追放されたので路地裏で工房を開いたら、お忍びの皇帝陛下に懐かれてしまい、溺愛されています

水凪しおん

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第7話「忍び寄る嫉妬と、皇帝の庇護」

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 フィオが修理した古代遺物が、いくつかの経路を辿って市場に出回り始めていた。もちろん、レオが手放したわけではない。彼がフィオに修理を依頼する品は、彼自身が様々なルートで収集したもの。中には、貴族が一時的に手放したものを買い取り、修理後に元の持ち主へ返却する、ということもあった。
 そうして完璧な姿を取り戻した遺物は、専門家たちの間で大きな話題となっていた。

「この『詩聖の羽根ペン』を見ろ! 数百年間インクが出なかったはずが、まるで昨日作られたかのように滑らかに書ける!」

「失われたはずの『真実のモノクル』が、王都のオークションに出品されるらしいぞ!」

 専門家たちは口を揃えて言う。「失われた古代の技術を蘇らせる、謎の錬金術師がいる」と。その噂は貴族社会を駆け巡り、ついに王宮にまで届いた。
 そして、それは王立錬金術師工房の工房長の耳にも、もちろん入っていた。

「路地裏のフィオ…やはり、あいつか…!」

 工房長は、フィオが修理したとされる遺物の鑑定報告書を読み、嫉妬に唇を震わせた。そこに記された技術は、王立工房が総力を挙げても解明できなかった、失われた技術ばかりだったからだ。

「役立たずの烙印を押した小僧が、なぜこれほどの技術を…。許せん、許せんぞ…!」

 彼の心は、歪んだ独占欲に燃え上がっていた。フィオの持つその技術は、本来ならば王宮に、そしてこの自分にこそふさわしいものだ。路地裏のしがない修理屋が持っていていいものではない。

「あの技術は、我が王国の至宝となるべきものだ。それを独占するなど、国家への反逆にも等しい!」

 彼は勝手な理屈をこねつけ、フィオからその技術を奪い取ることを画策し始める。まずは、部下に命じてフィオの店の情報をさらに詳細に集めさせ、彼の交友関係や日々の行動パターンを徹底的に調べ上げた。
 一方、レオはフィオの周辺に不穏な気配が漂い始めたことを、敏感に察知していた。皇帝である彼のもとには、国中のあらゆる情報が集まってくる。その中には、王立工房の工房長が、路地裏の修理屋について執拗に調査しているという報告も含まれていた。
(あの男…フィオに目をつけたか)
 レオの青い瞳が、絶対零度の光を宿した。ペンダントを修理してもらったあの雨の夜以来、フィオへの想いは、もはや単なる恋心を通り越し、何があっても守り抜きたいという強い庇護欲へと変わっていた。あの優しい錬金術師を、俗世の汚れた欲望に晒してなるものか。
 レオはすぐに、最も信頼する側近であり、護衛騎士団長でもある男を密かに呼び出した。

「…というわけだ。私の愛しい錬金術師に、ハイエナが群がろうとしている」

 執務室で、レオは氷のような声で告げた。側近は、主君の口から「愛しい」という言葉が出たことに一瞬驚いたが、すぐに表情を引き締めた。

「はっ。して、いかがいたしましょう」

「お前に、私の直属の騎士数名を預ける。正体を悟られぬよう平民のふりをして、昼夜問わず、遠くからフィオの店を見守れ。不審な者が近づけば、即座に捕らえよ。ただし、フィオ本人に気づかれてはならん。彼の穏やかな日常を、脅かすことは絶対に許さん」

 それは、皇帝としての密命だった。

「御意。陛下の『宝物』は、我らが命に代えても」

 側近が恭しく頭を下げると、レオはふっと表情を和らげた。

「…頼んだぞ。彼は、私の心の光なのだ」

 その日から、『時の忘れもの』の周辺には、ごく自然な形で数人の男女が常に存在するようになった。井戸端会議をする主婦、荷物を運ぶ商人、壁にもたれて居眠りをする流れ者。彼らは皆、レオが遣わした精鋭の護衛騎士たちだった。
 フィオは、そんな物々しい警護が自分の周りで展開されていることなど、露ほども知らない。彼はいつものように、カウンターでレオの持ち込むガラクタの修理に精を出し、合間にはハーブティーを飲みながら穏やかな時間を過ごしていた。

「そういえば、レオさん。最近、この路地裏も少し賑やかになった気がするんです。前はもっと閑散としていたのに」

 フィオが呑気にそう言うと、レオは内心の動揺を隠し、平静を装って答えた。

「…そうか? 君の店の評判を聞きつけて、人が集まるようになったんじゃないのか」

「だといいんですけど」

 そう言ってはにかむフィオの無防備な笑顔に、レオの胸は愛しさと、そして一抹の罪悪感で締め付けられた。本当のことを言えず、彼を欺いているという事実。しかし、彼を守るためには仕方がない。
 レオは、カウンター越しに修理に集中するフィオの真剣な横顔を、愛おしげに見つめた。
(必ず、私が君を守り抜く。だからフィオ、君は何も知らずに、ただそこで笑っていてくれ)
 嫉妬の影がすぐそこまで迫っていることも知らず、二人はいつものように、穏やかで温かい時間を共有していた。その日常が、もうすぐ壊される運命にあることを、まだ誰も知らなかった。
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