出来損ないΩと虐げられ追放された僕が、魂香を操る薬師として呪われ騎士団長様を癒し、溺愛されるまで

水凪しおん

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番外編「騎士の不器用な恋煩い」

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 俺、ギルバートは、長年カイゼル・フォン・アードラー騎士団長閣下の副官を務めてきた。
 我が主君は、皆が知る通り「氷の騎士」の異名を持つ、完璧なαだ。常に冷静沈着、一切の私情を挟まず、その判断に間違いがあったことは一度もない。
 部下である俺が言うのもなんだが、あまりに完璧すぎて、少し人間味に欠けるのが玉に瑕、といったところだろうか。

 そんな主君の様子が少しおかしい、と俺が気づいたのはここ数ヶ月のことだ。
 きっかけは、王都の南地区にある一軒の薬草店だった。
 主君は、呪いの治療のためだと言って、その店に夜な夜なお忍びで通い始めたのだ。

 最初は、俺も純粋に主君の呪いが癒えることを願っていた。
 しかし、通い始めてしばらく経った頃から、主君の言動に奇妙な変化が現れ始めた。

 まず、執務を終える時間が異常に早くなった。
 今までなら日が暮れても書類の山と格闘していたというのに、最近では定時になると、そわそわと時計を気にし始める。

「ギルバート、後のことは任せた」

 そう言って風のように執務室を去っていく主君の背中を、俺は何度呆然と見送ったことだろうか。

 そして、甘いものをよく口にするようになった。
 先日など、王宮の食堂で俺の分のデザートのプディングまで、「少し、味見をさせろ」と言ってぺろりと平らげてしまった。氷の騎士は、どこへ行ったんだ。

 極めつけは、これだ。
 先日、主君が執務室で何やら考え事をしながら、口元がほんのわずかに、本当にほんのわずかに、緩んでいるのを目撃してしまったのだ。
 あのカイゼル様が、だ。
 俺は思わず我が目を疑った。天変地異の前触れか、あるいはついに主君の呪いが頭にまで回ってしまったのではないかと、本気で心配した。

「……閣下、何か、良いことでもおありで?」

 俺が、おそるおそる尋ねると、主君ははっと我に返ったように、いつもの無表情に戻った。

「……いや、何でもない。それより、次の会議の資料はできているのか」

 そう言って、咳払いをする。
 その耳がかすかに赤くなっていることに、俺は気づかないふりをした。

 ああ、間違いない。
 我が主君は、恋をしている。
 それも、あの薬草店の店主に。

 その店主、エリオット君のことは俺も少しだけ知っている。
 あの品評会での一件で初めて彼の姿を見たが、噂に違わぬ、儚げで、しかし芯の強そうな美しい青年だった。
 主君が彼に惹かれるのも、無理はない。
 長年、孤独な呪いと戦い続けてきた主君にとって、彼の存在はきっと唯一の光なのだろう。

 宰相の陰謀が明らかになり、エリオット君が攫われたと知った時の主君の姿は、俺も生涯忘れることはないだろう。
 あの時の主君は、もはや「氷の騎士」ではなかった。
 愛する者を奪われた、一人のαの雄だった。その怒りと絶望に満ちた魂香は、そばにいるだけで肌が焼け付くようだった。

 無事にエリオット君を救い出し、すべてが終わった後。
 主君は、俺にこう言った。

「ギルバート。私は、騎士団長を辞す。少し、長い休暇をもらうことにした」

「……承知いたしました」

 俺は何も聞かずに、ただ深く頭を下げた。
 理由は、聞かなくてもわかっていたからだ。

「閣下。……いえ、カイゼル様。どうか、お幸せに」

 俺がそう言うと、主君は少し驚いたような顔をしたが、やがて、ふっと、本当に穏やかな心からの笑みを浮かべた。
 俺が初めて見る、彼の素顔だった。

「……ああ。ありがとう、ギルバート」

 そうして、彼は去って行った。
 愛する人の、待つ場所へ。

 残された執務室で、俺は山のような書類を前に大きなため息をついた。
 これから、後始末が大変そうだ。
 だが、不思議と嫌な気はしなかった。
 あの不器用な主君がようやく見つけた幸せだ。
 副官として、いや、長年の友人として、それを全力でサポートするのが俺の最後の仕事だろう。

 さて、と。
 まずは、あの二人の新居の祝いに何を贈るか考えることにしようか。
 甘いものが好きだと言っていたから、王都で一番うまいケーキでも探してみるか。
 そんなことを考えながら、俺は少しだけ楽しくなった気分で仕事に取り掛かった。
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