冷酷なアルファ(氷の将軍)に嫁いだオメガ、実はめちゃくちゃ愛されていた。

水凪しおん

文字の大きさ
8 / 11

第7話「氷解の告白」

しおりを挟む
 翌朝、帝国の空は、まるでこれから起こる嵐を予感させるかのように、厚い灰色の雲に覆われていた。
 クロヴィスは軍の正装に身を包み、腰には愛用の長剣を佩いている。その隣には、セレーネの正装である白い衣を纏ったユアンが、緊張した面持ちで、しかし背筋を伸ばして立っていた。二人はリオをはじめとするクロヴィスの腹心数名だけを伴い、皇帝の待つ謁見の間へと向かった。

 皇帝への謁見は、極秘裏に行われた。クロヴィスが差し出した分厚い証拠書類の束に、老練な皇帝は静かに、しかし鋭い視線で目を通していく。宰相オルバンが、反和平派の貴族やセレーネ国内の反乱分子と結託し、国を揺るがそうとしていた事実。そして、将軍の番であるユアンを毒殺しようとしたこと。全ての罪が、動かぬ証拠と共に白日の下に晒された。
 皇帝の顔が、みるみるうちに怒りで赤く染まっていく。
「……オルバンを、ここへ」
 皇帝の静かな命令が、謁見の間に響き渡った。

 何も知らずに呼び出された宰相オルバンは、いつものように柔和な笑みを浮かべて謁見の間に現れた。だが、そこにクロヴィスとユアンがいるのを見て、そして皇帝のただならぬ雰囲気を感じ取って、その顔からすっと笑みが消えた。
「陛下、これは一体……」
「とぼけるな、オルバン」
 皇帝は、証拠書類の束を彼の足元に投げつけた。
「貴様の罪は、全て分かっている。帝国を裏切り、私腹を肥やし、あまつさえ将軍の番にまで手をかけた。万死に値するぞ」
 書類に目を通したオルバンの顔が、絶望で歪む。もはや、言い逃れはできない。全てが終わったのだと悟ったのだろう。
 だが、追い詰められた獣は、最後の牙を剥く。
 オルバンは、一瞬の隙をついて懐から隠し持っていた短剣を抜き放つと、最も力の弱いユアンに襲いかかった。
「ユアン!」
 クロヴィスの絶叫が響く。だが、間に合わない。オルバンの腕がユアンの首に回され、その喉元に冷たい刃が突きつけられた。
「動くな! 動けば、このオメガの命はないぞ!」
 オルバンは、ユアンを盾にしながら、じりじりと後退する。兵士たちが一斉に剣を抜くが、人質を取られていては手が出せない。
 ユアンの体は、恐怖で氷のように固まっていた。喉元に感じる、死の冷たさ。耳元で聞こえる、オルバンの荒い息遣い。頭が真っ白になり、足が震える。
(怖い……!)
 だが、その時。ユアンの脳裏に、クロヴィスの声が響いた。
『もしもの時は、相手の重心を崩せ。肘で、みぞおちを突くんだ』
 それは、調査の合間に、クロヴィスが護身術として教えてくれたことだった。まさか、本当に使う時が来るなんて。
 ユアンは、恐怖に震えながらも、教わった通りに、渾身の力を込めてオルバンの脇腹に肘を叩き込んだ。
「ぐっ……!」
 予想外の抵抗に、オルバンの体勢が一瞬だけ崩れる。人質を抑える腕の力が、ほんのわずかに緩んだ。
 その一瞬の隙を、氷の将軍が見逃すはずがなかった。
 クロヴィスは、もはや人間の目では追えないほどの速度で踏み込むと、オルバンの腕を掴んで捻り上げる。甲高い悲鳴と共に、短剣が床に落ちて甲高い音を立てた。解放されたユアンの体を、駆けつけたリオが抱きとめる。
 クロヴィスは、抵抗するオルバンを床に叩きつけ、その首筋に自らの剣を突きつけた。
「……終わりだ、宰相」
 冷徹な声が、勝負の終わりを告げた。

