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出会い
20話
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「このことは内密に頼む」
「しかし、いつまで誤魔化せるか自信はありませんよ」
「時が来れば私から」
「お待たせいたしました、お茶を――。あ、申し訳ありません。間が悪かったようで」
茶を用意して部屋に戻ると王琳と飛が会話の途中だった。自分の間の悪さを恨みながら二人の前にお茶を置く。
「ありがとう。わざわざすまないな」
「蓮花も座りなさい」
父に勧められ丸い机を三人で囲んだ。父は昼も済ますつまりの様でお弁当を広げていた。客人の前で失礼ではないかと心配したが、そんな蓮花の様子に気づいた飛が笑いながら言う。
「私が食べてくれと言ったんだ。急な訪問で時間を潰してしまうのも申し訳ないから」
「実は腹がもう悲鳴を上げていまして、お言葉に甘えさせていただきます」
ははは、と軽い口調で笑う王琳に仕事中でも父のおっとりとした性格は変わらないのだなと蓮花は感心した。普段身内の働く姿など見る機会は少ないのでなんだか新鮮に感じる。
「まさか蓮花が柳左僕射と関係があるなんて思わなかったな」
「私の愛娘、長女の蓮花です。私もまさか飛様と蓮花が知り合いとは思いませんで」
「愛娘だなんて……人前で恥ずかしいわ。そうだ、この前クッキーを持って帰ったでしょう? あれは飛様が下さったのよ」
「蓮花が私の手に刺さった棘を取ってくれたんだ。その礼にな」
蓮花の言葉を飛が補足する。二人の言葉を聞いた王琳の表情がさらに驚きを見せた。そのあと合点がいったといった風に頷く。
「ささやかながらお役に立てたようでよかったです。クッキーも家族みんな喜んでいただきました」
「それはよかった。もしまた手に入れば知らせよう」
「そんな、あれはお礼ということで頂いたんです。何もしてないのに頂けません」
飛の提案に慌てて遠慮する蓮花。飛はそんな蓮花を見て微笑み、茶を口に含んだ。誤魔化そうとしていることに気づいた蓮花は口をとがらせて拗ねたような顔をした。にこやかな顔で王琳は二人の顔を見比べている。
朗らかな会話が進んでいく中で、二人が飛の素性に関して触れないことに気づいていた。やはり触れるとまずいのだろうな、と察した蓮花は言及することはしない。しかし直接聞くことはなくても、つい頭の中で推察をしてしまう。そんな時、蓮花は王琳から聞いた話を思い出していた。
王琳はこの国宰相、尚書令の二大補佐である左僕射、右僕射のうちの左僕射だ。しかし数年前上司である尚書令と右僕射が共謀して悪事を働いていることが露呈し、失脚した。なので残る左僕射である王琳が実質的な宰相の役割を担っている。上司もいないのになぜ補佐の地位のままなのか、そう疑問に思い蓮花はいつだったか父に聞いてみた。王琳は困ったような顔をして嚙み砕いて説明をしてくれた。
国として能力のあるものを相応の地位にする、それは変わらない。しかし今の宮廷で上位の地位にいるものの中にはその体制に不満を持ち圧力をかけるものも少なからずいる。そしてその不満は就く地位が高ければ高いほど比例して大きくなる。臣下の不満を置いて強引に事を進めると、反乱を招きかねない。そういった事情もあり、今すぐ尚書令の地位に就くことが難しいんだ、と。
それを聞いたとき蓮花は、国のために働く官吏なのにそんなことを気にするなんて。と思ったものだが、蓮花もその時には大きく成長していたので、嫉妬や恨みなど決して世の中には綺麗な感情だけがあるわけではないことを理解していた。なんとも言い難い顔をしている娘に王琳はでもね――と、続けて言った。
「そんな私に陛下はすまない、と謝ってくださったんだ。ご自身は何も悪くないのに、身分だって高いわけではない私に。それを見て私はこの方の役に立ちたいと思ったんだ。身分など関係なく臣下や国民一人一人を見てくださるこの方の役に立ちたい。そうして少しでもこの国をよくしていくことができれば――。」
そういって遠い未来に思いをはせる父の目を見て、蓮花は自分の父を誇らしく思えたし、自分も真摯な人間になりたいと思うことができた。いつだって父は正しい道を歩いている。娘である蓮花は自然と確信していた。
そんな父が飛の素性を蓮花に伝えないということは今の蓮花には知る必要のないことだということだ。飛も隠したがっていることを無理に推察をするなんて、裏切りに等しい行為になってしまう。なにより蓮花自身が飛を裏切りたくないと思っていることに気づいた。知る必要ができた時が来ればきっと飛や父は隠さず教えてくれる。
