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出会い
1話
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春もそろそろ終わろうかという時期の日盛り。辺りに立ち込めるのは香しい食べ物の匂い。嗅ぐだけでお腹が空いてくる。通りすがりの武人も昼食のことを考えて頬が緩んでいるようだ。
そんな中、食器を洗いながら渋い顔をする女性がいた。傍から見れば強い日差しに参ってるかのようだったが、その頭の中は別のことでいっぱいになっているようだ。
「今月の出費も多いなあ……」
額から流れる汗を軽く拭いながら柳 蓮花はため息をこぼした。食器を洗う手は止めず頭の中でそろばんを弾く。今月は少しは余裕があるかもしれないと期待していたのだが予想が外れた。
つい先日、父の知人の娘でもあり蓮花の幼なじみである小鈴がとある貴族に嫁ぐことになったと便りが来たのだ。幼なじみとは名ばかりで大して仲良くもないのだが、柳家も貴族であるうちは交流は細くても続けなければいけない。貴族の交流とは面倒なものでその程度だとしてもお祝い金を渡さない訳にはいかない。
そうして突然の出費が決まった時は思わず情けない声を上げそうになってしまった。
そもそも普通であれば三省六部の頂点にほど近いはずの尚書令左僕射 柳 王琳の長女である蓮花が家計を気にする必要はないはずなのである。ならばなぜこんなにお金の心配をするかと言うと柳家には数十年前より大きな借金があったからだ。
「蓮花! 次こっちも頼んでいいかい?」
大きな声をかけながら恰幅のいい中年男性が大根が入った桶をこちらへ運んでくる。宮廷料理人の楊だ。
「はーい! ちょうどこっちも終わったのでこの桶お願いしてもいいですか?」
「おし、わかった。しかし、蓮花はよく働いてくれるなあ。みんな助かってるって言ってるよ」
「いえ、まだまだ新人ですからもっと頑張らないと! 日が上がりきらないうちに終わらせられればいいんですけど」
「今日は暑いから倒れないように気をつけるんだよ」
ふぅ、と一息つく楊の頭上には小さな丸い耳が、おしりには大きなしっぽがピコピコと動いている。楊は狸の獣人だ。蓮花は楊の耳が動く様子を見ながら思わず頬が緩んだ。
この国――天聖国には三種の種族が共に生活を営んでいる。まず人間。次に獣人。最後に龍人。
人間は見た目に特徴は無い。しかし簡単な異能を使える人が少数だがまれに現れる。もちろん異能を持たない人が大多数だ。
獣人とは字のごとく身体に動物の特徴が出ている人達だ。犬の獣人は嗅覚が鋭く、猫は動体視力に優れるなど、種によって出る特徴は様々なものがある。
そして龍人。龍人はこの国を治める皇族の種族。蓮花の身分では拝謁することはできないため実際どんな姿をしているかは噂でしか聞いたことがない。全身鱗まみれだとか、目が合うと失神してしまうとか。さすがにそれはないだろうと思っているが、獣人や人間を圧倒する気迫があるというのは本当だろうと思っている。
楊は土だらけの手を水で洗い流しながら持ってきた大根を見る。
「それにしても今年は大根の出来がすごくいいみたいだ。調理される時に省かれるクズ大根でもすごく美味しそうだし。そうだ蓮花、良かったら持って帰るかい? クズ大根とは言っても市場で出回るものより質がいいし、捨てるにはもったいない」
「え、いいんですか?! 喜んで頂きます!」
少し考える素振りを見せた後、そう提案する楊に蓮花は顔を輝かせる。渋い顔で今月の食費を切り詰めるべきか、と考え始めていた蓮花にとっては思ってもみない魅力的な申し出だった。
「ははっ、そんなに喜んでもらえると大根たちも本望だろう。また帰る時に声をかけてくれるかい? その時に渡すよ」
「はい、お願いします!」
