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第12話「夜明けの約束」
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地下牢を抜け出したエリオットは、宰相の屋敷の薄暗い廊下を息を殺して進んでいた。
魂の繋がりが示す方向は、上階。おそらく、宰相の執務室か、あるいはもっと特別な部屋。そこに、自分をおびき寄せるための何かが、あるいはカイゼル自身がいるのかもしれない。
一方、カイゼルもまた、魂の共鳴によってエリオットの居場所を正確に突き止めていた。
彼は副官ギルバートに、屋敷の正面で陽動を行うよう命じると、自らは少数の精鋭を率いて、エリオットがいるであろう屋敷の裏手へと密かに回り込んでいた。
「全軍、突入せよ!」
ギルバートの号令と共に、騎士団の主力が宰相の屋敷の正門に殺到する。
屋敷中が、侵入者を知らせる警報と兵士たちの怒号で、一気に騒がしくなった。
その混乱に乗じて、カイゼルたちは裏手の庭園から、いとも簡単に屋敷への侵入を果たした。
「エリオットは、この上だ!」
カイゼルは、迷うことなく階段を駆け上がる。
その頃、エリオットは屋敷の最上階にある、豪華な謁見の間にたどり着いていた。
広間の中心には、オルコット宰相が満足げな笑みを浮かべて一人、玉座に腰掛けている。
「……よくぞここまで来たね、エリオット君。君のそのささやかな抵抗は、実に愛らしい」
まるで、すべてお見通しだと言わんばかりの余裕の態度。
「だが、それもここまでだ。ちょうど、主役も到着したようだからね」
宰相が、広間の巨大な扉の方へ視線を送る。
その視線の先で、扉が大きな音を立てて開け放たれた。
そこに立っていたのは、カイゼルだった。
息を切らし、しかしその瞳には燃えるような怒りの炎を宿して。
「エリオット!」
「カイゼル様……!」
二人の視線が、絡み合う。
しかし、カイゼルがエリオットの元へ駆け寄ろうとした瞬間、宰相が、パチン、と再び指を鳴らした。
すると、エリオットの足元から再び影の魔法が伸び、彼を捕らえた。それだけではない。広間の四方から数十人の武装した兵士たちが現れ、カイゼルを取り囲んだ。
「久しぶりだね、カイゼル君。君が、私の可愛い小鳥を助けに来ることは、わかっていたよ」
宰相はゆっくりと玉座から立ち上がると、捕らえられたエリオットの顎を、侮辱するように掴んだ。
「今宵、君には歴史的な瞬間の証人となってもらおう。この忌々しい『氷の騎士』が、愛しいΩの魂香によって理性を失い、この私に牙をむく、反逆者へと成り下がる瞬間をね!」
宰相は懐から小さな鍵を取り出すと、それをエリオットの首輪に差し込んだ。
カチリ、と音がして、抑制の魔道具が外れる。
その瞬間、封じられていたエリオットの魂香が奔流となって広間中に溢れ出した。それは、監禁されていた恐怖とカイゼルを想う切ない愛情が入り混じった、甘く、そしてひどく煽情的な香りだった。
「ぐっ……!」
その濃密なΩの香りを真正面から浴びたカイゼルの体が、大きくよろめいた。
体の奥底で、呪いによって抑えつけられていた魂香のマグマが、待っていましたとばかりに一気に噴き上がろうとする。
理性が、ぐらりと揺らぐ。目が、本能的なαの欲望で赤く染まり始めた。
「そうだ、カイゼル君! それが君の、本来の姿だ! さあ、本能のままにその小鳥を貪り、そして私を殺すがいい! そうすれば、君は晴れて反逆者となれる!」
宰相の高笑いが、広間に響き渡る。
兵士たちが、固唾をのんで主君の暴走を見守っていた。
もう、だめだ。
カイゼルの意識が、欲望の濁流に飲み込まれそうになった、その時。
「――カイゼル様!」
エリオットの、凛とした声が彼の魂を呼び覚ました。
見ると、影に捕らえられたエリオットが、必死の形相でカイゼルを見つめていた。
その瞳には、恐怖ではなく、絶対的な信頼の光が宿っている。
「信じています! あなたは、呪いなんかに負けたりしない!」
