追放されたので路地裏で工房を開いたら、お忍びの皇帝陛下に懐かれてしまい、溺愛されています

水凪しおん

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第5話「届き始めた噂と、焦りの影」

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 フィオの店の評判は、もはや路地裏だけに留まらなかった。「どんなに壊れた魔道具でも、持ち主の想いごと蘇らせる職人がいる」という噂は、口コミでじわじわと広まり、やがて貴族たちの耳にも届き始めていた。
 ある日、店のドアをノックしたのは、見るからに身分の高そうな、派手なドレスをまとった貴婦人だった。彼女は扇子で顔を隠しながら、尊大な様子で小さなブローチをカウンターに置いた。

「これが、今流行りの修理屋ですって? 聞きましたわよ、どんなものでも直せると。このブローチ、我が家に代々伝わるものなのですが、石が一つ取れてしまって。さあ、さっさと直しなさいな。お代はいくらでも払いますわ」

 フィオはブローチを手に取り、【神眼鑑定】を使った。それは確かに年代物で、高価な宝石が使われていたが、鑑定結果に浮かび上がったのは「持ち主からの愛情は感じられない。ただのアクセサリーとして認識されている」という非情な一文だった。
 フィオは静かに頭を下げた。

「申し訳ございません、奥様。このブローチは、私には修理いたしかねます」

「なんですって!? お代を払うと言っているのよ! 私を誰だか分かって…」

「お金の問題ではございません。私の店では、持ち主の方が心から大切に思っている品しか、お受けできないのです。このブローチは、あなたにとってただの飾りでしかありません。もっと腕のいい宝石職人にご依頼なさるのがよろしいかと」

 フィオの丁寧だが、きっぱりとした物言いに、貴婦人は顔を真っ赤にして怒ったが、何も言い返せずに店を飛び出していった。
 フィオはため息をつく。高価な依頼は魅力的だったが、自分の信念を曲げるつもりはなかった。物が持つ物語に寄り添うこと。それが『時の忘れもの』の原点なのだから。
 この一件は、すぐに貴族たちの間で噂になった。「路地裏の修理屋は、金では動かぬ頑固者だが、その腕は本物。彼の心を動かすのは、品物への愛情のみ」と。皮肉なことに、その誠実な仕事ぶりが、さらにフィオの評判を高めていく結果となった。

 一方、フィオを追い出した王立錬金術師工房では、不協和音が生じ始めていた。
 フィオが担当していたのは、一見すると地味な仕事ばかりだった。工房全体の魔力循環を司る装置の微調整、古い文献の修復と管理、錬金術師たちが使う道具の細々としたメンテナンス。それらは、派手な成果を生む仕事ではなかったため、誰も重要視していなかった。
 しかし、フィオがいなくなってから、工房内のあちこちで不具合が多発するようになったのだ。

「おい、魔力供給炉の出力がまた不安定だぞ! これでは高品質のポーションが作れない!」

「先日修理したはずの魔導書の一部が、また文字化けしている! いったいどうなっているんだ!」

「誰か、この錬金釜の焦げ付きを取ってくれ! フィオがいた頃は、いつもピカピカだったのに…」

 元同僚たちは、苛立ちの声を上げる。彼らはようやく、フィオが果たしていた役割の重要性に気づき始めていた。工房という巨大な機械がスムーズに動いていたのは、フィオという名の、目立たないが必要不可欠な歯車があったからなのだ。しかし、高いプライドが邪魔をして、それを素直に認めることはできなかった。

「フィオがいなくても、我々だけでやれるはずだ!」

 そう強がりながらも、工房の生産性は日に日に落ちていった。
 工房長は、その状況に誰よりも苛立っていた。彼の元には、王宮から品質の低下に対する苦情が次々と寄せられている。そんな折、彼は街で囁かれている噂を耳にした。路地裏で、どんな魔道具でも直してしまう魔法使いのような修理屋がいる、と。
 はじめは、どこぞの法螺吹きだろうと鼻で笑っていた。しかし、その修理屋がフィオという名で、元王立工房の所属だったという情報がもたらされた時、彼の表情は苦々しいものへと変わった。

「あの役立たずが…! 私の目に狂いはなかったはずだ。あいつに、それほどの技術があったとは…いや、ありえない!」

 工房長は、自分の判断が間違っていたとは認めたくなかった。フィオを追い出したのは自分だ。そのフィオが、街で自分以上の名声を得ている。その事実が、彼のプライドをひどく傷つけた。

「何か裏があるに違いない。きっと、どこかから盗んだ古代の技術でも使っているのだろう。そうだ、そうでなければおかしい…」

 彼は歪んだ嫉妬と焦りに駆られ、部下にフィオの店のことを詳しく調べるよう命じた。
 フィオは、そんな元工房の様子など知る由もない。ただ、目の前の依頼品と、常連客のレオとの穏やかな時間を大切に過ごしていた。
 だが、穏やかな日々の水面下で、黒く濁った嫉妬の影が、静かに、しかし確実にフィオへと忍び寄ってきていることに、まだ誰も気づいてはいなかった。
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