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番外編「氷の将軍の里帰り」
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子供が生まれ、アルフォンスと名付けられてから一年が過ぎた春。帝国にはすっかり穏やかな日々が定着していた。よちよちと歩き始めた息子を、クロヴィスが目に入れても痛くないほど溺愛している姿は、今や城の日常の風景となっていた。
そんなある日、ユアンはクロヴィスに、一つの願いを打ち明けた。
「クロヴィス様、一度、故郷に帰ることをお許しいただけないでしょうか。父や母に、あなたと……この子を、一目会わせてあげたいのです」
セレーネを離れてから、もう二年近くになる。両親とは手紙のやり取りはしていたが、やはり顔を見て安心させてあげたいという気持ちが、ユアンの中にはずっとあった。
ユアンの願いに、クロヴィスは一も二もなく頷いた。
「許すも何もない。お前の故郷は、私の故郷も同然だ。アルフォンスにとっても、大切な祖国になる。もちろん、私も行こう」
「本当ですか!?」
ユアンの顔が、ぱあっと明るくなる。その笑顔を見て、クロヴィスは満足そうに微笑んだ。
ガレリア帝国の「氷の将軍」が、番と子供を連れてセレーネ王国を公式訪問するという知らせは、小さな王国を大きな緊張と興奮に包んだ。
ユアンの父である国王や母である王妃をはじめ、セレーネの国民たちは、正直なところ恐怖の方が大きかった。娘(王子)を政略結婚で嫁がせた、あの冷酷非情と名高い将軍が、一体どんな恐ろしい男なのかと、誰もが身構えていたのだ。
しかし、彼らの前に現れたクロヴィスの姿は、その想像とは全く異なるものだった。
玉座の間で国王夫妻に謁見する際も、彼は終始ユアンの隣に立ち、その腰を優しく支えている。そして、ユアンの母がおずおずと孫であるアルフォンスを抱き上げると、クロヴィスは今まで誰も見たことのないような、慈愛に満ちた柔らかな眼差しを、その光景に向けていたのだ。
「ユアン……あなたは、幸せなのですね」
王妃が、安堵の涙を浮かべながら娘に尋ねた。
「はい、母様。私は、世界で一番幸せです」
ユアンは、クロヴィスの腕にそっと寄り添いながら、満面の笑みで答えた。その曇りのない笑顔を見て、国王も、そしてセレーネの重臣たちも、心から安堵のため息をついた。
彼らが恐れていた「氷の将軍」は、ここにはいなかった。そこにいたのは、愛する番と子供を守る、一人の優しく、そして強いアルファの男の姿だけだった。
滞在中、ユアンはクロヴィスとアルフォンスを連れて、自分が生まれ育った城の中や、思い出の場所を案内して回った。
「ここが、私が子供の頃、よくハーブを摘んでいた庭です」
色とりどりの花が咲き乱れる美しい庭園で、ユアンは懐かしそうに目を細めた。アルフォンスは、足元に咲く小さな白い花に興味を示し、覚束ない足取りでそれに手を伸ばしている。その小さな体を、クロヴィスが背後から優しく支えていた。
「……美しい国だな」
クロヴィスが、静かに呟いた。穏やかな陽の光、澄んだ空気、人々の穏やかな笑顔。全てが、厳格で常に緊張を強いられる帝国とは対照的だった。
「お前を育んだのは、この景色なのだな」
彼は、セレーネの美しい山々を眺めながら、ユアンに向き直った。
「ユアン。お前を育んだこの国も、これからは私が守ろう。お前と、アルフォンスが、いつでも安心して帰れる場所として、永遠に」
それは、セレーネ王国の国民ではなく、ただ一人、ユアンに向けられた、静かで、しかし何よりも力強い誓いの言葉だった。
「……ありがとうございます、クロヴィス」
ユアンの胸は、熱い感動で満たされた。
自分が愛したこの故郷を、今、自分が最も愛する人もまた、愛し、守ろうとしてくれている。これ以上の幸せがあるだろうか。