その言葉が、カイゼルの心に深く、深く突き刺さった。
そうだ。自分は、一人ではない。
自分を信じ、待っていてくれる人がいる。
その想いが、カイゼルの理性を辛うじて繋ぎとめた。
「……うるさいぞ、小僧!」
宰相が、苛立ち紛れにエリオットを殴ろうとした、その瞬間だった。
「――させん!」
カイゼルは最後の理性を振り絞り、地面を蹴った。
彼の動きは、もはや人間のそれを超えていた。兵士たちの壁を瞬く間に突破し、宰相の眼前に迫る。
しかし、彼が狙ったのは宰相ではなかった。
カイゼルは、エリオットを捕らえている影の魔法の核となっている床の一点を、剣で力任せに叩き割った。
魔力の供給源を断たれ、影の拘束が霧のように消え去る。
自由になったエリオットは、カイゼルの元へと駆け寄った。
そして、懐から取り出した数種類のハーブの入った小袋を、彼の顔の前で破いた。
それは、彼が品評会のために作り上げた、あの「魂癒の香油」の原料だった。
清らかで、心を鎮める香りが、カイゼルの荒ぶる魂香を優しく包み込んでいく。
「カイゼル様、しっかり!」
「……エリオット……。すまない……」
カイゼルの瞳から赤い光が消え、元の蒼氷の色が戻ってくる。
二人の魂香が完全に共鳴し、混じり合う。それは、呪いの力すらも凌駕する、愛の力だった。
「馬鹿な……! ありえん……!」
目の前の光景が信じられず、宰相が後ずさる。
そこへ、ギルバート率いる騎士団の本隊が、なだれ込むように広間へと突入してきた。
もはや、勝敗は決した。
「オルコット宰相! 国王への反逆と、騎士団長殺害未遂の容疑で、逮捕する!」
ギルバートの力強い声が、夜明け前の広間に響き渡る。
すべての陰謀は潰え、悪は、その裁きを受ける時が来たのだ。
朝日が、広間の大きな窓から差し込み始める。
その光の中で、カイゼルは、疲労困憊のエリオットを優しく、しかし力強く抱きしめた。
「……助けに来てくれて、ありがとう、カイゼル様」
「君こそ、私を救ってくれた。……もう二度と、君を離さない」
二人は、互いの無事を確かめ合うように、そっと口づけを交わした。
それは長い夜の終わりと、新しい朝の始まりを告げる、夜明けの約束だった。
魂の繋がりが示す方向は、上階。おそらく、宰相の執務室か、あるいはもっと特別な部屋。そこに、自分をおびき寄せるための何かが、あるいはカイゼル自身がいるのかもしれない。
一方、カイゼルもまた、魂の共鳴によってエリオットの居場所を正確に突き止めていた。
彼は副官ギルバートに、屋敷の正面で陽動を行うよう命じると、自らは少数の精鋭を率いて、エリオットがいるであろう屋敷の裏手へと密かに回り込んでいた。
「全軍、突入せよ!」
ギルバートの号令と共に、騎士団の主力が宰相の屋敷の正門に殺到する。
屋敷中が、侵入者を知らせる警報と兵士たちの怒号で、一気に騒がしくなった。
その混乱に乗じて、カイゼルたちは裏手の庭園から、いとも簡単に屋敷への侵入を果たした。
「エリオットは、この上だ!」
カイゼルは、迷うことなく階段を駆け上がる。
その頃、エリオットは屋敷の最上階にある、豪華な謁見の間にたどり着いていた。
広間の中心には、オルコット宰相が満足げな笑みを浮かべて一人、玉座に腰掛けている。
「……よくぞここまで来たね、エリオット君。君のそのささやかな抵抗は、実に愛らしい」
まるで、すべてお見通しだと言わんばかりの余裕の態度。
「だが、それもここまでだ。ちょうど、主役も到着したようだからね」
宰相が、広間の巨大な扉の方へ視線を送る。
その視線の先で、扉が大きな音を立てて開け放たれた。
そこに立っていたのは、カイゼルだった。
息を切らし、しかしその瞳には燃えるような怒りの炎を宿して。
「エリオット!」
「カイゼル様……!」
二人の視線が、絡み合う。
しかし、カイゼルがエリオットの元へ駆け寄ろうとした瞬間、宰相が、パチン、と再び指を鳴らした。
すると、エリオットの足元から再び影の魔法が伸び、彼を捕らえた。それだけではない。広間の四方から数十人の武装した兵士たちが現れ、カイゼルを取り囲んだ。
