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第4話「常連客は、秘密の宝物を持ち込んで」
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あの日以来、レオは『時の忘れもの』の常連客となった。週に二、三度は、決まって午後の穏やかな時間帯にふらりと現れる。その手にはいつも、一見するとただのガラクタにしか見えない品が握られていた。
インクが固まってまったく出ない古い万年筆。レンズが白く曇ってしまった片眼鏡。赤黒く錆びついて、どこの扉を開けるのかも分からない銀の鍵。
しかし、それらをフィオが【神眼鑑定】にかけると、決まって驚くべき事実が明らかになった。
万年筆は、建国時代の偉大な詩人が、歴史に残る叙事詩を綴った『詩聖の羽根ペン』。曇った片眼鏡は、古代遺跡の罠を全て見破ることができるという『真実のモノクル』。錆びた鍵は、今はもう失われた王家の宝物庫を開くための『月光の鍵』。どれもこれも、一つあれば歴史が揺らぐほどの価値を持つ、とんでもない古代遺物(アーティファクト)だった。
「レオさん、これもまたすごい品ですね…」
「そうか? 私にはただの古い鍵にしか見えないのだが」
レオはいつも、そう言って悪戯っぽく笑う。彼が本当にその価値を知らないのか、それともフィオの反応を楽しんでいるのかは分からなかったが、フィオはそんなやり取りが好きだった。
フィオは、持ち込まれた品々を一つ一つ、心を込めて修理していく。前世の知識と錬金術を駆使し、失われた輝きを取り戻していく作業は、この上なく楽しかった。そして、修理が完了した品をレオに手渡すたび、彼はあのオルゴールを見せた時と同じように、満面の笑みを浮かべて喜んでくれるのだ。
「すごい、フィオ! まるで新品のようだ! いや、作られた当時よりも美しいかもしれない!」
その笑顔が見たくて、フィオはいつも全力を尽くした。
修理を待つ間、二人はカウンターでお茶を飲みながら、他愛もない話をするのが習慣になっていた。フィオが淹れるハーブティーを、レオはいつも「今まで飲んだどんなお茶よりうまい」と言って、ゆっくりと味わう。
「この万年筆はね、子供の頃に古文書で見つけて、その物語に夢中になったんだ。まさか実物が手に入るとは思わなかった」
「この片眼鏡は、遠い異国の商人が持っていたのを、無理を言って譲ってもらったんだ。彼は価値を全く知らなかったようだが」
レオは、道具にまつわる思い出をぽつりぽつりと話してくれた。それは、国の重要な機密や、個人の深い秘密などではない。ただ、一人の青年が、いかにしてその「宝物」を手に入れたかという、純粋な冒険譚だった。
フィオもまた、自分のことを話した。前世でアンティークショップの店員だったこと。物が持つ物語を愛していること。王立工房を追い出されたことさえも、今では笑い話として語ることができた。
「そうか…君のような才能を理解できないとは、王立工房も見る目がないな」
レオはフィオの話を真剣に聞き、まるで自分のことのように憤慨してくれた。そのことが、フィオの心を温かくする。
この店の中では、彼は『氷帝』の仮面を完全に脱ぎ捨てていた。彼はただの歴史と魔道具を愛する青年「レオ」になり、フィオの前でだけは、年相応の無邪気な表情を見せる。
フィオもまた、自分の技術と知識を、心の底から認め、純粋に喜んでくれるレオに、どんどん心を開いていくのを感じていた。彼が店に来る日が待ち遠しく、彼の顔を見ると、胸の奥がきゅうっと甘く痛む。これが恋という感情なのだと、フィオは薄々気づき始めていた。
ある日のこと。レオが持ち込んだのは、革の表紙がぼろぼろになった古い日記帳だった。
「これは、僕の先祖が書いたものらしいんだ。でも、中は白紙で何も読めない」
フィオが鑑定してみると、それは特殊なインクで書かれており、特定の魔力を込めた液体を塗らなければ文字が浮かび上がらない仕組みになっていた。フィオは早速、文献を調べてその液体を調合し、日記帳にそっと塗布する。すると、白紙だったはずのページに、美しい筆跡の文字がすらすらと浮かび上がってきた。
「…すごい! 本当に読めるようになった!」
レオは子供のようにはしゃぎ、早速一ページ目を読み始めた。そこに書かれていたのは、若き日の王が、身分を隠して城下町のパン屋の娘に恋をしたという、甘酸っぱい恋物語だった。
「ははっ、僕の先祖も、意外と可愛いところがあったんだな」
そう言って笑うレオの横顔は、いつになく穏やかで、幸せそうだった。フィオは、その横顔をずっと見ていたい、と思った。
「フィオ。君はいつも、私に驚きと喜びを与えてくれる」
不意に、レオが真剣な眼差しでフィオを見つめた。
「君のいるこの場所が、私の何よりの癒やしだ。ありがとう」
まっすぐな感謝の言葉に、フィオは顔が熱くなるのを感じた。
「…僕の方こそ。レオさんが来てくれるから、この店は、僕にとってただの仕事場じゃない、特別な場所になったんです」