頭を下げる蓮花に手を上げ、楊が調理場の方に向かっていく。蓮花は気持ちを切り替えて土にまみれた桶に向かい合う。
「よし、やるぞ!」
蓮花は袖を大きくまくり、気合いを入れ直した。
そんな中、食器を洗いながら渋い顔をする女性がいた。傍から見れば強い日差しに参ってるかのようだったが、その頭の中は別のことでいっぱいになっているようだ。
「今月の出費も多いなあ……」
額から流れる汗を軽く拭いながら柳 蓮花はため息をこぼした。食器を洗う手は止めず頭の中でそろばんを弾く。今月は少しは余裕があるかもしれないと期待していたのだが予想が外れた。
つい先日、父の知人の娘でもあり蓮花の幼なじみである小鈴がとある貴族に嫁ぐことになったと便りが来たのだ。幼なじみとは名ばかりで大して仲良くもないのだが、柳家も貴族であるうちは交流は細くても続けなければいけない。貴族の交流とは面倒なものでその程度だとしてもお祝い金を渡さない訳にはいかない。
そうして突然の出費が決まった時は思わず情けない声を上げそうになってしまった。
そもそも普通であれば三省六部の頂点にほど近いはずの尚書令左僕射 柳 王琳の長女である蓮花が家計を気にする必要はないはずなのである。ならばなぜこんなにお金の心配をするかと言うと柳家には数十年前より大きな借金があったからだ。
「蓮花! 次こっちも頼んでいいかい?」
大きな声をかけながら恰幅のいい中年男性が大根が入った桶をこちらへ運んでくる。宮廷料理人の楊だ。
「はーい! ちょうどこっちも終わったのでこの桶お願いしてもいいですか?」
「おし、わかった。しかし、蓮花はよく働いてくれるなあ。みんな助かってるって言ってるよ」
「いえ、まだまだ新人ですからもっと頑張らないと! 日が上がりきらないうちに終わらせられればいいんですけど」
「今日は暑いから倒れないように気をつけるんだよ」
ふぅ、と一息つく楊の頭上には小さな丸い耳が、おしりには大きなしっぽがピコピコと動いている。楊は狸の獣人だ。蓮花は楊の耳が動く様子を見ながら思わず頬が緩んだ。
この国――天聖国には三種の種族が共に生活を営んでいる。まず人間。次に獣人。最後に龍人。
人間は見た目に特徴は無い。しかし簡単な異能を使える人が少数だがまれに現れる。もちろん異能を持たない人が大多数だ。
獣人とは字のごとく身体に動物の特徴が出ている人達だ。犬の獣人は嗅覚が鋭く、猫は動体視力に優れるなど、種によって出る特徴は様々なものがある。
そして龍人。龍人はこの国を治める皇族の種族。蓮花の身分では拝謁することはできないため実際どんな姿をしているかは噂でしか聞いたことがない。全身鱗まみれだとか、目が合うと失神してしまうとか。さすがにそれはないだろうと思っているが、獣人や人間を圧倒する気迫があるというのは本当だろうと思っている。
楊は土だらけの手を水で洗い流しながら持ってきた大根を見る。
「それにしても今年は大根の出来がすごくいいみたいだ。調理される時に省かれるクズ大根でもすごく美味しそうだし。そうだ蓮花、良かったら持って帰るかい? クズ大根とは言っても市場で出回るものより質がいいし、捨てるにはもったいない」
「え、いいんですか?! 喜んで頂きます!」
少し考える素振りを見せた後、そう提案する楊に蓮花は顔を輝かせる。渋い顔で今月の食費を切り詰めるべきか、と考え始めていた蓮花にとっては思ってもみない魅力的な申し出だった。
「ははっ、そんなに喜んでもらえると大根たちも本望だろう。また帰る時に声をかけてくれるかい? その時に渡すよ」
「はい、お願いします!」
頭を下げる蓮花に手を上げ、楊が調理場の方に向かっていく。蓮花は気持ちを切り替えて土にまみれた桶に向かい合う。
「よし、やるぞ!」
蓮花は袖を大きくまくり、気合いを入れ直した。
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