 全ての騒動が終わり、宰相オルバンとその一派が捕らえられた後。
 クロヴィスとユアンは、二人きりで城のバルコニーに立っていた。いつの間にか空を覆っていた分厚い雲は切れ、間から差し込む月光が、二人を優しく照らしている。
 ユアンはまだ、先ほどの恐怖で体がかすかに震えていた。そんなユアンの肩を、クロヴィスは後ろから、そっと大きな体で包み込んだ。彼の外套越しに伝わる体温が、心地良い。
「……すまなかった。お前を、危険な目に」
「いいえ……。あなたこそ、ご無事で、よかった……」
 クロヴィスは、ユアンを抱く腕に力を込めた。まるで、この世で最も大切な宝物を、二度と手放さないと誓うかのように。
「お前を失うかと思った……」
 その声は、微かに震えていた。氷の将軍と呼ばれた男が、初めて見せる弱さだった。
「もし、お前に何かあったら、私は……。私は、宰相を殺し、帝国を焼き、そして、自らも……」
 そこまで言って、彼は言葉を詰まらせた。
 ユアンは、ゆっくりと振り返ると、クロヴィスの頬にそっと手を添えた。彼の灰色の瞳が、見たこともないほどの熱を帯びて、ユアンを見つめている。
「クロヴィス」
 ユアンが初めて、彼の名を敬称なしで呼んだ。
 クロヴィスは、その呼び名に一瞬だけ目を見開くと、まるで堪えきれないというように、ユアンを力強く抱きしめた。
「もう離さない。誰にも渡さない。お前は、私のものだ」
 そして、彼はユアンの耳元で、囁いた。ずっと聞きたかった、けれど聞けるはずがないと思っていた言葉を。
「ユアン、愛している」
 それは、氷が解ける音だった。クロヴィスの心を長年覆っていた、分厚い氷が、完全に溶けて流れ出す音。
 その初めて聞く愛の言葉に、ユアンの目から、堰を切ったように涙が溢れ出した。
「私も、です……。私も、あなたを……クロヴィス様を、愛しています……!」
 涙に濡れた声でそう答えると、クロヴィスはユアンの顔を両手で包み込み、貪るようにその唇を塞いだ。それは、激しく、そしてどこまでも優しい口づけだった。二人は、お互いの存在を確かめ合うように、何度も、何度も口づけを交わした。
 政略結婚という名の冬から始まった二人の物語は、今、全ての障害を乗り越え、愛という名の、輝かしい春を迎えたのだった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】獣王の番

なの
BL
獣王国の若き王ライオネルは、和平の証として差し出されたΩの少年ユリアンを「番など認めぬ」と冷酷に拒絶する。 虐げられながらも、ユリアンは決してその誇りを失わなかった。 しかし暴走する獣の血を鎮められるのは、そのユリアンただ一人――。 やがて明かされる予言、「真の獣王は唯一の番と結ばれるとき、国を救う」 拒絶から始まった二人の関係は、やがて国を救う愛へと変わっていく。 冷徹な獣王と運命のΩの、拒絶から始まる、運命の溺愛ファンタジー!

孕めないオメガでもいいですか?

月夜野レオン
BL
病院で子供を孕めない体といきなり診断された俺は、どうして良いのか判らず大好きな幼馴染の前から消える選択をした。不完全なオメガはお前に相応しくないから…… オメガバース作品です。

【完結】愛されたかった僕の人生

Kanade
BL
✯オメガバース 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。 今日も《夫》は帰らない。 《夫》には僕以外の『番』がいる。 ねぇ、どうしてなの? 一目惚れだって言ったじゃない。 愛してるって言ってくれたじゃないか。 ねぇ、僕はもう要らないの…? 独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー ✻改稿版を他サイトにて投稿公開中です。

敵国の将軍×見捨てられた王子

モカ
BL
敵国の将軍×見捨てられた王子

αが離してくれない

雪兎
BL
運命の番じゃないのに、αの彼は僕を離さない――。 Ωとして生まれた僕は、発情期を抑える薬を使いながら、普通の生活を目指していた。 でもある日、隣の席の無口なαが、僕の香りに気づいてしまって……。 これは、番じゃないふたりの、近すぎる距離で始まる、運命から少しはずれた恋の話。

悪役令嬢と誤解され冷遇されていたのに、目覚めたら夫が豹変して求愛してくるのですが?