カウンターを挟んで、二人の視線が交差する。穏やかな午後。窓から差し込む光が、空気中の小さな埃をきらきらと照らし出していた。二人の間には、言葉にしなくても伝わる、温かい空気が流れていた。
この秘密の時間が、いつまでも続けばいい。フィオは心からそう願わずにはいられなかった。
インクが固まってまったく出ない古い万年筆。レンズが白く曇ってしまった片眼鏡。赤黒く錆びついて、どこの扉を開けるのかも分からない銀の鍵。
しかし、それらをフィオが【神眼鑑定】にかけると、決まって驚くべき事実が明らかになった。
万年筆は、建国時代の偉大な詩人が、歴史に残る叙事詩を綴った『詩聖の羽根ペン』。曇った片眼鏡は、古代遺跡の罠を全て見破ることができるという『真実のモノクル』。錆びた鍵は、今はもう失われた王家の宝物庫を開くための『月光の鍵』。どれもこれも、一つあれば歴史が揺らぐほどの価値を持つ、とんでもない古代遺物(アーティファクト)だった。
「レオさん、これもまたすごい品ですね…」
「そうか? 私にはただの古い鍵にしか見えないのだが」
レオはいつも、そう言って悪戯っぽく笑う。彼が本当にその価値を知らないのか、それともフィオの反応を楽しんでいるのかは分からなかったが、フィオはそんなやり取りが好きだった。
フィオは、持ち込まれた品々を一つ一つ、心を込めて修理していく。前世の知識と錬金術を駆使し、失われた輝きを取り戻していく作業は、この上なく楽しかった。そして、修理が完了した品をレオに手渡すたび、彼はあのオルゴールを見せた時と同じように、満面の笑みを浮かべて喜んでくれるのだ。
「すごい、フィオ! まるで新品のようだ! いや、作られた当時よりも美しいかもしれない!」
その笑顔が見たくて、フィオはいつも全力を尽くした。
修理を待つ間、二人はカウンターでお茶を飲みながら、他愛もない話をするのが習慣になっていた。フィオが淹れるハーブティーを、レオはいつも「今まで飲んだどんなお茶よりうまい」と言って、ゆっくりと味わう。
「この万年筆はね、子供の頃に古文書で見つけて、その物語に夢中になったんだ。まさか実物が手に入るとは思わなかった」
「この片眼鏡は、遠い異国の商人が持っていたのを、無理を言って譲ってもらったんだ。彼は価値を全く知らなかったようだが」
レオは、道具にまつわる思い出をぽつりぽつりと話してくれた。それは、国の重要な機密や、個人の深い秘密などではない。ただ、一人の青年が、いかにしてその「宝物」を手に入れたかという、純粋な冒険譚だった。
フィオもまた、自分のことを話した。前世でアンティークショップの店員だったこと。物が持つ物語を愛していること。王立工房を追い出されたことさえも、今では笑い話として語ることができた。
「そうか…君のような才能を理解できないとは、王立工房も見る目がないな」
レオはフィオの話を真剣に聞き、まるで自分のことのように憤慨してくれた。そのことが、フィオの心を温かくする。
この店の中では、彼は『氷帝』の仮面を完全に脱ぎ捨てていた。彼はただの歴史と魔道具を愛する青年「レオ」になり、フィオの前でだけは、年相応の無邪気な表情を見せる。
フィオもまた、自分の技術と知識を、心の底から認め、純粋に喜んでくれるレオに、どんどん心を開いていくのを感じていた。彼が店に来る日が待ち遠しく、彼の顔を見ると、胸の奥がきゅうっと甘く痛む。これが恋という感情なのだと、フィオは薄々気づき始めていた。
ある日のこと。レオが持ち込んだのは、革の表紙がぼろぼろになった古い日記帳だった。
「これは、僕の先祖が書いたものらしいんだ。でも、中は白紙で何も読めない」
フィオが鑑定してみると、それは特殊なインクで書かれており、特定の魔力を込めた液体を塗らなければ文字が浮かび上がらない仕組みになっていた。フィオは早速、文献を調べてその液体を調合し、日記帳にそっと塗布する。すると、白紙だったはずのページに、美しい筆跡の文字がすらすらと浮かび上がってきた。
「…すごい! 本当に読めるようになった!」
レオは子供のようにはしゃぎ、早速一ページ目を読み始めた。そこに書かれていたのは、若き日の王が、身分を隠して城下町のパン屋の娘に恋をしたという、甘酸っぱい恋物語だった。
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そう言って笑うレオの横顔は、いつになく穏やかで、幸せそうだった。フィオは、その横顔をずっと見ていたい、と思った。
「フィオ。君はいつも、私に驚きと喜びを与えてくれる」
不意に、レオが真剣な眼差しでフィオを見つめた。
「君のいるこの場所が、私の何よりの癒やしだ。ありがとう」
まっすぐな感謝の言葉に、フィオは顔が熱くなるのを感じた。
「…僕の方こそ。レオさんが来てくれるから、この店は、僕にとってただの仕事場じゃない、特別な場所になったんです」
カウンターを挟んで、二人の視線が交差する。穏やかな午後。窓から差し込む光が、空気中の小さな埃をきらきらと照らし出していた。二人の間には、言葉にしなくても伝わる、温かい空気が流れていた。
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