温泉旅館の跡取り、死んだら呪いの沼に転生してた。スキルで温泉郷を作ったら、呪われた冷血公爵がやってきて胃袋と心を掴んで離さない

水凪しおん

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第八話「君を守る盾」

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 嫌がらせは、日に日に陰湿さと悪質さを増していった。
 噂や妨害工作だけでは飽き足らず、ついに実力行使に出る者たちが現れたのだ。マインツ辺境伯に雇われたならず者たちが、夜陰に紛れて温泉郷に侵入し、完成したばかりの建物の窓ガラスを割ったり、庭の花壇を荒らしたりといった破壊行為を始めた。

 クロードは即座に警備の兵を増員し、温泉郷の守りを固めた。しかし、敵はさらに卑劣な手段を講じてきた。
 それは、温泉郷の心臓部であり、アオイの存在そのものでもある「源泉」を狙った、決して許されない行為だった。

 その夜、アオイは胸騒ぎを覚えて眠れずにいた。温泉郷全体を満たす清らかな気が、一箇所だけ淀んでいるような、嫌な感覚がする。特に、一番最初に湧き出た、あの原点の湯。そこから、何かが泣いているような気配がした。
(何だろう……温泉が、苦しんでる……?)
 居ても立ってもいられなくなったアオイは、そっと自室を抜け出し、源泉へと向かった。

 月も隠れた暗い夜。源泉の周りには、クロードが配置した警備兵がいるはずだった。しかし、そこに人の気配はない。不審に思いながらさらに近づいたアオイは、信じられない光景を目の当たりにする。
 数人の警備兵が、地面に倒れ伏している。そして、源泉の湯口に、怪しげな壺を持った男が二人、まさにその中身を注ぎ込もうとしていた。
 壺からは、嗅いだだけで気分が悪くなるような、ツンとした異臭が漂ってくる。毒だ。

「やめろッ!!」
 アオ-イは、我を忘れて叫んだ。
 その声に驚いた男たちが、一斉にこちらを振り返る。
「ちっ、誰だてめえ!」
「ちょうどいい、こいつも始末しちまえ!」
 下卑た笑いを浮かべた男たちが、ナイフを抜き放ち、アオイへと迫る。湯気の体では物理的な攻撃は効かない。しかし、目の前で自分の分身とも言える温泉が汚されようとしている恐怖と怒りで、アオイは身動きが取れなかった。

 もうダメだ、と思ったその瞬間。
 閃光のように、一つの影が男たちとアオイの間に割って入った。
 キンッ!という甲高い金属音と共に、火花が散る。

「……クロード、さん!」

 そこに立っていたのは、寝間着姿のまま、抜き身の剣を構えたクロードだった。彼のサファイアの瞳は、今まで見たこともないような、燃え盛る炎のような怒りに満ちていた。
「私のものに……指一本、触れるな」
 地を這うような低い声に、ならず者たちは一瞬怯む。しかし、相手が一人だと見るや、再びナイフを構えて襲いかかった。
 クロードは、歴戦の騎士でもある。多対一の状況でも、冷静に剣を振るい、的確に相手の攻撃を捌いていく。

 騒ぎを聞きつけ、別の場所を巡回していた警備兵たちが駆けつけてきたことで、形勢は一気に逆転した。ならず者たちは、次々と取り押さえられていく。
 その乱戦の最中だった。
 追い詰められた一人の男が、やけくそになったように、隠し持っていた短剣をクロードに向かって投げつけた。
 クロードは敵の剣を防いだ直後で、体勢が万全ではなかった。短剣は彼の防御をすり抜け、左腕に深く突き刺さる。

「ぐっ……!」
 クロードの口から、苦悶の声が漏れた。腕から鮮やかな赤い血が流れ落ち、地面に染みを作っていく。
「クロードさん!!」
 アオイが悲鳴のような声を上げた。
 しかし、クロードは腕の傷を意にも介さず、毅然として源泉を守るように立ち塞がっていた。まるで、背後にいるアオイと、この温泉そのものを守る、揺るぎない盾のように。

「君を、君が作り出したこの場所を、誰にも傷つけさせはしない」

 血を流しながらも、力強くそう言い切ったクロード。その強い眼差しと、自分に向けられた激情に、アオイの心は大きく揺さぶられた。
 この温泉は、アオイそのものだ。それを汚されることは、アオイ自身が傷つけられることに等しい。クロードの行動は、それを誰よりも理解し、全身全霊で守ろうとしている証だった。

 そして、クロードの流した血が、自分を守るために流されたのだと理解した時。
 アオイもまた、彼が自分にとって、どれほど大切で、かけがえのない存在になっているかに、はっきりと気づかされたのだった。
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