「久しぶりだね、カイゼル君。君が、私の可愛い小鳥を助けに来ることは、わかっていたよ」
宰相はゆっくりと玉座から立ち上がると、捕らえられたエリオットの顎を、侮辱するように掴んだ。
「今宵、君には歴史的な瞬間の証人となってもらおう。この忌々しい『氷の騎士』が、愛しいΩの魂香によって理性を失い、この私に牙をむく、反逆者へと成り下がる瞬間をね!」
宰相は懐から小さな鍵を取り出すと、それをエリオットの首輪に差し込んだ。
カチリ、と音がして、抑制の魔道具が外れる。
その瞬間、封じられていたエリオットの魂香が奔流となって広間中に溢れ出した。それは、監禁されていた恐怖とカイゼルを想う切ない愛情が入り混じった、甘く、そしてひどく煽情的な香りだった。
「ぐっ……!」
その濃密なΩの香りを真正面から浴びたカイゼルの体が、大きくよろめいた。
体の奥底で、呪いによって抑えつけられていた魂香のマグマが、待っていましたとばかりに一気に噴き上がろうとする。
理性が、ぐらりと揺らぐ。目が、本能的なαの欲望で赤く染まり始めた。
「そうだ、カイゼル君! それが君の、本来の姿だ! さあ、本能のままにその小鳥を貪り、そして私を殺すがいい! そうすれば、君は晴れて反逆者となれる!」
宰相の高笑いが、広間に響き渡る。
兵士たちが、固唾をのんで主君の暴走を見守っていた。
もう、だめだ。
カイゼルの意識が、欲望の濁流に飲み込まれそうになった、その時。
「――カイゼル様!」
エリオットの、凛とした声が彼の魂を呼び覚ました。
見ると、影に捕らえられたエリオットが、必死の形相でカイゼルを見つめていた。
その瞳には、恐怖ではなく、絶対的な信頼の光が宿っている。
「信じています! あなたは、呪いなんかに負けたりしない!」
その言葉が、カイゼルの心に深く、深く突き刺さった。
そうだ。自分は、一人ではない。
自分を信じ、待っていてくれる人がいる。
その想いが、カイゼルの理性を辛うじて繋ぎとめた。
「……うるさいぞ、小僧!」
宰相が、苛立ち紛れにエリオットを殴ろうとした、その瞬間だった。
「――させん!」
カイゼルは最後の理性を振り絞り、地面を蹴った。
彼の動きは、もはや人間のそれを超えていた。兵士たちの壁を瞬く間に突破し、宰相の眼前に迫る。
しかし、彼が狙ったのは宰相ではなかった。
カイゼルは、エリオットを捕らえている影の魔法の核となっている床の一点を、剣で力任せに叩き割った。
魔力の供給源を断たれ、影の拘束が霧のように消え去る。
自由になったエリオットは、カイゼルの元へと駆け寄った。
そして、懐から取り出した数種類のハーブの入った小袋を、彼の顔の前で破いた。
それは、彼が品評会のために作り上げた、あの「魂癒の香油」の原料だった。
清らかで、心を鎮める香りが、カイゼルの荒ぶる魂香を優しく包み込んでいく。
「カイゼル様、しっかり!」
「……エリオット……。すまない……」
カイゼルの瞳から赤い光が消え、元の蒼氷の色が戻ってくる。
二人の魂香が完全に共鳴し、混じり合う。それは、呪いの力すらも凌駕する、愛の力だった。
「馬鹿な……! ありえん……!」
目の前の光景が信じられず、宰相が後ずさる。
そこへ、ギルバート率いる騎士団の本隊が、なだれ込むように広間へと突入してきた。
もはや、勝敗は決した。
「オルコット宰相! 国王への反逆と、騎士団長殺害未遂の容疑で、逮捕する!」
ギルバートの力強い声が、夜明け前の広間に響き渡る。
すべての陰謀は潰え、悪は、その裁きを受ける時が来たのだ。
朝日が、広間の大きな窓から差し込み始める。
その光の中で、カイゼルは、疲労困憊のエリオットを優しく、しかし力強く抱きしめた。
「……助けに来てくれて、ありがとう、カイゼル様」
「君こそ、私を救ってくれた。……もう二度と、君を離さない」
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