追放されたので路地裏で工房を開いたら、お忍びの皇帝陛下に懐かれてしまい、溺愛されています

水凪しおん

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第10話「すれ違う心と、本当の想い」

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 店の前には、皇帝直属の騎士団がずらりと並び、騒ぎを聞きつけた野次馬を遠ざけていた。店の中では、捕らえられた工房長一派が震えながら床にひれ伏している。その中心で、レオンハルトは皇帝の仮面を脱ぎ捨て、一人の男としてフィオの前に跪いていた。

「フィオ、すまなかった。君を騙すつもりではなかったんだ」

 その声は、悲痛な響きを帯びていた。

「私が皇帝だと知れば、君はきっと態度を変えてしまうと思った。ただのレオとして、皇帝としてではなく、一人の男として、君と心を通わせたかった。君のその誠実な人柄に、純粋な心に惹かれたんだ。だから、どうしても言い出せなかった…」

 全てが、真実の言葉だった。しかし、混乱と衝撃の渦中にいるフィオには、その言葉が素直に届かない。心臓を、冷たい手で鷲掴みにされたような苦しさ。信じていた人に裏切られたという思いが、彼の心を頑なに閉ざしていく。

「…もう、やめてください」

 フィオは俯いたまま、か細い声で彼を拒絶した。

「僕は、ただのしがない修理屋です。皇帝陛下がお忍びで遊ぶには、ちょうどいい相手だったのでしょう。もう、僕には関わらないでください」

「違う、フィオ! 遊びなんかじゃない! 私は本気で…!」

 レオの必死の言葉も、今のフィオには届かない。彼はレオを避けるように後ずさり、店の奥の居住スペースへと続く扉を開けた。

「お帰りください。僕の宝物も…もう、あなたにはお渡しできません」

 そう言い残し、フィオは扉の向こうへと消え、内側から鍵をかける音が、無情に響いた。
 残されたレオは、呆然と立ち尽くす。フィオに拒絶されたという事実が、彼の胸を鋭く抉った。生まれてこの方、これほどの孤独と喪失の痛みを、彼は味わったことがなかった。

「陛下…」

 側近が心配そうに声をかける。レオはゆっくりと顔を上げると、再び氷の仮面を被り、冷徹な皇帝の顔に戻っていた。

「…工房長らを連行しろ。首謀者は私自ら裁く。店の警護は続けさせろ。ただし、フィオの心を乱すな。彼が望むまで、誰も近づけるな」

 そう命じると、彼は一度だけ、フィオが消えた扉を悲しげに見つめ、静かに店を後にした。
 一方、部屋に閉じこもったフィオは、ベッドに突っ伏して嗚咽を漏らしていた。悔しくて、悲しくて、どうしようもなかった。
 なぜ、言ってくれなかったのか。なぜ、嘘をつき続けたのか。ぐるぐると同じ問いが頭を巡る。
 だが、涙が枯れる頃、彼はゆっくりとレオとの出会いからの日々を思い返していた。
 初めて店を訪れた時の、氷の仮面の下の熱い眼差し。壊れたオルゴールを、愛おしそうに撫でていた指先。修理したオルゴールが星空を映した時の、あの子供のような無邪気な笑顔。カウンターでハーブティーを飲みながら、楽しそうに道具の思い出を語る声。デートの日に繋いだ、少しだけ震えていた温かい手。
 それらが、全て偽りだったとは、どうしても思えなかった。
 彼が見せてくれた顔は、皇帝としてのものではなく、まぎれもなく「レオ」という一人の青年としての素顔だったのではないか。道具に向けられた純粋な愛情に、嘘はなかったはずだ。自分に向けてくれた優しい眼差しも、本物だったと信じたい。
 フィオは、ゆっくりと気づき始めていた。自分が好きになったのは、皇帝レオンハルトという輝かしい身分ではない。不器用で、歴史と魔道具を愛する、少し寂しがり屋で、そして、とても優しい青年「レオ」だったのだ、と。
 だとしたら、なぜ自分は彼を拒絶してしまったのだろう。身分がなんだというのだ。彼自身が変わるわけではないのに。
(僕は…怖かったんだ。皇帝陛下という、あまりにも遠い存在だと知って。もう、今までのように隣で笑い合うことはできないんじゃないかって…)
 自分の臆病さが、彼を傷つけてしまった。
 一方、王宮に戻ったレオは、執務室で一人、苦悩していた。フィオを失うかもしれないという恐怖が、彼の心を蝕んでいた。皇帝として、彼はこれまで欲しいものを全て手に入れてきた。しかし、金や権力では、フィオの心を手に入れることはできない。
 彼は机の上に置かれた『星詠みのオルゴール』を、そっと撫でた。これを修理してくれた時、フィオは言った。『世界で一番、あなたがこれを大切にしてあげると約束してください』と。
「…フィオ。君がいなければ、このオルゴールが奏でる星空も、私にとってはただの幻だ」
 レオは、生まれて初めて本当の愛を知り、そしてそれを失う痛みに、ただ一人、耐えていた。
 すれ違う二つの心。しかし、その奥底にある本当の想いは、確かに同じ方向を向いていた。夜明けは、まだ遠い。
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