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第2話「魔族の領主と癒やしの手」
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リアムが次に目を覚ました時、鼻腔をくすぐったのは、古い木と乾燥した薬草の香りだった。ごわごわとした土の上ではなく、柔らかなシーツに体が包まれている。ゆっくりと瞼を開くと、視界に飛び込んできたのは、見たこともない豪奢な天蓋付きのベッドと、薄暗い石造りの部屋だった。天井は高く、壁には巨大な書架が設えられているが、どこか人の気配がしない、寂しげな空間だ。
「目が覚めたか」
声のした方へ顔を向けると、そこに一人の男が立っていた。窓から差し込む月明かりに照らされたその姿に、リアムは息をのむ。
漆黒の髪は絹のように艶やかで、整いすぎた顔立ちはまるで神が創りたもうた彫刻のようだった。だが、その頭部からは禍々しい黒い角が螺旋を描いて伸び、背中にはたたまれた巨大な翼の影が見える。そして何より、こちらを射抜くような金の瞳は、人間に対する侮蔑と冷ややかさで満ちていた。
魔族──その存在を、リアムは一目で理解した。恐怖で体がこわばる。
「ここは……?」
「私の城だ。お前はこの森で倒れていた」
男──この森の領主、ゼノンは淡々と告げる。その声には体温というものが感じられない。
「……助けて、くれたんですか」
「勘違いするな。私の森を汚す不浄な存在を放置しておけなかっただけだ。体力が回復し次第、即刻立ち去れ」
人間を嫌っている、という噂は本当らしい。ゼノンの全身から放たれる威圧感に、リアムは身を縮こまらせた。しかし、同時に不思議なことに気づく。あれほど泥と雨にまみれていたはずの衣服はきれいに乾き、体中を蝕んでいた疲労感もすっかり消え去っていた。
「私の魔力ではない。お前自身の力が、無意識にお前の体を癒やしたようだ」
ゼノンは興味深そうに目を細めた。
「お前、ヒーラーか。その身から発せられる魔力は、随分と純粋で温かい」
ゼノンの視線が、リアムの体を探るように動く。追い出されることへの恐怖よりも、彼の持つ独特の雰囲気に、リアムはなぜか目が離せなかった。その時、ゼノンが組んでいた腕の、袖口から覗く古い傷痕がリアムの目に留まった。黒い呪いのような模様が刻まれた、痛々しい傷だ。きっと、どんな強力な魔法でも癒やすことができなかったのだろう。
リアムは、ほとんど無意識のうちにベッドから身を起こし、ゼノンに向かっておそるおそる手を伸ばしていた。
「何をする」
警戒に満ちた声でゼノンが制止するが、リアムの指先は吸い寄せられるように、その古い傷痕へと触れた。
瞬間、リアムの手のひらから、淡く柔らかな光があふれ出した。それは温かい陽だまりのような光だった。光が傷を包み込むと、ゼノンの金の瞳が驚きに見開かれる。
「これは……」
長年、鈍い痛みと共に彼の内に巣食っていた呪いの疼きが、薄紙を剥ぐように和らいでいく。完全には消えない。だが、これほどまでに痛みが引いたのは、あの日以来初めてのことだった。
驚きと、信じがたいという戸惑い。ゼノンは生まれて初めて経験する感覚に、言葉を失ってリアムの手を見つめていた。リアムはすぐに手を引っ込めると、怯えたように謝罪する。
「ご、ごめんなさい! 勝手なことを……!」
「……いや」
ゼノンは、リアムの触れた腕を確かめるように見つめながら、低い声で呟いた。
「お前、面白い力を持っているな」
そして、リアムに向き直ると、命令とも提案ともつかない口調で告げた。
「お前がこの森から出ていくまで、私のこの傷を治療しろ。その間、城に滞在することを許す」
それは、人間嫌いの魔族の領主が、一人の人間に見せた、ほんのわずかな気まぐれ。そして、二つの孤独な魂が交わる、最初の瞬間だった。
「目が覚めたか」
声のした方へ顔を向けると、そこに一人の男が立っていた。窓から差し込む月明かりに照らされたその姿に、リアムは息をのむ。
漆黒の髪は絹のように艶やかで、整いすぎた顔立ちはまるで神が創りたもうた彫刻のようだった。だが、その頭部からは禍々しい黒い角が螺旋を描いて伸び、背中にはたたまれた巨大な翼の影が見える。そして何より、こちらを射抜くような金の瞳は、人間に対する侮蔑と冷ややかさで満ちていた。
魔族──その存在を、リアムは一目で理解した。恐怖で体がこわばる。
「ここは……?」
「私の城だ。お前はこの森で倒れていた」
男──この森の領主、ゼノンは淡々と告げる。その声には体温というものが感じられない。
「……助けて、くれたんですか」
「勘違いするな。私の森を汚す不浄な存在を放置しておけなかっただけだ。体力が回復し次第、即刻立ち去れ」
人間を嫌っている、という噂は本当らしい。ゼノンの全身から放たれる威圧感に、リアムは身を縮こまらせた。しかし、同時に不思議なことに気づく。あれほど泥と雨にまみれていたはずの衣服はきれいに乾き、体中を蝕んでいた疲労感もすっかり消え去っていた。
「私の魔力ではない。お前自身の力が、無意識にお前の体を癒やしたようだ」
ゼノンは興味深そうに目を細めた。
「お前、ヒーラーか。その身から発せられる魔力は、随分と純粋で温かい」
ゼノンの視線が、リアムの体を探るように動く。追い出されることへの恐怖よりも、彼の持つ独特の雰囲気に、リアムはなぜか目が離せなかった。その時、ゼノンが組んでいた腕の、袖口から覗く古い傷痕がリアムの目に留まった。黒い呪いのような模様が刻まれた、痛々しい傷だ。きっと、どんな強力な魔法でも癒やすことができなかったのだろう。
リアムは、ほとんど無意識のうちにベッドから身を起こし、ゼノンに向かっておそるおそる手を伸ばしていた。
「何をする」
警戒に満ちた声でゼノンが制止するが、リアムの指先は吸い寄せられるように、その古い傷痕へと触れた。
瞬間、リアムの手のひらから、淡く柔らかな光があふれ出した。それは温かい陽だまりのような光だった。光が傷を包み込むと、ゼノンの金の瞳が驚きに見開かれる。
「これは……」
長年、鈍い痛みと共に彼の内に巣食っていた呪いの疼きが、薄紙を剥ぐように和らいでいく。完全には消えない。だが、これほどまでに痛みが引いたのは、あの日以来初めてのことだった。
驚きと、信じがたいという戸惑い。ゼノンは生まれて初めて経験する感覚に、言葉を失ってリアムの手を見つめていた。リアムはすぐに手を引っ込めると、怯えたように謝罪する。
「ご、ごめんなさい! 勝手なことを……!」
「……いや」
ゼノンは、リアムの触れた腕を確かめるように見つめながら、低い声で呟いた。
「お前、面白い力を持っているな」
そして、リアムに向き直ると、命令とも提案ともつかない口調で告げた。
「お前がこの森から出ていくまで、私のこの傷を治療しろ。その間、城に滞在することを許す」
それは、人間嫌いの魔族の領主が、一人の人間に見せた、ほんのわずかな気まぐれ。そして、二つの孤独な魂が交わる、最初の瞬間だった。
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