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第六話「温もりの輪」
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着工から数ヶ月、温泉郷で最初の湯治宿が完成した。
それは、アオイのこだわりとクロードの財力が惜しみなく注ぎ込まれた、質実剛健でありながらも最高級の癒やしを提供する空間だった。檜の香りが清々しい大浴場、四季折々の景色が楽しめる露天風呂、そして清潔で居心地の良い客室。
その完成を祝い、最初の宿泊客として招待されたのは、クロードの側近たち――彼の呪いを誰よりも心配し、支えてきた忠実な家臣たちだった。
彼らは、主君であるクロードに促されるまま、恐る恐るその「奇跡の温泉」に体を沈めた。
「おお……なんと……」
「体が、羽のように軽くなる……」
日頃の激務で凝り固まった体が、じんわりと解きほぐされていく感覚に、誰もが感嘆の声を漏らす。
しかし、彼らが何よりも驚いたのは、温泉の効能そのものではなかった。
湯船の向こうで、アオイと並んで湯に浸かっている主君、クロードの姿。
「それで、次の休憩所には囲炉裏を置いて、焼き魚などを提供するのはどうだろうか」
「いいですね、クロードさん!それなら、地元の川で採れた新鮮な魚を使いましょう!」
楽しそうに言葉を交わす二人の姿は、あまりにも自然だった。そして、アオイを見つめるクロードの横顔には、側近たちが今まで一度も見たことのない、微かな、しかし確かな笑みが浮かんでいたのだ。
あの、一切の感情を映さなかった「氷の華」が、笑っている。
「クロード様が……あのようなお顔を……」
老執事は、目頭を熱くしながらその光景を見つめていた。長年、主君を苦しめてきた呪いの痛みが、この温泉によって劇的に改善されていることは聞いていた。だが、それだけではなかった。このアオイという青年が、クロード様の凍てついた心そのものを溶かしているのだ。
側近たちが王都に持ち帰った「奇跡の温泉郷」の噂は、これまでのどんな情報よりも真実味を帯びて、瞬く間に貴族たちの間に広まっていった。
『リヒトバーン公爵の呪いが、快方に向かっているらしい』
『その温泉は、どんな病や怪我も癒やす力があるとか』
噂は噂を呼び、癒やしを求める人々が、半信半疑ながらも次々とその地を訪れるようになった。
長年の持病に苦しむ老貴族。戦で負った古傷が痛む騎士。心の病を抱えた令嬢。
彼らは皆、アオイの温泉に浸かり、その驚くべき効能に目を見張った。そして、心身が癒やされていく中で、自然と顔には笑顔が戻っていった。
温泉郷は、日に日に活気に満ちていく。
湯上がり処では人々が身分を越えて談笑し、食堂からは美味しい食事と楽しそうな笑い声が聞こえてくる。
アオイは、そんな光景を眺めるのが好きだった。
湯気の体で宿の軒先から、訪れる人々が笑顔になっていく姿を見るたびに、胸の奥がじんわりと温かくなるのを感じていた。
沼だった頃は、ただ孤独だった。誰からも疎まれ、忘れられた存在だった。
けれど今は違う。自分という存在が、誰かの役に立っている。誰かを、幸せにできている。
その喜びが、光の粒子のようにアオイの中に降り注ぎ、曖昧だった彼の体を、少しずつ、しかし確実に強くしていくようだった。
「良い眺めだな」
いつの間にか隣に来ていたクロードが、アオイと同じ景色を見ながら呟いた。
「はい。みんな、とても幸せそうです」
アオイが嬉しそうに微笑むと、クロードは活気あふれる温泉郷ではなく、アオイのその優しい笑顔をじっと見つめていた。
この光景を作り出したのは、紛れもなくアオイだ。彼の温かさが人々を引き寄せ、癒やし、笑顔にしている。
クロードは、もう、そんなアオイから目が離せなくなっている自分に気づいていた。この温もりの中心にいる彼を、自分の腕の中に閉じ込めてしまいたい。そんな独占欲が、日に日に強く、熱くなっていくのを感じていた。
