俺を?
混乱する頭で彼の顔を見上げるが、その氷の瞳はただ静かに俺を映しているだけで、真意を読み取ることはできない。
凍りついたのは、俺だけではなかった。エリアス王子は目を白黒させ、隣の伯爵令嬢はあんぐりと口を開けている。周囲の貴族たちも、誰一人として声を発することができずにいた。
「な……何を、おっしゃっているのですか、公爵閣下!?」
最初に我に返ったエリアス王子が、裏返った声で叫ぶ。
「聞こえませんでしたかな?王子がご不要というのなら、その方を私が貰い受けよう、と申し上げたのです」
アレクシス公爵は淡々と、しかし有無を言わせぬ響きで繰り返した。その言葉は、決定事項であるかのように、ホール全体に重く響き渡った。
「そ、そんな……馬鹿な!なぜ貴方のような方が、こんな地味で取り柄のない男を!」
「私が誰を望もうと、それは私の自由でしょう。それとも、王子は一度捨てたものに、まだ所有権があるとでも主張なさるおつもりか?」
冷たい声に、王子はぐっと言葉を詰まらせる。
その隙に、アレクシス公爵はすっと俺の目の前に膝をついた。
え、と声を上げる間もなく、彼は俺の右手を取る。そして、まるで姫君に接するかのように、その甲に恭しく唇を寄せた。
「ミナト、だったか。私の名はアレクシス・フォン・ヴァインベルク。私と共に来る気はないか?」
囁くような声。間近で見る彼の顔は、この世のものとは思えないほど整っていた。そして、冷たい氷のようだと感じていた青い瞳の奥に、なぜか燃えるような熱が宿っていることに、俺は気づいてしまった。
訳が分からない。何もかもが分からない。
ただ、目の前の男の瞳に見つめられていると、まるで魂ごと引きずり込まれそうな感覚に陥る。
頷くことも、拒むこともできず、ただ呆然と彼を見つめるしかできなかった。
そんな俺の様子を肯定と受け取ったのか、アレクシスは満足そうに微笑むと、すっくと立ち上がった。そして、俺の腰を力強い腕でぐいと引き寄せる。
「ひゃっ!?」
思わず変な声が出た。俺の体は、いとも簡単に彼の胸の中に収まってしまった。硬い胸板と、微かに香るミントのような爽やかな匂い。心臓が、破裂しそうなほど速く鼓動を打っている。
「では、失礼する」
アレクシス公爵は、唖然とする王室一家や貴族たちにそれだけ告げると、俺を抱きかかえるようにして踵を返した。
抵抗なんてできるはずもなかった。ただ、彼の逞しい腕にされるがまま、俺はその場を後にすることになる。
背後で、エリアス王子の「待て!」という間抜けな声が聞こえたような気がしたが、もうどうでもよかった。
これが、甘く、そして重すぎるほどの溺愛生活の始まりだということを、この時の俺はまだ知る由もなかった。
静まり返ったホールに、低く、冷たい声が響いた。それはまるで、真冬の湖の底から響いてくるような、底冷えのする声だった。
アレクシス公爵は、俺の前に立ったまま、視線だけをエリアス王子へと向ける。その瞳には、何の感情も浮かんでいない。それが逆に、得体のしれない恐怖を掻き立てた。
「これは、一体何の茶番ですかな?」
「こ、公爵閣下……!これは、その……」
さっきまでの威勢はどこへやら、エリアス王子は明らかに狼狽していた。無理もない。相手は王族であろうと一切の容赦をしないことで有名な「氷の公爵」なのだから。
「茶番、とは聞き捨てなりませんな!私は真実の愛を見つけたのです!それに引き換え、こいつは……!」
王子は必死に虚勢を張り、俺を指差した。しかし、アレクシス公爵はそんな王子を一瞥すると、興味を失ったかのように再び俺へと視線を戻した。
「ふむ。つまり、この方はもうご不要だと。そういうことでよろしいですかな?」
その言葉は、まるで道端に落ちている石ころの所有権を確かめるような、無機質な響きを持っていた。
「そ、そうだ!こんな役立たず、もはや私には必要ない!」
王子がそう叫んだ瞬間、アレクシス公爵の口元に、ほんのわずかな笑みが浮かんだように見えた。それは、獲物を見つけた肉食獣のような、獰猛で美しい笑みだった。
会場中の注目が、再び俺と公爵の二人に集まる。
次の瞬間、放たれた言葉に、俺は自分の耳を疑った。
「ならば、私が貰おう」
時が、止まった。
今、この人は何と言った?
貰う?何を?誰を?……俺を?
混乱する頭で彼の顔を見上げるが、その氷の瞳はただ静かに俺を映しているだけで、真意を読み取ることはできない。
凍りついたのは、俺だけではなかった。エリアス王子は目を白黒させ、隣の伯爵令嬢はあんぐりと口を開けている。周囲の貴族たちも、誰一人として声を発することができずにいた。
「な……何を、おっしゃっているのですか、公爵閣下!?」
最初に我に返ったエリアス王子が、裏返った声で叫ぶ。
「聞こえませんでしたかな?王子がご不要というのなら、その方を私が貰い受けよう、と申し上げたのです」
アレクシス公爵は淡々と、しかし有無を言わせぬ響きで繰り返した。その言葉は、決定事項であるかのように、ホール全体に重く響き渡った。
「そ、そんな……馬鹿な!なぜ貴方のような方が、こんな地味で取り柄のない男を!」
「私が誰を望もうと、それは私の自由でしょう。それとも、王子は一度捨てたものに、まだ所有権があるとでも主張なさるおつもりか?」
冷たい声に、王子はぐっと言葉を詰まらせる。
その隙に、アレクシス公爵はすっと俺の目の前に膝をついた。
え、と声を上げる間もなく、彼は俺の右手を取る。そして、まるで姫君に接するかのように、その甲に恭しく唇を寄せた。
「ミナト、だったか。私の名はアレクシス・フォン・ヴァインベルク。私と共に来る気はないか?」
囁くような声。間近で見る彼の顔は、この世のものとは思えないほど整っていた。そして、冷たい氷のようだと感じていた青い瞳の奥に、なぜか燃えるような熱が宿っていることに、俺は気づいてしまった。
訳が分からない。何もかもが分からない。
ただ、目の前の男の瞳に見つめられていると、まるで魂ごと引きずり込まれそうな感覚に陥る。
頷くことも、拒むこともできず、ただ呆然と彼を見つめるしかできなかった。
そんな俺の様子を肯定と受け取ったのか、アレクシスは満足そうに微笑むと、すっくと立ち上がった。そして、俺の腰を力強い腕でぐいと引き寄せる。
「ひゃっ!?」
思わず変な声が出た。俺の体は、いとも簡単に彼の胸の中に収まってしまった。硬い胸板と、微かに香るミントのような爽やかな匂い。心臓が、破裂しそうなほど速く鼓動を打っている。
「では、失礼する」
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