それまでは優しいただの青年飛として接したらいい。蓮花は自分にそう言い聞かせて談笑を続けた。
「しかし、いつまで誤魔化せるか自信はありませんよ」
「時が来れば私から」
「お待たせいたしました、お茶を――。あ、申し訳ありません。間が悪かったようで」
茶を用意して部屋に戻ると王琳と飛が会話の途中だった。自分の間の悪さを恨みながら二人の前にお茶を置く。
「ありがとう。わざわざすまないな」
「蓮花も座りなさい」
父に勧められ丸い机を三人で囲んだ。父は昼も済ますつまりの様でお弁当を広げていた。客人の前で失礼ではないかと心配したが、そんな蓮花の様子に気づいた飛が笑いながら言う。
「私が食べてくれと言ったんだ。急な訪問で時間を潰してしまうのも申し訳ないから」
「実は腹がもう悲鳴を上げていまして、お言葉に甘えさせていただきます」
ははは、と軽い口調で笑う王琳に仕事中でも父のおっとりとした性格は変わらないのだなと蓮花は感心した。普段身内の働く姿など見る機会は少ないのでなんだか新鮮に感じる。
「まさか蓮花が柳左僕射と関係があるなんて思わなかったな」
「私の愛娘、長女の蓮花です。私もまさか飛様と蓮花が知り合いとは思いませんで」
「愛娘だなんて……人前で恥ずかしいわ。そうだ、この前クッキーを持って帰ったでしょう? あれは飛様が下さったのよ」
「蓮花が私の手に刺さった棘を取ってくれたんだ。その礼にな」
蓮花の言葉を飛が補足する。二人の言葉を聞いた王琳の表情がさらに驚きを見せた。そのあと合点がいったといった風に頷く。
「ささやかながらお役に立てたようでよかったです。クッキーも家族みんな喜んでいただきました」
「それはよかった。もしまた手に入れば知らせよう」
「そんな、あれはお礼ということで頂いたんです。何もしてないのに頂けません」
飛の提案に慌てて遠慮する蓮花。飛はそんな蓮花を見て微笑み、茶を口に含んだ。誤魔化そうとしていることに気づいた蓮花は口をとがらせて拗ねたような顔をした。にこやかな顔で王琳は二人の顔を見比べている。
朗らかな会話が進んでいく中で、二人が飛の素性に関して触れないことに気づいていた。やはり触れるとまずいのだろうな、と察した蓮花は言及することはしない。しかし直接聞くことはなくても、つい頭の中で推察をしてしまう。そんな時、蓮花は王琳から聞いた話を思い出していた。
王琳はこの国宰相、尚書令の二大補佐である左僕射、右僕射のうちの左僕射だ。しかし数年前上司である尚書令と右僕射が共謀して悪事を働いていることが露呈し、失脚した。なので残る左僕射である王琳が実質的な宰相の役割を担っている。上司もいないのになぜ補佐の地位のままなのか、そう疑問に思い蓮花はいつだったか父に聞いてみた。王琳は困ったような顔をして嚙み砕いて説明をしてくれた。
国として能力のあるものを相応の地位にする、それは変わらない。しかし今の宮廷で上位の地位にいるものの中にはその体制に不満を持ち圧力をかけるものも少なからずいる。そしてその不満は就く地位が高ければ高いほど比例して大きくなる。臣下の不満を置いて強引に事を進めると、反乱を招きかねない。そういった事情もあり、今すぐ尚書令の地位に就くことが難しいんだ、と。
それを聞いたとき蓮花は、国のために働く官吏なのにそんなことを気にするなんて。と思ったものだが、蓮花もその時には大きく成長していたので、嫉妬や恨みなど決して世の中には綺麗な感情だけがあるわけではないことを理解していた。なんとも言い難い顔をしている娘に王琳はでもね――と、続けて言った。
「そんな私に陛下はすまない、と謝ってくださったんだ。ご自身は何も悪くないのに、身分だって高いわけではない私に。それを見て私はこの方の役に立ちたいと思ったんだ。身分など関係なく臣下や国民一人一人を見てくださるこの方の役に立ちたい。そうして少しでもこの国をよくしていくことができれば――。」
そういって遠い未来に思いをはせる父の目を見て、蓮花は自分の父を誇らしく思えたし、自分も真摯な人間になりたいと思うことができた。いつだって父は正しい道を歩いている。娘である蓮花は自然と確信していた。
そんな父が飛の素性を蓮花に伝えないということは今の蓮花には知る必要のないことだということだ。飛も隠したがっていることを無理に推察をするなんて、裏切りに等しい行為になってしまう。なにより蓮花自身が飛を裏切りたくないと思っていることに気づいた。知る必要ができた時が来ればきっと飛や父は隠さず教えてくれる。
それまでは優しいただの青年飛として接したらいい。蓮花は自分にそう言い聞かせて談笑を続けた。
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