それは、アオイのこだわりとクロードの財力が惜しみなく注ぎ込まれた、質実剛健でありながらも最高級の癒やしを提供する空間だった。檜の香りが清々しい大浴場、四季折々の景色が楽しめる露天風呂、そして清潔で居心地の良い客室。
その完成を祝い、最初の宿泊客として招待されたのは、クロードの側近たち――彼の呪いを誰よりも心配し、支えてきた忠実な家臣たちだった。
彼らは、主君であるクロードに促されるまま、恐る恐るその「奇跡の温泉」に体を沈めた。
「おお……なんと……」
「体が、羽のように軽くなる……」
日頃の激務で凝り固まった体が、じんわりと解きほぐされていく感覚に、誰もが感嘆の声を漏らす。
しかし、彼らが何よりも驚いたのは、温泉の効能そのものではなかった。
湯船の向こうで、アオイと並んで湯に浸かっている主君、クロードの姿。
「それで、次の休憩所には囲炉裏を置いて、焼き魚などを提供するのはどうだろうか」
「いいですね、クロードさん!それなら、地元の川で採れた新鮮な魚を使いましょう!」
楽しそうに言葉を交わす二人の姿は、あまりにも自然だった。そして、アオイを見つめるクロードの横顔には、側近たちが今まで一度も見たことのない、微かな、しかし確かな笑みが浮かんでいたのだ。
あの、一切の感情を映さなかった「氷の華」が、笑っている。
「クロード様が……あのようなお顔を……」
老執事は、目頭を熱くしながらその光景を見つめていた。長年、主君を苦しめてきた呪いの痛みが、この温泉によって劇的に改善されていることは聞いていた。だが、それだけではなかった。このアオイという青年が、クロード様の凍てついた心そのものを溶かしているのだ。
側近たちが王都に持ち帰った「奇跡の温泉郷」の噂は、これまでのどんな情報よりも真実味を帯びて、瞬く間に貴族たちの間に広まっていった。
『リヒトバーン公爵の呪いが、快方に向かっているらしい』
『その温泉は、どんな病や怪我も癒やす力があるとか』
噂は噂を呼び、癒やしを求める人々が、半信半疑ながらも次々とその地を訪れるようになった。
長年の持病に苦しむ老貴族。戦で負った古傷が痛む騎士。心の病を抱えた令嬢。
彼らは皆、アオイの温泉に浸かり、その驚くべき効能に目を見張った。そして、心身が癒やされていく中で、自然と顔には笑顔が戻っていった。
温泉郷は、日に日に活気に満ちていく。
湯上がり処では人々が身分を越えて談笑し、食堂からは美味しい食事と楽しそうな笑い声が聞こえてくる。
アオイは、そんな光景を眺めるのが好きだった。
湯気の体で宿の軒先から、訪れる人々が笑顔になっていく姿を見るたびに、胸の奥がじんわりと温かくなるのを感じていた。
沼だった頃は、ただ孤独だった。誰からも疎まれ、忘れられた存在だった。
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その喜びが、光の粒子のようにアオイの中に降り注ぎ、曖昧だった彼の体を、少しずつ、しかし確実に強くしていくようだった。
「良い眺めだな」
いつの間にか隣に来ていたクロードが、アオイと同じ景色を見ながら呟いた。
「はい。みんな、とても幸せそうです」
アオイが嬉しそうに微笑むと、クロードは活気あふれる温泉郷ではなく、アオイのその優しい笑顔をじっと見つめていた。
この光景を作り出したのは、紛れもなくアオイだ。彼の温かさが人々を引き寄せ、癒やし、笑顔にしている。
クロードは、もう、そんなアオイから目が離せなくなっている自分に気づいていた。この温もりの中心にいる彼を、自分の腕の中に閉じ込めてしまいたい。そんな独占欲が、日に日に強く、熱くなっていくのを感じていた。
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