ユアンは、誇らしい気持ちで、改めて家族に夫を紹介した。この人こそが、私の運命の番なのだと。私の全てを捧げたい、唯一の人なのだと。
セレーネの柔らかな春の光の中で、ユアンは心からの安らぎと、揺るぎない幸福を噛みしめるのだった。
そんなある日、ユアンはクロヴィスに、一つの願いを打ち明けた。
「クロヴィス様、一度、故郷に帰ることをお許しいただけないでしょうか。父や母に、あなたと……この子を、一目会わせてあげたいのです」
セレーネを離れてから、もう二年近くになる。両親とは手紙のやり取りはしていたが、やはり顔を見て安心させてあげたいという気持ちが、ユアンの中にはずっとあった。
ユアンの願いに、クロヴィスは一も二もなく頷いた。
「許すも何もない。お前の故郷は、私の故郷も同然だ。アルフォンスにとっても、大切な祖国になる。もちろん、私も行こう」
「本当ですか!?」
ユアンの顔が、ぱあっと明るくなる。その笑顔を見て、クロヴィスは満足そうに微笑んだ。
ガレリア帝国の「氷の将軍」が、番と子供を連れてセレーネ王国を公式訪問するという知らせは、小さな王国を大きな緊張と興奮に包んだ。
ユアンの父である国王や母である王妃をはじめ、セレーネの国民たちは、正直なところ恐怖の方が大きかった。娘(王子)を政略結婚で嫁がせた、あの冷酷非情と名高い将軍が、一体どんな恐ろしい男なのかと、誰もが身構えていたのだ。
しかし、彼らの前に現れたクロヴィスの姿は、その想像とは全く異なるものだった。
玉座の間で国王夫妻に謁見する際も、彼は終始ユアンの隣に立ち、その腰を優しく支えている。そして、ユアンの母がおずおずと孫であるアルフォンスを抱き上げると、クロヴィスは今まで誰も見たことのないような、慈愛に満ちた柔らかな眼差しを、その光景に向けていたのだ。
「ユアン……あなたは、幸せなのですね」
王妃が、安堵の涙を浮かべながら娘に尋ねた。
「はい、母様。私は、世界で一番幸せです」
ユアンは、クロヴィスの腕にそっと寄り添いながら、満面の笑みで答えた。その曇りのない笑顔を見て、国王も、そしてセレーネの重臣たちも、心から安堵のため息をついた。
彼らが恐れていた「氷の将軍」は、ここにはいなかった。そこにいたのは、愛する番と子供を守る、一人の優しく、そして強いアルファの男の姿だけだった。
滞在中、ユアンはクロヴィスとアルフォンスを連れて、自分が生まれ育った城の中や、思い出の場所を案内して回った。
「ここが、私が子供の頃、よくハーブを摘んでいた庭です」
色とりどりの花が咲き乱れる美しい庭園で、ユアンは懐かしそうに目を細めた。アルフォンスは、足元に咲く小さな白い花に興味を示し、覚束ない足取りでそれに手を伸ばしている。その小さな体を、クロヴィスが背後から優しく支えていた。
「……美しい国だな」
クロヴィスが、静かに呟いた。穏やかな陽の光、澄んだ空気、人々の穏やかな笑顔。全てが、厳格で常に緊張を強いられる帝国とは対照的だった。
「お前を育んだのは、この景色なのだな」
彼は、セレーネの美しい山々を眺めながら、ユアンに向き直った。
「ユアン。お前を育んだこの国も、これからは私が守ろう。お前と、アルフォンスが、いつでも安心して帰れる場所として、永遠に」
それは、セレーネ王国の国民ではなく、ただ一人、ユアンに向けられた、静かで、しかし何よりも力強い誓いの言葉だった。
「……ありがとうございます、クロヴィス」
ユアンの胸は、熱い感動で満たされた。
自分が愛したこの故郷を、今、自分が最も愛する人もまた、愛し、守ろうとしてくれている。これ以上の幸せがあるだろうか。
ユアンは、誇らしい気持ちで、改めて家族に夫を紹介した。この人こそが、私の運命の番なのだと。私の全てを捧げたい、唯一の人なのだと。
セレーネの柔らかな春の光の中で、ユアンは心からの安らぎと、揺るぎない幸福を噛みしめるのだった。
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