いりん
恋愛
初恋の人と結婚できたーー これから幸せに2人で暮らしていける…そう思ったのに。 「私は夫としての務めを果たすつもりはない。」 「君を好きになることはない。必要以上に話し掛けないでくれ」 冷たく拒絶され、離婚届けを取り寄せた。 あと2週間で届くーーそうしたら、解放してあげよう。 ショックで熱をだし寝込むこと1週間。 目覚めると夫がなぜか豹変していて…!? 「君から話し掛けてくれないのか?」 「もう君が隣にいないのは考えられない」 無口不器用夫×優しい鈍感妻 すれ違いから始まる両片思いストーリー

「自由に生きていい」と言われたので冒険者になりましたが、なぜか旦那様が激怒して連れ戻しに来ました。

キノア9g
BL
「君に義務は求めない」=ニート生活推奨!? ポジティブ転生者と、言葉足らずで愛が重い氷の伯爵様の、全力すれ違い新婚ラブコメディ! あらすじ 「君に求める義務はない。屋敷で自由に過ごしていい」 貧乏男爵家の次男・ルシアン(前世は男子高校生)は、政略結婚した若き天才当主・オルドリンからそう告げられた。 冷徹で無表情な旦那様の言葉を、「俺に興味がないんだな! ラッキー、衣食住保証付きのニート生活だ!」とポジティブに解釈したルシアン。 彼はこっそり屋敷を抜け出し、偽名を使って憧れの冒険者ライフを満喫し始める。 「旦那様は俺に無関心」 そう信じて、半年間ものんきに遊び回っていたルシアンだったが、ある日クエスト中に怪我をしてしまう。 バレたら怒られるかな……とビクビクしていた彼の元に現れたのは、顔面蒼白で息を切らした旦那様で――!? 「君が怪我をしたと聞いて、気が狂いそうだった……!」 怒鳴られるかと思いきや、折れるほど強く抱きしめられて困惑。 えっ、放置してたんじゃなかったの? なんでそんなに必死なの? 実は旦那様は冷徹なのではなく、ルシアンが好きすぎて「嫌われないように」と身を引いていただけの、超・奥手な心配性スパダリだった! 「君を守れるなら、森ごと消し飛ばすが?」 「過保護すぎて冒険になりません!!」 Fランク冒険者ののんきな妻(夫)×国宝級魔法使いの激重旦那様。 すれ違っていた二人が、甘々な「週末冒険者夫婦」になるまでの、勘違いと溺愛のハッピーエンドBL。

陰キャな俺、人気者の幼馴染に溺愛されてます。

陽七 葵
BL
 主人公である佐倉 晴翔(さくら はると)は、顔がコンプレックスで、何をやらせてもダメダメな高校二年生。前髪で顔を隠し、目立たず平穏な高校ライフを望んでいる。  しかし、そんな晴翔の平穏な生活を脅かすのはこの男。幼馴染の葉山 蓮(はやま れん)。  蓮は、イケメンな上に人当たりも良く、勉強、スポーツ何でも出来る学校一の人気者。蓮と一緒にいれば、自ずと目立つ。  だから、晴翔は学校では極力蓮に近付きたくないのだが、避けているはずの蓮が晴翔にベッタリ構ってくる。  そして、ひょんなことから『恋人のフリ』を始める二人。  そこから物語は始まるのだが——。  実はこの二人、最初から両想いだったのにそれを拗らせまくり。蓮に新たな恋敵も現れ、蓮の執着心は過剰なモノへと変わっていく。  素直になれない主人公と人気者な幼馴染の恋の物語。どうぞお楽しみ下さい♪

処理中です...